第11話 ノアの葛藤
グレイグさんの隣にいるのに。
グレイグさんの体温を感じられるのに。
幸せな状況にありながらも、私の気持ちはどうしても重く沈んでしまう。
あのダンジョンでの、グレイグさんに刻まれていた魔法。
あれは私より高位の魔法だ。
つまり、私より先にグレイグさんに魔法を刻んだ存在がいる。
私より高位の魔法を使える時点で、その存在は人より遥かに上位の存在だ。
太古の龍神族や、天使族、もしくは世界の管理者である上位存在。
挙げれば挙げるほど、例には限りがない。
残念なことに、そんな存在は無数に存在している。
しかし、そんな存在がこの世界に干渉してくるのは極々僅かだ。
その僅かな存在がグレイグさんを見つけ出し、グレイグさんに魔法を刻んだ。
それは私にとって、計り知れないほどの脅威だった。
「ノア様? なんか、元気無さそうですね。どうかしたんですか?」
すると、横を並んで歩くグレイグさんが心配そうな顔でこちらを覗き込んでくる。
グレイグさんの可愛らしい顔が眼前に迫り、脳内に多幸感が走る。
「ふふっ、大丈夫ですよ」
私は幸せを感じながら、グレイグさんにそう答えた。
「グレイグさんは……優しいんですね」
私はグレイグさんの優しさに、陰鬱な気持ちが洗い流されるような感覚になる。
まるで、今まで自分が悩んでいたことが馬鹿みたいに。
グレイグさんは私の悩みの全てを解決してくれる。
あの時みたいに、私はグレイグさんに今でも救われている。
「そ、そうだ! 今日は冒険者ギルドでご飯食べませんか? 初めてのダンジョン探索成功祝いというか……多分勇者パーティーの人にも会えるし、ノア様も少し落ち着けるというか……」
すると、グレイグさんは演技っぽい表情をしながらそう言った。
きっと、グレイグさんは私と勇者パーティーとの関係を修復したがっている。
グレイグさんは優しいから、私が勇者パーティーを抜けることで、この世界に悪影響を及ぼすのが嫌なんだろう。
私とグレイグさんの行動原理は根本的に異なっている。
グレイグさんは私じゃなくて、未だに世界の未来を憂慮している。
私は小さく溜息を吐きそうになりながらも、嬉しい気持ちが抑えられなかった。
グレイグさんがご飯に誘ってくれたのは、きっと私の為じゃない。
それでも、今日はグレイグさんと一緒に食事ができる。
私が強引に誘ったんじゃなくて、グレイグさんから誘われた食事だ。
「はい。行きましょう。グレイグさ───」
そうグレイグさんに笑いかけた。
その瞬間だった。
グレイグさんの横を通り過ぎる外套の男。
そして、唐突に眼前を包み込む眩い白い光。
「─────っ!?!?」
私は閃光により潰された視界の中で、魔力反応を感じ取った。
これは高位の魔法アイテムの反応だ。
今、私の目の前で魔法アイテムが使われたんだ。
それが攻撃性のもので、グレイグさんに命中してしまえば……。
最悪の事態への恐怖で、私の心臓がバクバクと脈を打つ。
視界が回復し、グレイグさんのいるはずの場所に視線をやる。
「ぐ、グレイグ……さん……?」
そこにはグレイグさんはいなかった。
頭が真っ白になったまま、私は呆然と立ち尽くした。
考えようとしても、あの時の恐怖が思考を鈍化させる。
いや、ダメだ。ここで立ち止まってたらダメだ。
あの時みたいに取り返しがつかなくなってからじゃ遅いんだ。
「《監視追跡》」
私はすぐさまグレイグさんに刻んだ魔法を発動させる。
発動させると、魔力で生成された地図が私の目の前に浮き上がる、
そこには私の現在地を示す赤い点と、グレイグさんを示す青い点が記されていた。
「そんな……遠すぎる……!」
グレイグさんの位置を示す青い点は王都どころか、王都郊外のずっと先にあった。
さっきまで手の届く範囲にいたグレイグさんが、あんな場所にいるなんてありえない。
「まさか……」
私はあの時のことを思い出す。
あの高位の魔法アイテムの反応と、眩しい白い光。
誰かに嵌められた。
誰かが私とグレイグさんを引き離すため、魔法アイテムと目くらましをしたんだ。
私はその結論に辿り着き、周りを見渡す。
「ノア。これでやっと二人っきりになれるな」
すると、路地裏の曲がり道からジルが笑みを浮かべながら姿を現した。
「ジル……? どうしてこんな場所に……?」
唐突に現れたジルに、私は強烈な違和感を覚える。
「俺は君を助けに来たんだ。あの男に操られていたんだろ? もう大丈夫だ」
すると、ジルは私に向かって手を差し出した。
その顔は自慢げで、まるで私を挑発しているようだった。
「どういうことですか? グレイグさんに何をしたんですか?」
私はジルの手を振り払い、そう尋ねた。
すると、ジルは何故か困ったような表情を見せ、私を睨んだ。
「はぁ? だ、だから、言ってるだろ? 操られている君を助けるために、アイツを引き離して……」
「引き離して……何をする気なの?」
私はジルを睨みながら、そう尋ねた。
どうしても震えてしまう私の手は、無意識に聖剣のほうに伸びる。
「だから……それは……あいつを倒して……」
ジルは私の目から視線を逸らして、そう続けた。
「グレイグさんを……倒す?」
さっきの魔法アイテムも、さっきの白い光も。
全部、ジルがやった……?
目の前の状況に困惑しつつも、目の前のジルを睨んだ。
「勘違いしないでください。私は自分の意思でグレイグさんと一緒にいるんです。勇者パーティーにいた時とは違います」
私は聖剣を抜き、ジルの首元の寸前まで近づける。
ジルは目を大きく見開き、ガタガタと震えていた。
このまま殺してもいい。
私の世界で一番大切なものを壊そうとしたんだ。
それくらいのことを、この人はしたんだ。
私は怒りで震える手を抑え、何とか殺意を押し込める。
「の、ノア? な、何を言って……ただ、俺は君のために……」
ジルは震えた声で目の前に迫る聖剣を見つめている。
「もし、グレイグさんに何かあったら……絶対に殺します」
私は明確な殺意をジルに向け、そう言い放った。
「もう二度と関わらないで」
私はそう言って、すぐに走り出した。
ただ、グレイグさんのいる場所に向かって、全力で走った。
大丈夫。大丈夫なはずだ。
私のかけたダメージ肩代わりの魔法がある。
死ぬなら……多分、私が死ぬはずだから。
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