霧の幻影:Side 御代出海香 2
「あー、おれ達は免田オカルト探偵社の、おれが免田で、こっちが日隈だ」
「どーも」
「……どうも……あの、さっきの……幽霊? は……一体……」
私は赤い車たちを破壊したその二人に訊く。自分でも状況的に信用すべき人とは言えないことは分かっているけれど……さっきの件もあって、動揺しているのかな……。けれど免田さんはすぐにその質問に答える。
「奴は……奴はあなたの命を狙っている。あなたは……その……」
「私の……? ……まさか……」
この鱗の病とあの幽霊の男が関係している……?
『ドガァアアアン!』
「なに!?」
「あれは……本人の方か……!」
バックミラーには後ろの……上空に浮かぶフード姿の男の姿が映っている。奴は車のような速度で飛び、こちらに一直線で向かってきた。人が空に浮かんでいる……一体どうなっているの?
「とにかく、車で逃げろ、おれらは奴を追いつつ妨害する」
免田さんたちは水鉄砲や小袋を空を飛ぶ人に投げつけている。だけれど、それは、先程の『車』と異なり聞いている様子はない。
私はアクセルを踏み、免田さんたちがどかした車の残骸を横切って、私は取敢えず家に向けて車を向かわせる。
後ろでは大きなワゴン車が私の車の後ろに張り付いた男を追っている。おそらく免田さんたちの車……。本当に彼らは足止めできるの……?
「ははははは! 鬼ごっこだ! 初めてだからルールよくわかんないけど、殺していいんだろ? ははははは!」
空中に浮かぶ奴はそう叫んだあと何かぶつぶつと喋っている。不気味なことを……。一体何?
『ドガァアッ!』
いきなり、何かに追突されたような衝撃で車体が揺れる。
『ドガァン、ドガッ、ドガァアッ!』
なんども何度もその衝撃は発生する。奴だ。奴によって私の車が揺らされている。後ろを見れば奴の方から妙なこぶし……? のようなものがうっすらと見える。あれは一体……?
「これで吹き飛んじゃえ……よっ!」
『ドガァツッ!』
「!?ッ」
あれは……飛んでいた奴が炎に包まれている?
燃えたまま墜落するようにその場に落ちている……。ワゴン車が
一体何が起きているの?
人が空中で自然発火?
……半魚人がいるよりかはリアルか……。
「ううっ!」
頭が……吐き気もまた……。車を……私の家へ……。
私はなんとか車を走らせ、自分の家へとたどり着く。
私は車の扉を開き、降りようとして倒れる。
足が……足が、ストッキングが破れて……靴も壊れて……。足が鱗だらけになっている……足先はヒレのようなものが……。気づかなかった……。もうこんなに……いや、こんなに早いものなの?
明らかに私の症状の進行が速い……というか、発症したのが学校で……あれから一時間も経っていないくらいなのにどうしてこんな……あああ!
……頭が……!
私は這うように家の玄関へ向かい、扉を開く。
ポケットに入れていたお守りをみる。……光の筋はこの家の二階を指示している。この方向は……父の部屋……。
私は階段へ向かう。
「ううっ……」
『ドサッ……』
這う。立つことは難しい。なら、腕を伸ばし、足を使い、這ってでも動く。今、もしかすればあの幽霊や空中に浮かぶ奴がこちらに向かって来ているかもしれない。私の今の状態ではすぐに殺される。何故奴が私を殺すのかは……全く見当がつかないけれど。
一段一段しっかりと昇っていく。このペースだと後30分くらいかかってしまうんじゃないの? いつ奴がやってくるのか……。
「……やあ……さっきぶりだ……ね……」
玄関の方からぬるりと幽霊が現れる。その声はずいぶん遠くからの無線のように途切れて、その姿も揺れているように見える。
私は立っていることができないけれど、向こうは一歩一歩よろめくように踏みしめている。奴の方の動きもゆっくりとしているけれど、私の動きよりも僅かに速い。
このままでは私は……。
一段登る、奴は二歩近づく。一段登る、奴は二歩近づく。一段登る、奴は三歩近づく。一段登る、奴は二歩近づく。
あと、二段、奴は……あと何歩だろう。揺らぐ奴の姿……幽霊はまた、首を絞めてくるのだろうか……もし、私にこれ以上近づくのなら……お守りをつかえば……幽霊のような怪異になら……効くかもしれない。
私は一段登る。奴は三歩、いや、四歩進む。逃れるように、焦りながら私は最上段に手を掛け、登る、奴は私の方へ身体を伸ばし、私の首へ手を掛けようとする。
「くらええっ!」
『ボシュウウウウウウウウウッ!』
幽霊は煙を出して溶ける。だけれど、私の首に掛けた手に凄まじい力を入れ、私の首を折ろうとする。私は必至でお守りを幽霊に押し付ける。
頭が……息も詰まる……死……意識が……なくな……て……。
「……っはぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
幽霊は形もなく消え去った。私はしばらく、呼吸を荒げて……。息が整うのを待った。
空気が冷たい……今日一日はずっと霧だったから……夜は冷える。だけれど、私は、血が凍っているような錯覚を覚えている。死が近づいているような……。そんな、気がしてしまう。
「ううっ……」
私は二階の廊下を這い、父の部屋に入る。
『ガチャッ……』
下で玄関の扉が開く音が鳴る。……誰?
――まさか、さっきの浮かんでいた男……!
私はお守りに目を向ける……。光は……クローゼットの……。
開くと中に……薬が……これは……父の貰っていた薬……。ちゃんとした処方箋はないし、薬もきちんと包装されていない……。妙な薬……でも、父は症状の進行はゆっくりだった……。これを光は指示している……飲むしか……。
足音が二階へ入っている。私がこのままじゃ、絶対に殺される。少しでも希望がある方に……。
私は薬を飲みこみ、父のベッドの下に隠れる。
私は息を殺してベッドの下でうずくまる。
息が詰まってばかり……。足音の主はなかなか出ていかない……。
……。
……。
これ以上は……。
どうして、まだ……出ていかないの……。これ以上は……息を止めるのは……!
「ベッドの下とは安直だね……はははははははは!」
幽霊が、私の目の前で、ベッドをすり抜けて笑う。さっきの幽霊とは違って、はっきりとした形がある。私の首へ向ける手を私は払いのける。
動ける。何とか、何とか動ける。私はベッドを這い出る。
しかし、足を掴まれる。
「待てよ……ちょっと首の骨を折って殺すだけだよ、それとももっとごうもんしてほしいの?」
「くっ……」
気色悪い言葉を……なんだってこんな奴に追われなきゃいけないの……!
逆に腹が立ってきた……。
私は幽霊野郎を蹴りつける。
『ドガッ』
緩んだ手から足を抜くと、ベッドから出る。
私を追って、起き上がる。そこへすかさず、お守りをビンタの要領で張り付ける。
奴はそれをするりと避け、私の腕をロックする。
そのまま奴はそれを折ろうと力を入れる。
「ほらほら……折れちゃうよーっ」
ギリギリと音を立てて割れそうになる。
「ぐぅぅううっ……!」
『ドガぁッ!』
「何っ!?」
部屋に日隈さんが入って来た。
彼は水鉄砲を幽霊に放つ。
『ボシュウウウウウウウッ!』
「クソッ!」
幽霊は壁を抜けて外へと飛び出す。
窓の外を見ると、奴は外で待ち受けていた免田さんによって袋を投げつけられて消滅した。
「間に合った……さあ、こっちへ……本体の方もこっちに向かっている筈です。まだまだ、幽霊はやってくるでしょう……そう、免田が言っていました」
「……ううっ……」
私は膝をつく……まだ、少し良くなったとはいえ気分はすぐれない。
外から免田さんの声が響く。
「早くしろ! 増援がまだまだ来ている!」
窓の外には10……いや、20体ほどの先程の幽霊が霧の中からぬるりと現れているのが見える。……こんな数に……私たち三人だけで抗えるのだろうか?
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます