第7話 パーティー結成

「の、ノア様!? 何を言ってるんですか!? それだけはダメですよ!」


 俺はノア様の両肩を掴み、大声でそう叫んだ。


 それだけはダメだ。


 いくらノア様が変な病気になってしまったからとはいえ、勇者パーティーを自ら抜けるなんて、そんなの許されるはずがない。


 俺は何とかノア様を説得しようと、大きく息を吸い込む。


「勇者パーティーを抜けるなん絶対にダメですよ!? ノア様は勇者なんで――」


「グレイグさん……? 別に良いですよね? 私が抜けたいって言ってるんです。グレイグさんは応援してくれますよね? そうですよね?」


 そう大声で叫ぼうとすると、唐突にノア様は俺の首元を両手で優しく触る。


 小さな暖かい手の感触のせいで、頭がぼやけてくる。


 目が回って、思考がまとまらない。


 宙にずっと浮いたまま、戻って来れないような感覚に陥り、思考が停滞する。


「少しだけぼーっとしててくださいね。グレイグさん」


「え……? あ、は、はい……」


 俺は何故か覚束無い意識の中、ノア様の命令にそう答えた。


 俺の視界の隅では、《絶対遵守の魔法》の黒い紋章が輝いていた。


 しかし、その輝きが何なのか、停滞した思考の中では理解することはできなかった。


「ふふっ、効いてますね。じゃあ、行きましょう。私とあなただけのパーティーを作りましょう」


 ノア様はそう言って、俺の手を掴む。


 朦朧とする意識の中、俺はノア様の手を無意識に握り返す。


 こうした方が良い気がして、こうしないとダメな気がして。


 俺は言われるがままにノア様について行ってしまった。


「───ま、待て! ノア! 君が勇者パーティーを抜けるなんて、許されるはずがないだろ! 君は勇者なんだぞ!? 俺と一緒に世界を救う義務があるはずだ! そんな何の地位もないモブと一緒にどこに行くんだ!?」


 すると、そんなノア様に魔術師のジルさんがそう叫んだ。


 まだボヤボヤとふやける視界の中で、鬼のような形相をしたジルさんの顔が見えた。


「私、生きる目的を忘れてたんです。やっとそれを思い出しました。だから、もう勇者はやめます」


 ノア様はジルさんを一瞥すると、覚悟を決めた瞳でそう言った。


「な、何を言っているんだ……? ノア?」


 ジルさんはノア様に向かって、そう手を伸ばした。


「勇者パーティーは抜けます。それだけ伝えてください」


 ノア様は振り向きもせず、ジルさんに短くそう告げた。





 *****





「…………はっ!?」


 意識がハッキリと鮮明になる。


 な、なんだ? さっきまでの記憶が一切ない?


 まさか《絶対遵守の魔法》を使われたのか?


 いや、それ絶対そうだ。


 それ考えられない。


 俺は一時期の記憶障害の原因を悟り、急いで辺りを見渡す。


「あ、効果が切れちゃいました?」


 俺のすぐ横から、もう聞き慣れてしまったノア様の声が聞こえてくる。


 俺は反射的にノア様の方を見ると、眼前にノア様の陶磁器のような綺麗な肌が迫る。


 ドキッと心臓が跳ね上がり、俺はノア様から距離を取った。


「の、ノア様? こ、これは……一体……」


 俺はゆっくりと辺りを見渡し直す。


 ここは……まだ冒険者ギルドの中のようだ。


 真横にはノア様、正面には冒険者ギルドの受付が見える。


 そして、俺の手には黒いペンが握られていて……。


 俺は嫌な予感がして、受付の机に視線を移す。


「あ」


 受付の机の上には、パーティー結成届が見えた。


 名前の欄には、ノア様の名前と俺の名前が記してあった。


 パーティー結成届!? 俺を支配している途中に書かせたのか!?


 ま、まずい! これが受理されれば本当にまずいことになる。


 ノア様の名前が記してあるパーティー結成届が受理されれば、強制的にノア様は入っていた勇者パーティーから除外される。


 ノア様は本当に勇者パーティーから抜けることになってしまう。


「の、ノア様!? や、やりましたね!? これは本当にまずいことですよ!?」


 俺はまたノア様に詰め寄り、そう叫んだ。


「グレイグさん……? 私にそんなこと言っていいんですか? またさっきみたいに、考えられないようにしますよ?」


 ノア様は悪戯な笑みを浮かべ、そう言った。


「そ、それは……っ」


 さっきまでの記憶障害が俺の脳裏を過る。


 今の俺は《絶対遵守の魔法》で、ノア様の意のままだ。


 ノア様の気分次第で、ノア様は生かすことも殺すこともできる。


 俺のノア様に対する立場は……驚くほど低い。


「あはっ、そんなに怖がらないでください。そんな表情されると……困っちゃいます」


 ノア様は恍惚とした表情で俺のことをじっと見つめてくる。


 俺はそんなノア様の表情が美しくも怖くもあった。





 *****




 その後、俺は一切の抵抗を封じられ、パーティー結成届が受理されるのを見届けるしかなかった。


 つまり、晴れて、俺とノア様は同じパーティーになってしまったというわけだ。


 最悪だ。


 ノア様を勇者として元の道に導くはずが、今やその逆をノア様は突っ走っている。


 このままじゃ、世界が滅んでしまうかもしれない。


 俺は内心頭を抱えながら、ノア様が何かしないかずっと見つめることしかできなかった。


「私達、せっかく同じパーティーになったことですし、一緒にダンジョンに行きませんか? そうすれば、その魔法は解いてあげます。どうですか?」


 ノア様はやけに機嫌が良さそうな笑顔で、そう言った。


「魔法って……この絶対遵守の魔法ですか?」


「はい。そうです。私もグレイグさんを操るみたいなことは、もうしたくありませんから」


 俺が黒い紋章を見せると、ノア様は小さく頷いてそう答えた。


 え? この魔法を解いてくれるのか?


 俺はノア様の出された条件に、思わず顔を上げてしまう。


「わ、分かりました! 行きます!」


 なんということだ。


 ノア様とダンジョンに行くだけで、絶対遵守の魔法を解いてくれるらしい。


 俺にとってはこれとない機会だった。


 い、いや……待て。


 ノア様がこの魔法を俺にかけたんだよな?


 その魔法を解くために、ノア様のお願いを聞くのって……。


「結局、ノア様の手のひらで転がされてるだけ……」


 俺はその事実に気づき、深く大きな溜息を吐いた。

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