霧の幻影:Side 布施田仁良 6
「6人の中に……怪異がいるってこと?」
八坂さんはおずおずと言う。おれ達は顔を見合わせる。
全員見知った顔。とてもさっき突然現れた人間がいるようには思えない。おれ達はずっと6人だった、そんな気さえする。だが、明らかに今まで5人で車に乗り進んできた。今、おれ達には記憶と感覚の齟齬が起きているのだ。
「どうすれば……取り合えず、車を停め……!」
徹さんがバックミラーに目を向け、目を見開き驚く。おれは車の後ろを見る。
霧の奥から、大きな……車……トラックの輪郭が浮かび上がる。大型トラックだ。道路の幅全てを占める、この車の比じゃない大きさのそれは、こちらに迫ってきている。ゆっくりと霧を抜け、こちらに近づいてきているのだ。
徹さんはアクセルを踏み、おれ達に言う。
「停まって考えることはできない……! この車のガソリンが足りるうちはいいが、それもいつまで持つか……制限時間内に偽物を判別するしかねえ!」
「そんなこと言ったって……わからないよ……!」
八坂さんが震え声でそう言う。おれは訊く。
「皆、違和感がないのか? 知らない顔がいるような気がするとかは……」
良治が言う。
「お前はあるのか……?」
おれは首を振る、全員がそれに同意する。
この車内にいるのは、八坂さん、徹さん、免田さん、良治、おれ、 。
全員にそれぞれ親子なり友人なり部活なりの関係性があり、とても突然湧いたようには思えなかった。
が口を開く。
「 」
おれは答える。
「確かに、それは尤もな話だが……このままむざむざやられるわけにはいかない」
「 」
免田さんが反論する。
「それでも……今怪異に襲われてる事実は変わらない、今できることをしなくちゃ」
車内には嫌な雰囲気が漂っている。だが、良治はその中で何か対策を思いついたのか、懐から『お守り』を取り出して、運転中の徹さんにそれを持った手で触れる。……何も起きない。
すると良治は助手席の八坂さんにそれを渡す。それを受け取った八坂さんが訊く。
「なに?」
良治は特に答えずにお守りをおれに投げ渡す。
……そうか。
おれは免田さんにそれを回す。
免田さんは にそれを回そうとする。
は受け取ろうとしない。
「どうして……?」
免田さんは訊く。
『ドガァツ!』
車は衝撃を受け、免田さんの持っていたお守りは落ちる。徹さんがバックミラーを見て叫ぶ。
「クソッ、追いつかれたか!」
後方では巨大なトラックがこの車を引き潰さんと迫ってきている。トラックのライトが車内を明々と照らす。
猶予はない!
やるしかない!
おれはバットを握り締め、 に向ける。
八坂さんが驚く。
「布施田君……! そんな……!」
良治は床に落ちたお守りを探している。だが後ろのトラックはけたたましいエンジン音をあげ、こちらに迫ってきてる。加速に入ったのだ。このままではこの車は引き潰される。
おれがやらねばならない!
バットを振り上げる。
は 。
「 」
「くっ……!」
それをみておれは躊躇する。
トラックのライトがおれ達を包む。
『ガシャァアアア……』
車の後方が壊れてゆく。最早これまで……。
『ガシッ!』
免田さんがおれの振り上げたバットを掴み、おれの腕ごと、 へ振り下ろさせる。
『ジュウウウウウウッ!』
は消えた……。いや、何が消えた?
消える?
なにも消えていない。ここにはさっきから何もない。だが、おれたちは……確かに何かを見ていた……。おれたち5人全員が……。
おれは免田さんを見る。彼女は涙を浮かべ、おれのバットから手を離し、手で顔を覆って泣きじゃくった。
たぶん、彼女も……何が起きたのかわからないのだろう。後ろに居たトラックも消えている。ライトの灯りもなく、妙に暗い車内では焦りと困惑の表情を浮かべた八坂さんと良治がすぐに免田さんを慰める。
……おれの責任だ。おれが、躊躇したために免田さんにこんな役回りを請負わせてしまった。
もし、あの魔術師が、ここにやってくるのなら……そして奴が、加藤さんを殺そうとしているのなら……おれは、奴を……このバットで……。
それはおれがやらなきゃならない。免田さんや、八坂さんや、良治にそれを押し付けてはいけない。この呪いは少なくとも、奴を殺すためにここに留まっている。
――もし、この呪いが奴を殺せずに、『儀式』とやらが終わったら……きっとおれはこれに『取り込まれる』。そんな予感がするのだ。
いや、もしかすると俺は既にこのバットに渦巻く呪いの一部になっているのかもしれない。であれば、尚更、奴を殺すのはおれの役割だ。未来のない、おれの役割だ。
次は、おれが、必ず、やる。
――
「……」
車は世界岬展望台の駐車場へと向かい、暗い霧の中、切り立つ岬へとつながる唯一の道路を走る。その霧は、道中に立ち消え、展望台の周囲は霧のない穏やかな海と密やかな静寂に包まれていた。
「……ごめんなさい……皆……」
免田さんは消え入る声で謝る。
おれはそれに答える。
「おれのほうが免田さんに謝らなくちゃならない……さっき、誰よりも怪異を恐れている免田さんにおれは……錯覚していたとはいえ仲間の人間に手を掛けさせるような事をしてしまった。すまない……免田さんはここで車を守っていてくれ、怪異が来ないとも限らない。一応、怪異対策の道具は四恩さんのがあるだろう? ……一人では……不安だよな……」
免田さんは首を振る。
「大丈夫……」
八坂さんは言う。
「一人はエンジンのかかった車の番をする人が必要だったんだよ。それが凛音ちゃんになっただけ。……帰る時は、皆ここに戻ってくるから……みんなで約束しよう、百舌鳥坂君も、布施田君も、お父さんも」
彼女はそう言って小指を出す。
徹さんは笑う。
「……随分なつかしい約束の仕方だが……お前ら、いいのか?」
良治は返す。
「でも一番効果ありそうじゃないですか、ほら、布施田もやるんだよ」
おれはみんなと小指を結ぶ。
「指切りげんまん、ウソついたらはりせんぼんのーます、指切った!」
おれは心の中で約束する。
――必ず、加藤さんを解放すると。
おれ達は駐車場へと出る。
八坂さんが呟く。
「……不気味なくらい、静か……」
駐車場には他の車は一切なく、街灯がぽつりぽつりと佇むのみ。今日は満月で、月光が辺りを照らしている。この場所のみが霧がなく、空も、雲一つない晴れ。だが、どうしてか、今日の月は不気味な輝きを放っていた。
おれ達は展望台の方へと昇る。
灯台が見える。
切り立つ岬の先に建つ灯台は何故か、その灯を月へと向け放っている。灯台自体はたいして大きくない、10メートル以上か?……20メートルはないと思う。普段ならば灯りが付けられているのかすらも怪しい、立ち入り禁止の灯台だ。
だが、今、そこへの道は開かれ、おれ達を招いているかのような様子である。
徹さんが言う。
「……あそこに、加藤稲穂さんが居るんだな?」
おれは答える。
「ああ、恐らく……。行こう、奴に気づかれる前に……もう気付かれているかもしれないが……」
おれがそう言って灯台へ歩き出す。皆は黙って、おれの後ろに着いてゆく。灯台への道は狭く、柵によって落下防止はされているものの、不安になる道の悪さであった。
灯台の内部への扉は開け放たれている。
昔は一時期、資料館のような事をしていたようで、内部にはガラスの展示ケースが一つ、ほこりを被って残っている。非常に暗い。
おれ達は狭くて不安定な階段を上る。足音が反響し、耳に入ってくる。また、階段は上の方に行くに従いどんどん狭くなってゆく。一度でも転べば一番下へ真っ逆さまだ。
そしてその階段は、外へと出る扉へつながっていた。
『ガチャッ』
扉はあっさりと開く。外は風もない。静かな世界だ。
おれは周囲を見回す。
錆びだらけの梯子だ。
確かこれを伝って、頂上へ上る。
おれは下を見ないようにしながら一段一段しっかりと梯子を上る。
頂上には、加藤さんが手を後ろに縛り付けられたような格好で、目を瞑り、灯の前に立っていた。彼女以外の人影はない。
灯台の柵や鉄の部分は錆び上がっていて不安だが、ガラス内の彼女の立つ空間はある程度の余裕がある。
おれはその場所へと入り込む。
「加藤さん! おれだ、助けに来た」
加藤さんが目を開ける。
「布施田君……」
彼女の瞳に希望が映り、そしてそれはすぐに、絶望へと変化する。
「後ろ!」
彼女の瞳に反射する景色に、おれを後ろから殴ろうとする男の姿が映る。
おれは振り返りざまにそいつをバットで殴りつける。
『ガキィイイン!』
奴の拳がバットにぶつかり鈍い金属音を響かせる。
――コイツの拳……! おれのバットと同じような……嫌な雰囲気を纏っている!
「いい感じに呪いが溜まってるじゃんねぇ……いいね、いいねぇ……それで殴られたらさぞ痛いんだろうねえ……ヒヒヒヒヒ……」
男は顔を歪め、笑みを浮かべる。奴の顔は何度も殴られたような傷や切り傷が見える。いや、それは顔だけでない、体中ボロボロだ。
だが、こいつは……衣服や体つき、顔の一部でわかる。学校で見た幽霊野郎……魔術師の男!
おれは、コイツを、必ず、殺さなければならない!
(続く)
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