霧の幻影:Side 御代出海香 1

 朝は、最悪の寝覚めだった。昨日の『半魚人』のことは、夢のように思える。けれど車の傷は現実。紛れもない現実。それに……朝起きればこの街の状況ははさらに悪化していた。テレビもスマホもダメ。霧も晴れない。

 こういう災害(?)時には避難するか家で待機かが良識的な対応。

 だけれど、今日は……部活の集まりがある。あの子たちのことだから学校には必ず集まるだろう。私はそう確信していた。

 顧問として、見過ごせなかった。少なくとも集合する子たちを説得して家に帰す義務がある。見逃せない。

 そう思って車を走らせ……わざわざ学校へ向かった。街にはじわじわとあの半魚人やよくわからない生物が飛び交っていた。この街はいま、まともじゃない。

 昨日より半魚人たちの量は減ったけれど……昨日の奴らが煙のように消えたわけじゃない。この街のどこかに隠れ潜んでいるのか……あるいは、どこかの水場に沈んでいるとか?

 私は車で学校に向かう中で、お守りの光が強くなったり弱くなったりするのに気が付いた。

 一層光が強くなる。その瞬間に車の後ろの窓に人の顔面が


 『ベタッ!』


 私は車のアクセルを踏み撒こうとするも、車輪は空転。その『怪異』はするりとガラスをすり抜け、私の方へ手を伸ばす。

 私は今までの経験から、お守りをそいつに向け、触れる。

 お守りの光は、『怪異』を焼き殺し、塵も残さずに消し去った。


 そう言う経緯があって私は効率的に怪異を避け、遠回りはしたけれど学校に着くことはできた。

 結局、布施田君たちが集まるのはしばらくかかったし、学校でも妙な異音と事件が起きた……けれど、私には……それよりも重大な出来事が起きた。


 「こ、これは……」


 生徒の皆が屋上へと駆け上る中、私は自分の手のをみて、恐怖で、窓の前で膝をついてしまった。

 私の……私の手が、鱗のようなものが……。生えてきている……。一体どうなって……いや、私には心当たりが一つある。父の……父の病は、似たものだった、最終的に父は……。


 『バン!』


 突然、後ろの窓に音が鳴る。振り向くと。

 その、窓に! 窓に!

 鱗だらけの手が!


 『ばりぃいん!』


 窓を割り、半魚人たちが入ってくる。奴らは、しかと私を見ている。奴らは、奴らは私を狙っている。奴らは私の方へと這いずって近づいてきている。私は立ち上がって震える脚を無理に動かして階段を倒れるように駆け降りてゆく。半魚人たちはじわじわと、私だけを追って近づく。

 奴らは二匹……。

 二階、一階、廊下……玄関ホール。そして、外。

 何とか脱出、私は車へ駆けこんでエンジンを掛ける。二匹の怪物はゆっくりと私に近づいてきている。

 けれど布施田君たちは……。

 

 『ダンッ!』


 私の車に二匹、いや、三匹の半魚人が掴みかかっている。

 一匹増えている? 

 どこから来たのか、一匹増えている……?

 この化物は私の何かに感づいてあらゆるとこから来ている……?

 であれば、布施田君たちと居れば……彼らが危ない?

 いや、もうとにかく逃げなくちゃ。

 私はアクセルを踏む。

 同時に一匹の半魚人が車の前に立ちはだかる。


 『ドガッ!』


 私は勢いよく半魚人を跳ね飛ばし、駐車場を出る。

 山を下りる途中、何か大きなワゴンとすれ違ったけれど、こんな事態の中で山を登る車なんて……。

 

 「うっ!?」


 頭が痛い……。目を開けているのが辛いほどに……深い頭痛がじんじんとしてくる。私は、思わず車を停める。何かに縋ろうと自然に手を伸ばす。

 その先に会ったのはお守り。

 お守りは光を強く発し……ある方角を指示していた。その方向は……。

 

 「家?」


 私の実家。家の方角だ。試しに少し車を走らせてみるとしっかりとその方向に光が動いてゆく。それで私は確信する。私の家の方角に光の筋がさしている……?

 私は頭痛のせいなのか、何かに縋るためなのか、責任から逃れているせいなのか……。家に戻ろうと思った。

 もうなりふりなんて構っていられない。大橋を渡ってさっさと帰ってしまおう。私は、私は十分仕事した。家に籠って半魚人たちから逃れるのも許されるはずだ。だいたい私がなぜ……父も何故……あんな半魚人たちに……!


 車を走らせる……。頭が痛い……!

 港湾周辺に車を出すと霧の中から続々と半魚人たちが現れる。奴らの目の光が暗闇の中で輝くのが見える。10……20……30……40……なんて数……振り切っても振り切っても光が見える。瞳が私を追っている。私を……どこまでも追跡してくる。

 本当に私の家は安全なの……?

 頭痛のせいで運転はいつもより大回りで、半魚人たちのせいで右へ、左へ、何度もカーブするたびに更に頭に響く。

 気持ちも悪い……。何なの一体……!

 

 私はようやく大橋の中へと入ってゆく。ここは半魚人が……入ってきてはいない……でも、霧の夜はいい思い出が無いから、気分が悪いのもあって嫌な冷や汗が背中に伝う。

 

 「!?」


 大橋の上に来たとたん、フロントガラスに『幽霊』が現れる。

 そいつはするりと車内に入ってきて助手席に座り頭の後ろで手を組み、足を延ばして組んでいる。


 「な、なに!?」


 「ふーん、これでよくあのマッスルカーから逃れたねー、根性って奴かい? ……皆、よくもまあそんなに生きぎたなくなれるもんだなぁ……」


 奴は私の様子を微塵も気にしていないようで、独り言のような、私への質問のような、よくわからないことを口走った後、指をぱちりと鳴らした。


 「!」


 走行中の私の車の前後に突如、赤い……私がかつて追われた……アメリカ車が出現する。


 『キキィイイッ』


 急ブレーキをかけ、私は車を停める。ややドリフトしつつ、車は止まる。


 「フフフ……怖いかい? 安心して。死んでも永遠に苦しむだけだから」


 幽霊は突然、私の首を絞めてくる。

 私は抵抗しようと奴を殴る。手ごたえはある。けれど、奴の腕の力は全く緩まない。

 視界が……揺れる。

 頭が……痛い……息が……できない。

 ここで……死……お……おとうさ……ん……。


 『ドガァアアアアアン!』


 「オヤオヤ……まだ追ってくるか」


 「ハァッ……!? ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


 幽霊が……消えた……!?

 外、大きな音がした外は一体何が……?


 外には二人の男たちが、袋のようなものを車に投げつけたり、水鉄砲で水を駆けたり殴ったりしている。……それはあの車に効果があるようで車は何か溶けている様子を示している。

 あの二人は……一体?

 

 (続く)

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