霧の幻影:Side 布施田仁良 8 / 百舌鳥坂良治 1

 「ハハハハハハハ! 見ろ、免田の死体から放たれる光を! 他の二人から放たれた光とともにあの中央にそびえる偉大なる『神』の肉体を完成させ、その魂を呼ぶ紋章を作り出すのを! 夢の支配者が来る! 古の偉大なる王が来る! 人類を根絶し、生命を蹂躙し、このクソッタレの世界を破壊する王が来る! ハハハハハハハ!」


 霧は光の筋によって晴れ、内海にそびえる巨大な存在の上空に、他の光の筋と共にぶつかり、奇妙な円を作り出している。その光の筋によって作り出された、上空に作り出される円は複雑な紋様を示し、魔術的な意味を持っていることを予感させる。

 先程見た時には単なる半魚人たちの巨大組体操に過ぎなかったあの『塔』は、生物のようなシルエットを示し、遠方にあるせいなのか、あるいはすでにそうなっているのか、『一つの肉体』となっているようにすら見える。

 それは無数の触手によって構成され、幾つもの翼を持ち、蛸のような頭部を示している様にも見える。頭部には六つの赤く怪しい光が輝き、触手の中には鉤爪のようなものを備えた手が紛れている。あの手は……まさに魔術師の男が呪文によって作り出す『拳』や『わしづかみ』の手だ。

 あれが『邪神』の姿だというのだろうか。この街にある全ての建物よりもはるかに大きく、そして、その大きさ以上の脅威を感じさせる。あの頭部の赤い光はおれをさしているようにすら思えてくる。それほどにあの化け物は……。


 おれは『邪神』の姿から目を離し、魔術師の男を見る。奴は笑いながら周囲を見ている。何かを探すように……何を探している……? 

 思い出せ、こんな時に脅威になるもの……良治のお守りか?

 奴は良治がお守りを持っていることを知っている?

 いや、それはあまり考えられない……ではなぜ……?


 奴はその視線を日隈さんに定めている。

 日隈さん……?

 彼が何を……。彼は絶望しきった顔で膝をつき展望台の中央でうなだれている。とても奴の脅威になるようには思えない。だが、彼には彼自身が気付いていない何かがある?

 おれは直感的にそれを思いつき、その可能性に賭ける。


 「日隈さん! まだ、あなたは何かを持っている筈だッ! あきらめてはいけない!」


 おれはそう叫びながら高笑いをあげる魔術師の男の腹にフルスイングをかます。


 『バゴオオオン!』


 やはりコイツ……殴った際の奇妙な感触。まさか……。内臓が空洞になっている!?


 「効くわけねぇだろぉっ! 魔術で俺の内臓は全部、海の底さぁッ! ハハハハハ!」


 『ドガッ』


 奴は穴の開いた顔を歪ませ、穴だらけの身体をよじり、殴ってくる。奴の拳の力は……そうでもない。が、奴はそんなことを構わずに滅茶苦茶に殴ってくる。

 この手つき……呪文を使わないのも気になる……さっさと儀式を進めるためにおれらを一気に殺せばよいはずだ。抵抗を続けているのはもう、おれくらいのもので、徹さんや日隈さん、良治は戸惑っている様子だし、他の三人は内海の『邪神』に釘付け様子だ。何故、奴はおれの抵抗を受けている?

 余裕を見せつけるため?

 それとも更なる絶望のため?

 あるいは……日隈さん以外にも脅威がないか、確認するため?


 良治がおれの姿を見て、思い出したようにポケットを弄り出したが、それよりも早く、日隈さんがこちらに向かい、何かを持って駆け出す。日隈さんのその手には良治が持っていたものと同じ形を示す、御代出先生が持っていたペンダントが握られていた。おれを殴りつける奴はすぐにそれに気づき、おれのことを捨て置いて、真っ直ぐ日隈さんへ飛び、呪文を口ずさみ始める。

 おれはなんとかそれを止めるため、バットに渾身の力を籠めて振り、魔術師の男へ衝撃を放つ。


 『バキバキバキィッ!』


 衝撃は奴の足を捕え、グニャグニャに曲げる。だが、奴はこちらへ一瞥もなく、痛みで身じろぐこともなく日隈さんを捕える。

 日隈さんは強い光を放つそのペンダントで魔術師の男へ触れようとする。

 だが奴はそれに自らぶつかる様な勢いで飛んでいる……何か、何か策がある。少なくとも奴の動きを止めなければ、安心できない。


 「うおおおおっ!」


 徹さんが横から日隈さんへと向かう奴へタックルを仕掛ける。

 奴は進行方向に飛び出した徹さんへ攻撃を仕掛けるべく呪文を唱え終え、巨大な拳を出現させる。

 日隈さんや徹さんごと壊す気か?

 いや、あのペンダントで、日隈さんは助かる。

 徹さんを殺しつつ日隈さんの行動を牽制するためか!

 

 だが、日隈さんはそれを見越してか、もう片方の手でポケットから灰の詰まった袋を取り出し、投げる。それは巨大な拳に当たり、その動きを一瞬止める。それにより徹さんは灰の漂う中を抜けてくる。魔術師の男の進行方向から抜けていったようだ。日隈さんは……灰の煙幕の中にいるのだろうか?

 奴の繰り出した巨大な魔力の拳は灰の中を抜けてゆく。その拳の抜けた後も灰は漂い、煙幕の様相を示している。

 奴は……灰による煙幕へと真っ直ぐ入り、蹴散らそうと腕を振る。


 『ボフッ!』


 煙幕が晴れる、その中には日隈さん……と、良治が居た。

 

 「周り見ろマヌケッ!」


 良治は魔術師の男をがっしりとホールドする、奴は身じろぎ、呪文を唱えようとするが、それよりも先に日隈さんがペンダントを奴に押し付ける。

 ペンダントが、奴に、触れ……。


 「『旧神の印エルダーサイン』さえなくなれば、俺の計画は完璧さ。ありがとう、皆、俺の為に♡」


 奴はニヤリと笑い、ペンダントが触れる一瞬前に、その瞳孔が開いた。

 ペンダントが触れた瞬間、奴の身体は光を帯び始める。良治と日隈さんは奴から離れる姿勢をとり始める。

 爆発する!

 おれはそれに気づく前に、奴の方へ走る。

 加藤さんが叫ぶ。


 「ダメ! 布施田君!」


 おれはそのまま走る。

 ペンダントが床に落ちる。

 おれはバットで、奴の死体を殴る。光の一部がバットの中へと吸い込まれてゆく。だが、直ぐに光の勢いは強まってゆき、おれと、床のペンダントを包む。

 加藤さん……良治……日隈さん……。

 あとは……頼……。

 

 『ドガァアアアアアアアアアアアアアン!』


 ――


 百舌鳥坂良治:爆発音とともに俺は背中に強い衝撃を受け、石畳の上に倒れる。奴……魔術師の男は自爆した……恐らくはあのペンダントを破壊するために。しかし、自爆してしまえば儀式は……。

 

 『ぱらぱらぱらぱら……』


 爆発によって空に舞ったものが降ってくる。布施田……布施田は何処だ?

 爆発による土ぼこりが消えてゆく……。爆心地にはひび割れ、光を失ったペンダントと少々凹みが着いた奇妙な色の金属バット……布施田のもの。布施田が持っていた……。布施田の姿はない。

 日隈さんが爆心地から数メートル離れたところで、焼け爛れた左腕を抑えながらこちらへ何かを言っている。

 けれど、おれにはそれはよく聞こえない。

 布施田が。

 布施田が死んだ?

 あいつが……?

 死んだ?

 嘘だ。

 煙が晴れる中で、加藤さんが顔を手で覆い、叫んでいる姿が見える。

 

 「あ……ああ……ああああ!」


 八坂さんや徹さんは戸惑い、周辺を見回している。

 辺りには何も無い。黒い炭のようなものが上空から落ちてくるだけ……。この炭の一つ一つが吹き飛んだ布施田の肉体なのだろうか……。

 布施田は、死んだ。

 そのことが俺にしっかりと記憶として刻まれる。

 魔術師の男と刺し違えた……そう言えるのだろうか。

 だが、上空には依然としてあの魔法陣が……。

 

 「!?」


 上空の魔法陣はその中心に数メートル程度の穴のようなものが開いている。それは徐々に広がり、中から半透明の触手のようなものが這い出している。あれが、『邪神の魂』だというのか。

 それを見た瞬間、俺は全身に悪寒を感じ、何か巨大な触手が俺の身体を全て包み込みしめつけているような感覚を覚えた。俺は『邪神』によって心を恐怖心で支配され、その場から動けなくなってしまったような錯覚を覚える。

 あの上空に開いた『門』より現れている存在は『本物』……本物の『邪神の魂』だ……。

 日隈さんの呟きが聞こえてくる。


 「儀式の最終段階は……術者が死ぬことによって、完遂される……!」

 

 絶望と悲観の籠ったその声が、俺の中に響く……。

 儀式の完遂……。

 免田さんが言っていた……。

 免田さん……そうだ、俺のお守りを見て……『旧神の印エルダーサイン』という名前と一緒に……。


――『灯台で最後の儀式に対してこれをつかえば今回の事態は納められるかもしれない。持って近づくだけでいい。二つあれば……確実にこの儀式を終焉に向けられる……』――


 彼はそう、確かに言った。片方は既に壊れた……けれど、もう片方は、俺が持っている。この印さえあれば……どうにかなるというのか? 

 あの巨大な存在を、俺の手で止められるというのか?


 (続く)

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