霧の幻影:Side 免田四恩 5

 ――おれ達は計測山頂上から真っ直ぐ大橋へと向かった。山道を主に走ることで、『深きもの』たちに遭遇する回数を減らすことができた。とはいえ、海辺の市街は続々と深きものたちがうごめき、霧の中枢たるあの内海の『塔』へと向かっているのだろう。

 霧の中、工場の灯を遮る黒い影。深きものたちの身体によって築き上げられた塔が邪神の供物として、その儀式の完遂を待ちわびている……。まさにピラミッドだな。

 車は大橋の上へと昇る。

 日隈が前方の車に気付く。


 「おい! あれは……!」


 「……降りるぞ、あれは『怪異』だ! それに、幽霊野郎もいる!」


 『キキィイッ!』


 車は急ブレーキ停車。扉を開き、飛び降りる。

 おれは走って赤い車たちが囲む車へと向かう。

 日隈が灰小袋を投げつける。車はボディを灰によって溶かし、シューシューと音を立て壊れてゆく。

 おれは車の間を拳の布を当てつけながら通り抜ける。車はボディーをおれの拳によって抉り取られ、破壊される。日隈の灰袋が当てられた車は、炎を上げ、爆裂する。


 『ドガァアアン!』


 おれは中央の車の中で御代出先生と思しき女性の首を絞める幽霊を見つける。車内から魔術師の男の声がする。


 「オヤオヤ……まだ追ってくるか」


 幽霊はおそらく自ら消滅した。無駄な消耗はしない……ということか。


 「ハァッ……!? ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


 車内で呼吸を荒げる女性に駆け寄る。彼女はすぐに呼吸を整え、こちらを怪訝な目で見る。手先の鱗……奴の言った通り、『深きもの』の末裔か……。どうやら御代出先生で間違いないようだ。おれは自己紹介をする。

 

 「あー、おれ達は免田オカルト探偵社の、おれが免田で、こっちが日隈だ」


 処理を終えた日隈がこちらに寄って挨拶をする。


 「どーも」


 彼女は少し頭を下げて感謝を述べる。


 「……どうも……あの、さっきの……幽霊? は……一体……」


 困惑の色が見て取れる。どう言ったものか向こうの信用を勝ち取るのは必要不可欠だ、全て明け透けに行っても信用は……。とにかく言葉を選んで話す。


 「奴は……奴はあなたの命を狙っている。あなたは……その……」


 彼女は何か思いつく節があるようで要領を得ないおれの言葉に反応する。


 「私の……? ……まさか……」

 

 『ドガァアアアン!』


 後方で爆発? 新しい追手か? 日隈が驚いた様子で空を見る。


 「なに!?」


 そこには、空を舞う魔術師の男の姿があった。幽霊ではない!


 「あれは……本人の方か……!」


 おれはすぐに御代出先生に指示をする。


 「とにかく、車で逃げろ。おれらは奴を追いつつ妨害する」


 日隈は既に水鉄砲を魔術師の男に打ち込んでいるが効果はない。やはり本体には無意味か……灰袋は……。

 おれは奴に灰袋を幾つか投げつける。

 投げた一つが奴に当たる……が、効果はない様子だ。

 後ろで御代出先生の車は発進し、日隈がどかした車の残骸を抜けて大橋を降りようとしている。

 ……魔術師の男は向こうの方へ標的を定め、こちらに見向きもしない。

 すぐに日隈とおれはワゴンに飛び乗り、奴の追跡を開始する。

 これで挟み撃ちの形になるな。

 大橋を抜け、探鳥台への道に入る中、奴は空中を高速で舞いながら、高笑いをあげ、叫ぶように話しかける。


 「ははははは! 鬼ごっこだ! 初めてだからルールよくわかんないけど、殺していいんだろ? ははははは!」


 奴はその後……あれは『拳』の呪文だ、マズい!


 『ドガァアッ!』


 魔力によって構成された巨大な拳が前方を走る御代出先生の車を襲う。奴は詠唱を続け、魔術を連発し、車を破壊しようとしている!

 

 『ドガァン、ドガッ、ドガァアッ!』


 このままでは……やられる一方か……背に腹は代えられない……。

 おれは今座っている助手席の窓を開け、身を乗り出し、呪文を詠唱する。


 「免田!? 何を……」


 クトゥグァのしもべにしてフッサグァの子、火の精よ……ここに来たれ……!

 

 「これで吹き飛んじゃえ……よっ!」


 『ドガァツッ!』


 魔術師の男はおれの招来した一匹の『火の精』にぶつかり、空中で発火、炎上した。奴はもがき苦しみながら地面へと墜落する。ワゴンは奴にぶつかり跳ね飛ばす。


 『ドガァアン!』


 「ウオオオオッ!?」


 急ブレーキを日隈は掛ける。御代出先生の車はそのまま逃げていっているが……こっちでどれだけ足止めできるか……。

 おれは道路に飛び出し、跳ね飛ばされ、地面に倒れる奴の方へ駆ける。日隈もすぐにそれを追って出てくる。が……。


 「あっはははははははは!」


 奴はふわりと浮遊するように筋肉を利用せず起き上がると笑いながら呪文を唱える。

 あの呪文は『萎縮』!

 おれは標的となっている日隈を庇う。身体の一部が焼け焦げる様な感覚……痛み……灼けつく痛みが走る!

 

 「お、おい、免田!」


 おれは冷や汗を流しつつ、苦しみを押し殺し、火の精を二匹招来する。この呪文ならば多少の間違いでもある程度カバーできる。


 『ヒュウウウウウッ!』


 二匹の火の精は奴の方へと飛ぶ。奴は『萎縮』の呪文詠唱を続けている!


 『ドガァアアアアッ!』


 爆発炎上……だが、痛みが……。

 奴の詠唱は続いているというのか!?

 もう一匹……いや、これ以上の連発はおれの魔力が……。


 「オラァアッ! 白の分だッ!」


 日隈は炎上する奴へドロップキックをかまし、奴の呪文詠唱を中断させる。


 「ッはぁぁっ……!」


 おれは思わず膝をつく。手先がかなり焦げた……。クソッ……。

 すぐに立ち上がり、拳を握り締め、炎上する奴へと近づく。

 日隈は奴を蹴ったことで燃え移った足の火を踏み消している。


 ……奴は……呪文を唱えている?!


 「ははははははは! お前も魔術師になったか! いいねいいねぇ! 仲間が増えてうれしーよ! だけど、ちょっと今は忙しいんだ!」


 『ザッ!』


 奴の周囲に十体の……奴の幽霊が現れる!

 本人と5体ほどの幽霊はすぐに飛び上がり、包まれた炎を一瞬で消すほどのスピードで、先生の車が消えた方向へ真っすぐ飛んで行く……。

 恐らく奴は魔力を追っている。先生の放つ強大な魔力は、先程魔術を三度も使ったおれには鋭敏に感じられる……追う必要がある……だが、今はここの幽霊共を蹴散らす必要があるようだ……。

 日隈は水鉄砲を取り出し構えつつ叫ぶ。


 「免田! 先生は……」


 「大丈夫だ、こいつらを消してすぐ追うぞ!」


 『ドガァアッ!』


 おれは幽霊野郎一匹の顔面を殴りつける。

 日隈も水鉄砲で牽制しつつ、襲ってきた幽霊野郎に灰袋を的確に投げつけ、消す。


 『ガッ!』


 「クッ!」


 幽霊野郎は日隈からおれに標的を映し、後ろからホールドするとともに口を抑え、腹を殴る。同一人物による見事な連携だ。おれは暴れようとするが、動けない。


 「こっちを見過ごすたぁ、良い度胸だ、ボケっ!」


 『ダシュッ! ボシュウウウッ!』


 灰袋により二体が消失。おれは残った二匹の後頭部を殴りつけ、背中、胸と風穴を開け、弱らせてから灰で消滅させる。

 五匹は消した……。一息つく暇はない。おれは日隈に指示を飛ばしつつ車へ向かう。

 

 「行くぞ、あっちだ、探鳥台の……住宅街だ」


 「わ、わかった……」


 ――


 奴の魔力は追えないが……幽霊野郎は魔力の塊、ある程度の場所は分かる。先生の居場所も解る。どうやら車での移動は終えて、自宅かどこかに潜伏しているようだ……。だが、この街の幽霊野郎の数はどんどん増えていく。どうやら魔術師の男は自らの幽霊を魔力の尽きぬ限り複製できるようだ……。幽霊は自らの魂の一部を引き継いでいるため、自立して行動できる。所謂、生霊だ。

 先生の家の周囲には数多くの幽霊野郎がいるが……侵入できていない様子だ……。どうも、結界か何かが張られているようだ。


 「……オッサン、そこを曲がれ、奥の家がそうだ……」


 おれは妙な確信を持っている。今回は日隈が先に家に入り、おれが外で待機する必要があると……。学生に『旧神の印エルダーサイン』を見せられた時もそうだ、妙な勘が働いた……。


 おれたちは家に着くとすぐに車を降りる。家は西洋館然とした大きな屋敷で、いたるところに『旧神の印エルダーサイン』を模したモニュメントや模様が施されている……どうやら幽霊共が入れなかったのはこれが原因らしい……が、どうにかダメージを受けながらも侵入した奴が、今、先生を襲おうとしているようだ。


 「オッサンは中へ、おれは外で迎え撃つ。……早く行け、間に合わなくなる!」


 「お、おう!」


 日隈はどたどたと駆けて、鍵の開いた玄関へと入ってゆく。

 やはり鍵が開いていたか……。

 そしてしばらくして、二階部分の壁からするりと逃げる様子で幽霊野郎が飛び出す。おれは事前に招来しておいた火の精をぶつけ、消し飛ばす。

 火の精はまだまだ居る……。幽霊野郎どももここに集合しつつある。おそらく魔術師の男は……この襲撃で『御代出先生』の事を殺し、野鳥平で彼女を捧げる。そう言う算段だ。

 おれは叫ぶ。


 「早くしろ! 増援がまだまだ来ている!」


 既に霧の中から幽霊野郎のにやけ面が、20はぬるりと顔を出している。

 さっきよりもずっと……どんどん数が増えている。既に100体以上はおれに観測されている……まさか街中をこれで監視していたというのか?

 おれと日隈で……この数を捌き切る……?

 それは、確実に無理だ……!


 (続く)

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