霧の幻影:Side 布施田仁良 5

 「こんな数……どうやって……!」


 車内にいる免田さんがそう漏らす。八坂さんのお父さんもアクセルを踏めず、車は立ち往生している。彼は懐に手を伸ばし、扉に手を掛けている。

 おれはそれに先んじて、車を降りる。それを見て、良治が声をかける。


 「お、おい布施田」


 「一匹残らず殺す……」


 バットを握る。怒り、恨み、苦しみ、恐怖……呪い。このバットにはそれらが籠っている。いわばこの街の呪いの中心、そう言える代物なのかもしれない。このバットが何故ここまでの力を有しているのか、その所以は分からないが……力は確かに感じる。怪異と化け物に惨殺されてきた人々の想いはおれに伝わってくる。

 怒りも、恨みも、苦しみも、恐怖も、全ての呪いをぶつけてやる。


 霧の中からぞろぞろと半魚人たちが出てくる。おれはバットを構える。


 「水臭いな……みんなでやるって言ったばっかだろ?」


 良治が降りてそう言う。


 「お前ら、これは俺に……任せろともいえんか……」


 徹さんが懐から拳銃を取り出してそう言う。


 「全部叩き潰す……全てが、奴の差し金なら……全て……!」


 おれは車の方へと近づいてくる半魚人たち30匹ほどへと駆けてゆく。霧の中には奴らの瞳が幾つも光っている。空からは何匹もの化け物がこちらを伺っている。

 おれはバットを逆手に持ち、半魚人たちをそれで撫でていく。

 

 『パァアン!』


 バットに触れた半魚人たちは頭が爆裂し倒れてゆく。バットは奴らの血に濡れてゆく。既にバットには数えきれない怪異の残滓や血液が残っている。この血が、この街の呪いを吸い上げているのだ。この血の魔力が、怪異たちの魔力が、呪いをこのバットに抑え込み、吸い込み、力としている。おれはその奥そこへと、自らの精神が呑み込まれてゆくような気さえしている。このバットに……おれは呑み込まれてゆくのかもしれない。……怪異が殺せるのなら、あの魔術師を殺せるのなら、この街を守れるのならそれでいい。どこまでも、修羅になってやろう。


 「オラッ!」


 『バキィッ! バキッ!』


 良治は半魚人たちの中へと入りこみ拳に何かを巻き付けた状態で殴りつけていっている。半魚人たちはアイツの拳の形に顔が変形している。


 『パァン! パァン!』


 「クソッ……何匹居やがるんだ一体!?」


 徹さんは的確に半魚人たちの頭部に弾丸を入れてゆき、即死させていっている、だが、半魚人たちの数はどんどん増えてゆく。


 「ううううん!」


 おれはバットを思いっきり振る、霧が一瞬周囲から消えるほどの大きな衝撃と共に半魚人共が倒れてゆく。だが、霧の中、後ろから、銛を持った三匹の半魚人が突然現れ、飛び掛かってくる。


 『ザバッ』


 「ううっ!」

 

 返しの付いた銛の先がおれの脇腹をかすめた。少しでもズレれば脇腹を貫かれていた……。他の銛は避けられたが、すぐに体勢を立て直し、銛の先がおれを向く。次は避けられない!


 『ドスッ!』


 「グウウウッ!」


 「……徹さん!?」


 徹さんはおれの方に向かってきた銛を二本、掴み、止めた!

 

 「オラァアアアアッ!」


 『ドガガガガガガッ!』


 良治が銛持ちの半魚人のもう一匹を殴りつけ、倒す。

 おれはすかさず、銛を止められた二体の頭部へスウィングを行う。


 『ドパァアアアアン! ドチャァアアッ!』


 二匹の頭部が吹き飛ぶ。


 「はぁ……どうして、そんな……」


 おれは徹さんに訊く。彼は答える。


 「咄嗟のことだ……気にするな。……それよりも、先を急ぐぞ……くっ……」


 両手から血を滴らせながら、徹さんは車の方へと向かう。彼はそのまま車に積んであった消毒液と包帯で止血を済ませ、そのままの手で運転し、中央の駅方面へと車を走らせていく。

 高架道路と観光道路方面への分岐点、半魚人がまばらな場所で徹さんはおれ達に訊く。


 「……どうする……観光道路を通って……行くのは無理そうか」


 徹さんは観光道路の方を見遣る。霧の中、僅かな光がうようよと蠢いているのが見える。良治が答える。


 「妻恋の方から行くのが堅実……だとおもいますね」


 「そうだな……高架道路にはいい思い出がないんだが……」


 徹さんがハンドルを切り、車は高架道路へと入ってゆく。

 

 妻恋町は丁度その街の中心に伸びる道路を真っ直ぐと昇っていくことによって世界岬へつながる観光道路へと出る。人口も街の中でそこそこの規模であり、多くの民家や商店跡がある。

 高架道路から妻恋への分岐に乗り、大病院を横目に観光道路へとつながる永井一本道へ車は滑り込んでゆく。


 「ギャアアアアアアアアッ!」


 『ドガガガガガガガッ!』


 突如、叫び声と共に無数の虫にも似たあの空飛ぶ化け物が車のフロントガラスに突っ込んできた。5,6匹はいるぞ!?


 「クソッ……前が……!」


 徹さんはやむを得ず急ブレーキをかける。

 車内は大きく揺れる。

 だが、おれたちは扉を開き、外に飛び出す。

 おれはすかさず、バットを振る。

 窓にしがみつく化け物が吹き飛ぶ。だが、すぐに他の化け物がおれのバットを掴み、空へ飛び立とうと羽をはばたかせる。

 おれはバットを離さないが……そのままおれの身体は宙へとふわりと舞い上がろうとしていた。このままでは、おれは空へ……。

 

 『ガシッ』


 「布施田君!」


 免田さんと八坂さんがおれの足を掴み、引っ張る。


 「引っ張るぞ!」


 良治も二人に加勢し、おれを引く。

 

 「ギャァアアアアアアアアアアッ!」


 空飛ぶ化物は叫び、羽ばたく速度を上げる。だが、おれはバットを強く握りしめ、己の怒りをそこに込める。すると化物のバットを掴む足は焼け爛れ始め、煙を上げる。これが、この街の呪い。みるみるうちに化物は溶け、おれは地面へと落ちる。


 「ううっ!」


 「布施田……お前……やっぱりそのバットは……」


 良治は何かを聞こうとしている。


 「おい! 早く乗れ、またあの化け物が来ないうちに早く!」


 徹さんが車から叫ぶ。

 おれ達は車へといそいそと乗りこんでいく。


 そのまま、おれたちを乗せた車は観光道路へと入る。ここまで来れば世界岬展望台へはもうすぐだ。だが、霧は一層濃くなり、森も近く、妙な曰くの多いこの場所は、おれでもすぐに察せられるほどの嫌な気配を放っていた。それは、怪異の気配。その気配に敏感な良治はいつも以上に焦りを覚えた表情を見せていた。

 いつ襲われてもおかしくない。

 良治は口を開く。


 「ずっと嫌な感じがする。移動しても晴れない……さっき突然そんな気配が強くなったんだ……」


 気分のすぐれない様子でそう語る。さっき突然……?

 免田さんが首肯する。


 「私も何か、悪寒みたいのが……さっき……」


 徹さんがバックミラーを覗く。


 「……?……なあ、この車内……いや、気のせいだとは思うが……


 「!?」


 この車には今、6人の人間が乗っている。免田さん、八坂さん、徹さん、おれ、良治、   の6人。

 あれ……?

 おれ達は……。もともと6人だったか……? 

 5人だった……?

 だとしたら、誰が……?

 良治が話す。


 「最初から6人じゃなかったか? ……いや、5人だ……」


 八坂さんが訊く。


 「それに……さっきからずっと車が同じところを進んでいない?」


 車外は霧に包まれ、一向に景色は変わらない。この道は結構場所によって道路の様子も異なる。だが一向に変化がない。

 怪異だ。

 だが、何が?

 おれは今までの経験から一つの考えを口に出す。


 「変化を認識できていない……認識に訴えかけるタイプの怪異……?」


 良治がそれに乗る。


 「だとすれば、おれたち6人の中に怪異がいるってことだが……そんなの有り得るのか?」


 おれたちは顔を見合わせる。この顔ぶれの中に……怪異がいるというのか?

 

 (続く)

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