第6話 冒険者ギルド

 眩しい日光が差し込むリビング。


 そんなリビングの中で、俺とノア様はお互いに何故か見つめ合っていた。


「ふんふん……ふーん……ふふん……」


 ノア様は機嫌が良さそうに軽やかな鼻歌を歌いながら、じっと俺を見つめていた。


 俺はそんなノア様をただ見つめ返すことしかできなかった。



 ノア様が作ってくれた朝食を食べ終わり、かれこれ数時間が経過した。


 俺とノア様は同じテーブルに座って向き合ったまま、動くことも喋ることもせず、ゆっくりと時間が流れるのを感じているだけだった。



 な、なんだ……この空間……。


 数時間が経過したあたりで、俺は目の前の異様な光景に焦り始めた。


 何か……何かしなくてならないんじゃないのか?


 俺のやるべきことは何だ?


 ノア様の異変を直して、ノア様を正しい道へと何とか誘導することだ。


 そうだ。それ以外ありえない。


 俺は意を決して、またノア様を説得しようと口を開いた。


「ノア様は冒険者ギルドに行かなくていいんですか? きっと、みんなノア様を心配しているはずです。顔だけでも見せた方がいいんじゃないですか?」


 俺は何とかノア様を説得しようと、そう進言した。


「昨日もそんなこと言ってましたね……。それはグレイグさん自身が、私にそうして欲しいんですか?」


 すると、ノア様は軽やかな鼻歌を中断し、笑みの消えた無表情でそう尋ねた。


 ノア様の無表情の顔に、ゾッと背中に悪寒が走る……ような感触がする。


 きっと気のせいだ。


 大丈夫だ。


「はい。俺はいつものノア様が好きです。勇者として頑張るノア様が見たいです」


 俺はノア様の手を掴み、そう真剣な口調で言った。


「……っ!? す、好きなんて……そんな……急に…」


 ノア様は顔を紅潮させると、すぐに両手で顔を覆い隠した。



 分かった。いや、分かってきたぞ。


 本当に嫌なんだけど、少しノア様について分かってきた。


 ノア様は俺のことが好きで好きで、多分どうしようもない病気にかかっているんだ。


 もちろん、その病気の悪影響は計り知れない。


 しかし、その病気の症状を利用すれば、俺はノア様をある程度操作することができる。



 つまり……ノア様の病気が治るまでは、俺がノア様を操作するしかないんだ。


 せめて、アニメの最終話まで……つまり、魔王を倒し終わるまではノア様を何とか操作しなくてはならない。


 それまでにノア様の病気が完治するのが一番なんだけど……。


 俺はノア様の反応からそう自分のすべきことを理解した。


「す、好きですから! 俺と一緒に冒険者ギルドに行きますよ!」


 俺は強引にノア様の手を取り、玄関まで歩き出そうとする。


 一歩踏み出すと、やはりノア様も一歩されるがままに踏み出した。


「手が……ぎゅって……あたたくて……ふへへ……」


 ノア様は脳が処理落ちして動いていないようだった。


 ずっと頬に手を当てながら、幸せそうな顔で何かを呟き続いている。


 よし、馬鹿になってる。


 このままノア様を冒険者ギルドに引っ張り出して、いつもの仕事をさせるしかない。


 俺はそう決意し、家の扉を片手で開いた。





 ******





 冒険者ギルド。


 そこは無数の冒険者達が集まる場所であり、最強美少女勇者だったノア様も何度も訪れたであろう場所だ。


 そう言う俺も冒険者ギルドには何度もお世話になっている。


 まぁ、俺も一端の冒険者なのだから、それは当たり前なのだが。


「ノア様、入りますよ」


 俺は冒険者ギルドの扉の前で、ノア様の方へ視線を向ける。


 ノア様は恥ずかしさに耐えられないのか、ずっと顔を片手で覆い隠していた。


 どっから見ても、その情けない表情は片手だけじゃ隠せてないのに……。


 そんなことを思いながらも、ノア様の手を引っ張り、冒険者ギルドの扉を開いた。



 扉を開くと、すぐに大勢の冒険者達とご対面する。


 今までは普通のCランク冒険者として入ればいいだけだ。


 しかし、今回はノア様と一緒に入らなければならなかった。


 言うまでもなく、周りの冒険者達が唐突にザワザワと騒がしくなる。


「お、おい……あれ、どういうことだ?」


「ノア様が変な奴に引っ張られてるぞ」


「なんなんだ……アイツ」


 周りの冒険者達は俺を睨みながら、口々にそう呟いた。


 ノア様は男女問わず絶大な人気を持つ、エリート最強美少女勇者だ。


 そんな神聖たるノア様を雑に引っ張る男がいたら、それは批判の嵐を食らっても文句は言えない。


 くそ……こんなこと俺だってしたくないのに……。


 俺は泣きそうになりながらも、視線の雨を掻き分け、前に進んだ。


「ノア。昨日はどうしたんだ? 体調でも悪かったのか?」


 すると、俺の背後から声が聞こえてくる。


 この声は……!


 俺はぱっと目を輝かせ、背後を振り返る。


「っ!! ジルさん!!」


 俺はあまりの嬉しさを抑えられず、そう叫んでしまった。


 そう、この人こそ勇者パーティーの一員であり、王国最高の魔術師であるジルさんだ。


 つまり、ノア様を何年も傍で見てきた……言わばノア様のプロフェッショナルなのだ。


 この人なら、この状況を解決できるかもしれない。


 この人なら、ノア様の病気を直せるはずだ。


 俺は大きな大きすぎる期待をジルさんに向けた。


「おい、どうしたんだ? ノア? なんでこんな奴と一緒にいるんだ? お前、手を離してやれ」


 ジルさんはノア様のことを見兼ね、ノア様と繋がった俺の手を振り払った。


 うっ……なんか、ジルさんの発言は少し刺があるな。


 それでも、ジルさんの言っていることは正しい。


 ノア様みたいな神聖で高貴な人間が、俺ごときに囚われるべきじゃないんだ。


 ノア様を世界を救うために、勇者パーティーの人たちと関わるべきなんだ。


「そ、そうですよノアさ──」


 俺はふとノア様の表情を見てみると、ノア様のその表情は全くの無だった。


 さっきまで頬を紅く染め、蕩けた表情をしていたはずのノア様はどこに行ったのか。


 俺はノア様の変貌に、底知れない恐怖を覚えた。


「──私、勇者やめます。今日はそれを伝えに来ました」


 すると、ノア様はゾッとするほど冷たい表情で、そう言い放った。


「「え……?」」


 俺とジルさんは、ほぼ同時に唖然とした声を口から漏らしてしまった。


 勇者をやめる……? 勇者をやめる……?


 ノア様の言い放った言葉が、頭の中で反芻する。


「あと勇者パーティーも抜けます。私はグレイグさんとパーティーを作ります」


 ノア様は冷たい声音で、またそうとんでもないことを言い放った。


「「え?」」


 その日、俺とジルさんだけではなく、王国中がノア様の発言で混乱に包まれることは、言うまでもないことだった。

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