第8話 ダンジョン攻略

 暗闇が辺りを包み込み、時折聞こえてくる不気味な悲鳴。


 そんなジメジメとした空間。


 それがダンジョンであり、人々が憧れてやまない未開の地だった。



 俺とノア様が訪れたのは、踏破済みのダンジョンだ。


 それも階層は30階層で、ほとんどノア様の敵になるようなモンスターは出てこない。


 ほとんどがノア様レベルならワンパンできるモンスターのみだ。


「どうして、30階層なんですか? ノア様ならもっと深い場所まで行けますよね?」


 俺は目の前を歩くノア様に尋ねた。


「私はグレイグさんが確実に死なない所までしか行きません。30階層より上は、グレイグさんが死ぬリスクが少々ありますから……」


 ノア様は周りを忙しなくキョロキョロ見渡しながら、俺にそう小さな声で答えた。


 ノア様の口調に悪気は無く、ただ客観的に俺が足でまといで、それをカバーするには30階層が限界だということを言っていた。


 俺が弱いのは承知の上だった。


 それでも、一時的にとはいえ、ノア様の力をこんな場所に使うなんて少し気が引けた。


 もっと、ノア様は危険度が高く、もっと、人々の役に立つ場所に行くべきなのに……。


「……ッ!! いた!!」


 俺がそんなことを考えると、急にノア様が白い聖剣を構える。


 え!? モンスター!?


 俺は突然の出来事に焦りながら、ノア様の睨む方向を見る。


「はああああああああっっ!!」


 ノア様は大声でそう叫びながら、聖剣を振り下ろした。


 聖剣は辺りを粉々に破壊し、地形を抉りながら、何かに向けて放たれた。


 な、なんなんだ!? 30階層なのにとんでもないモンスターが現れたのか!?


「な、なにが……?」


 俺はノア様の視線の先をじっと見つめる。


 舞い散る砂塵が晴れ、ようやく先が見渡せるようになった。


 聖剣の衝撃波が貫いた先には……。


「す、スケル……トン?」


 その先には、とんでもないオーバーキルされてしまったスケルトンが粉々になっていた。


「の、ノア様? ただのスケルトンに……あんな攻撃を当てる意味ありました?」


 俺は唖然としながらも、ノア様にそう尋ねた。


「はい。スケルトンの攻撃がグレイグさんに当たって、そこから感染症でグレイグさんが死ぬかもしれませんから」


 ノア様は当然かのような表情でそう言った。


 え……?


 スケルトンの攻撃が当たって、感染症で死ぬ?


 そりゃ、可能性はゼロじゃない。


 でも、それはほぼゼロだ。いや、もうそれはゼロだ。


 ノア様の狂気的な過保護は、俺に想像できないほどのものだった。


「の、ノア様! 同じパーティーメンバーなんですから、俺も戦いたいですよ!」


 俺はノア様に勇気を振り絞り、そう進言した。



 もしかしたら、俺がモンスターと戦うことで、過保護レベルが下がるかもしれない。


 俺が強ければ、俺がなんか良い所を見せれば、ノア様に認めてもらえるかもしれない。


 そうすれば、俺に執着するのもやめるかもしれない。


 俺はあまりに淡い期待を賭けて、ノア様の反応を伺った。


「嫌です。せめて、ゴブリン……いや、スライムより弱くないとダメです」


 ノア様は心底嫌そうな顔で、俺の提案を一蹴してしまった。


 スライム? そんなの子供の頃に倒すモンスターじゃないか……。


「い、いや、お願いします!! 俺だって強くなりたいんです! ノア様の役に立ちたいんです!」


 俺は引き下がらず、ノア様の両手を掴んでそう訴えた。


 俺は悪い学習をしてしまったのかもしれない。


 ノア様は両手を握って、必死そうな顔をすれば、だいたい心が揺らいでくれる。


 そうすれば、思考が鈍化し、俺の願い事を聞いてしまう。


「い、い、いきなり、そんなこと言われても……! 困ります……!」


 ノア様は俺の予想通り、顔を紅潮させながら動揺する。


「お願いします! お願いします! 俺も戦いたいんです!!」


「そ、それでも……それはっ……」


「お願いします! 俺、ノア様に守られるだけじゃ嫌なんです!」


 俺はノア様の揺らぎ始める心に畳み掛けるように、ノア様の両手をぐっと掴む。


「そ、そうですね……少しだけなら……いいです……」


 ノア様は顔を真っ赤にしながら、そう小さな声で言った。


 その瞬間、俺は初めてノア様に勝った気がした。


 主人公であり、勇者であり、俺より遥かに強い。


 そんなノア様に、俺は情けない方法で初勝利を収めた。





 *****






 俺は30階層のボス部屋の大きな扉に手をかける。


 手に伝う久しぶりの感触。


 階層のボス部屋は何度も攻略したことはある。


 30階層より強いボスだって何度も倒してきた。


 ここでノア様に、俺は強いってことを証明するんだ。


 俺はギュッと拳を握り、扉に力を入れる。


「す、少しでも何かあれば、聖剣で吹き飛ばしますからね!?」


 そんな俺の手を掴み、必死そうな顔でノア様はそう言った。


「……まぁ、肩代わりできるから大丈夫なんですけど」


 そんな必死そうな顔をしていたノア様が、何故か急に冷静な表情になる。


「え? なんて言いました? 肩代わり……?」


「な、なんでもないですよ! とにかく! 絶対に無理はしないでくださいね!?」


 ノア様はまるで我が子を見守る母親のように、心配そうな表情をしている。


「大丈夫です。絶対、勝ちますから」


 俺はノア様の頭を優しく撫で、そう自信満々に言い放った。


「そ、そう……ですか……」


 ノア様は俺の触った頭を触りながら、小さくそう呟いた。



 俺は息を吸い込み、ボス部屋の扉を開けた。

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