第4話 グレイグの困惑

 手を離すと……ノア様が死ぬ魔法?


 俺はノア様が何を言っているのか理解ができなかった。


 どうして、そんな魔法を俺にかけたのか?


 どういう意図があるんだ?


 どうして、そんな自分の命を盾にとってそんなことをするんだ……?


 湯水のように湧き出る疑問に、俺は混乱状態に陥ってしまう。


「グレイグさん? 少し手から力が抜けてますよ。分かってますか? 私の手を離したら……私が死んじゃうんですよ?」


 そんな混乱状態の俺に、悪戯な笑みを浮かべながらノア様はそう囁いた。


 ノア様の言葉のせいで、ノア様の温かい手の感触を意識してしまう。


 まずい。手汗が出てしまう……。


 ノア様の手が汚れてしまう……手を離さないとダメなのに……。


 しかし、そんなことを考えていると、手に浮き上がる赤い紋章が目に入る。


 ダメだ。離したらノア様が死ぬ……。


 俺はノア様の言う通り、手を離さないようにぎゅっと力を入れる。


「ふぁっ……」


 すると、ノア様が蕩けた表情で気の抜けた声を上げた。


「えっ!?」


 俺は反射的に手を離してしまいそうになる。


 すると、すぐにノア様から手を強く握り締め返されてしまった。


 伝わる温かいノア様の手の感触に、俺の手は思わず逃げ出しそうになる。


 しかし、それはノア様のとんでもない魔法のせいで叶わない。


「の、ノア様……? どうして、こんな魔法をかけたんですか? 俺ならまだしも……ノア様が死ぬなんて、そんな魔法に何の意味があるんですか?」


 俺はノア様の思惑が理解できず、震えた声でそう尋ねた。


「この魔法があれば、グレイグさんは二度と私から離れられませんよね。絶対に……」


 ノア様は淀んだ瞳で俺の目を見つめながらそう言った。


 未だに、俺はノア様の言動が理解できなかった。


 狂気的すぎる言葉を放つノア様に、俺はひたすら困惑することしかできなかった。


 俺はノア様の何なんだ?


 そもそも、俺は一度もノア様と話したことは無いはずだ。


 それなのに、どうしてこんな感情を向けられているのか、俺には分からなかった。


「今日はどうしますか? 今日は医務室で寝ますか? それとも家に帰りますか?」


 ずっと俯いたまま考え込んでいると、ノア様のよく通る綺麗な声が俺の思考を中断させる。


「今日は……家に帰りたいです」


 俺は即座に頭を回らせ、そう答えた。


 そうだ。ノア様の様子がおかしいなら、少し距離を置けばいいんだ。


 もしかしたらノア様は何かの病気なのかもしれない。


 一旦家に帰って、1か月くらい引きこもって、ノア様と距離を置こう。


 きっと時間が経てば、ノア様は正常に戻ってくれるはずだ。


 それに家に帰ると言えば、流石にこの魔法も解いてくれるはずだ。


「分かりました。では、行きましょう。グレイグさん」


 ノア様は手を繋いだまま立ち上がると、笑顔でそう言った。


「え……? あ、あの……手を離してもらわないと……というか魔法を……」


 俺はノア様が魔法を解かないことに、違和感を覚える。


 俺は家に帰るんだぞ?


 少し様子のおかしいノア様といえ、魔法を解いてくれるはずだ。


 俺はそう信じていた。


「ふふっ、何言ってるんですか? 別に魔法を解く必要なんてありません。家に帰る時も、ずっと私と手を繋いでいればいいじゃないですか」


 ノア様は俺の手を強く握り締めたままそう言った。


 ど、どうして……こうなったんだ……。


 俺はノア様の言葉に困惑しながらも、ノア様の言うがままに流されることしかできなかった。

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