第3話 ノアの変化
私にとって、あの人は勇者として世界を救うために頑張る理由の全てだった。
私は世界を救うためとか、そんな崇高な理由のために頑張れる人間じゃなかった。
だから、私はあの人との約束を守るため、ずっと頑張ってきた。
こんな私でも、あの人のためなら少しは頑張れるから。
******
最高難易度ダンジョンの66階層。
ここではSランクモンスターが当たり前のように出現し、ダンジョンを攻略せんとする人間に襲いかかる。
66階層に到達するまでに、既に回復薬は全て消費してしまった。
少しでもモンスターの攻撃を受けてしまえば、それが致命傷になりかねない。
私は死の恐怖に怯えながらも、勇者としてモンスターを倒し続けた。
私は目の前のSランクモンスターを睨みながら、剣を構え直す。
攻撃は完璧に防ぎきれている。
なんとか攻めに転じて、コイツを倒さないと。
私はそんなことを考えながら、目の前のカニみたいなモンスターを見つめる。
「……ッ!?」
私が剣をじっと構えていると、目の前のモンスターの雰囲気が一気に変わるのを感じる。
まるで勝ちを確信したかのような、まるで致命的な一撃を隠し持っているかのような。
そんな恐ろしい雰囲気に額に汗が浮かぶ。
「――ここだ!」
すると、唐突に私の目の前に誰かが飛び込んで来た。
もう数年間も会っていなかった、あの人が私の目の前に唐突に現れた。
ここにいるはずのないグレイグさんが私の目の前に飛び込んできたのだ。
その理由を、この時の私はまだ理解できていなかった。
「……え?」
しかし、すぐ次の瞬間だった。
私はその理由を理解することになった。
目の前に現れたグレイグさんは目の前のモンスターにより、腹部を貫かれてしまった。
私でも見破れなかった不可視の一撃だった。
グレイグさんは、私を不可視の攻撃から庇うために飛び込んできたのだと、私はすぐに理解した。
私はそのことを理解すると、急に目の前が真っ白になってしまう。
心臓の心拍数が下がり、体中の血の気が引いていく。
「グレイグ……さん……?」
目の前で倒れてしまったグレイグさんを私は抱き上げる。
グレイグさんの腹部には明らかな致命傷が見えた。
グレイグさんに迫る死という絶望に、私の全身がガタガタと震える。
このままじゃグレイグさんが死ぬ。
嫌だ。グレイグさんが死ぬなんて嫌だ。
*****
私は必死に走り続け、グレイグさんを教会に運んだ。
教会はグレイグさんに必死の治癒魔法を施してくれた。
その甲斐あってか、グレイグさんは数日後には目を覚ますだろうとのことだった。
「どうして……あんなことを……」
私はまだ意識を取り戻さないグレイグさんに向かって、そう小さく呟いた。
私のせいでグレイグさんが死んでしまえば、きっと私は立ち直れずに壊れてしまう。
今回ばかりは運良くグレイグさんは一命を取り留めたけど、これからは分からない。
私がいくら注意してても、グレイグさんは私と違って脆いから、すぐ死んでしまうかもしれない。
あの村で安全に暮らしていると思っていたグレイグさんの死に直面し、私の思考は大きく歪み始める。
「そっか……私は間違ってたんだ……」
私は自分の過ちを理解した。
グレイグさんは私より何百倍も弱くて脆い。
あの村にいたままでも、そこら辺の石に躓いて死んでしまうかもしれない。
王都に来たともなれば、人間関係のストレスだけで死んでしまうかもしれない。
グレイグさんは保護すべき、絶滅危惧種のようなものなのだ。
グレイグさんは私が保護しなくちゃダメなんだ。
四六時中、グレイグさんの近くにいて、グレイグさんを守らなきゃダメなんだ。
鳥かごに入れて、全ての外敵からグレイグさんを守らないとダメなんだ。
もう、こんな思いを二度としなくていいように。
もう勇者なんて辞めよう。
世界を救うことより、大事なことが目の前にある。
私はあんなことが二度と起きないように、グレイグさんを守らなきゃダメだ。
私がグレイグさんを保護しないとダメなんだ。
「《監視追跡の魔法》《守護の魔法》《記憶操作の魔法》《体内時間停止の魔法》」
私はグレイグさんには内緒で、グレイグさんの体に四つの魔法を埋め込んだ。
グレイグさんは魔法適性がないから、きっと気づかない。
この四つの魔法をグレイグさんに知られたら、きっと私は嫌われてしまうだろう。
一つ目の監視追跡の魔法は、グレイグさんの現在地と周りの状況を視認できる魔法。
二つ目の守護の魔法は、グレイグさんの受けるダメージの全てを私が肩代わりする魔法。
三つ目の記憶操作の魔法は、グレイグさんの記憶を自由に操れる魔法。
そして、四つ目の体内時間停止の魔法は、グレイグさんが老化しなくなる魔法。
この四つの魔法は、明らかにグレイグさんの人権を侵害している。
しかし、そんなことはどうでも良い。
これは全部グレイグさんの為だから。
それに、これはグレイグさんが知らなくてもいいレベルの魔法だ。
これより強力な拘束力を持つ魔法は、ちゃんと伝えようと思う。
例えば、グレイグさんが目を覚ましてから使おうと思っている拘束致死の魔法とか。
「ふふっ……これでもう大丈夫ですよね。私から離れられませんよね?」
私はグレイグさんの寝顔を見つめながら、汚い笑みを浮かべる。
きっと、グレイグさんは私の行動をよく思わない。
それでも、グレイグさんが死んじゃうより何倍もマシだ。
これから、私はグレイグさんと一緒に過ごすために頑張るんだ。
もう私は世界の為なんかじゃなくて、グレイグさんの為だけに力を使う。
永遠にグレイグさんと一緒にいれるように。
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