霧の幻影:Side 八坂徹 2

 家には、誰も居ない。

 焦りと共に家を探す中、リビングの書置きを見つけた。


 『部活の深夜学校探査に行ってきます』


 深夜学校探査……そうだ、前に言っていた……と思う……。

 娘の部活の予定も把握していない……情けない親だ。だが、この街の状況で香奈枝が出歩いているというのは……本当に出歩いているのか? 

 まさかさっき殺した怪異は……いや、ありえない。ありえない。

 だが……くっ……とにかく、とにかく探しに行かねば。

 だが、俺は車へ向かう前に、仏壇に供えていた実家のお守りを持ってくる。六芒星の印が刻まれたお守りだ。こういう事態において果たして効果があるのかは分からんが……とにかく持てるものは全て持とう。

 俺は立ち去る前に仏壇に手を合わせる。

 巳奈子……香奈枝を俺が行くまで見守っていてくれ。


 俺は車でまず警察署へと向かう。弾を補充するためだ。俺の個人的な用事のためとはいえ俺は怪異に対して生還はできている。弾を貰う理由にはなるはずだと思いたい。

 野鳥平から、来た道を戻り上島町へと降りる。大陸橋を渡ったあたりでがらんとした道路にぽつぽつと半魚人の化け物が見える。

 オイオイ、今は対抗手段がねえんだ。

 ハンドルを切り、道路の先に立つ半魚人を避ける。

 奴らの中には銛を持った者もいて、こっちの車に攻撃をする素振りを見せてきてヒヤリとする。

 何とか映画館通りを越え、警察署へと至る。

 着いてみると、警察署はもぬけの殻のようにがらんとしていた。数名の警官が俺が帰ったのを見て驚いていた。奥から呼び出されて出てきた上司がかなり憔悴した様子で俺に話しかける。

 

 「……ああ……八坂……お前は……お前は本物だな?」


 「ええ、ホンモノですよ。怪異に出会って弾ぁ無くなっちまったんで取りに来たんですよ。別に報告することはないんで……行ってもいいですか?」


 「お前は……弾を補充したら、街へ出るのか? ……帰ってもいいんだぞ」


 酷く憔悴しきっている。何か擬態するタイプの怪異でも出たのだろうか。あのピエロのような。俺は答える。


 「帰っても娘が学校の部活に行っちまったもんだから誰も居ないんですよ。心配だから清水山高の方に行く予定です」


 「ああ……そうか……それは……それはいい……そうだな……そうだな……弾を補充して、行け。……気を付けろよ、娘さんの無事を祈るよ……」


 そう言って上司は上の階へ歩いて行く。残っている職員もバリケードなどを作る用意をしているようだ。上司連中は上に籠っているのだろうか。何人かの上役が作業に参加しているが、全員ではない。……人間性だな。

 

 俺は再び車を走らせ、高架道路へと向かう。海の方は半魚人たちが、かなり現れているようだ。さっき走った時にはまったくいなかったのに、一体どこに潜んでいやがったんだ?

 俺はなんとか高架道路へと車を入れた。高架道路には半魚人は見られない。……何か法則性でもあるのか? 目的というべきか……あいつ等、一体何を……。


 『ドガッ!』


 突然、目の前に空から奇妙な化物が落ちてくる。俺はブレーキを踏む。


 『キキィイイッブチブチブチィッ!』


 ダメだった。だが……あれは……虫に似た鳥というか、明らかに化物だった。一体どうなっているんだこの街はッ!?

 

 『ギャアアアアッギャアアアアッ!』

 

 他の化け物が俺の車を囲う。

 マズい、奴らは俺の車を足で掴んできやがる。少し浮いている!?

 オイオイオイオイ、俺ごと飛ばす気か!?

 俺は窓を開き、銃を向ける。


 『パァアン!』


 引き金はもう、軽い。

 

 「ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 『ガタン!』

 

 一匹が墜落。車がずり落ちる。

 もう片側の窓も開き、銃を向ける。


 『ガタン!』

 

 他の化け物が離れて逃げているな。

 窓の方の化け物も離して逃げる。させるか。


 『パァアアン!』


 「ギャアアアアアアアアアアアアッ!」


 俺は外に出て、他の化け物に銃を向け、撃つ。


 『パアン! パアン!』


 二発ヒット。墜落。

 弾はたくさん持ってきた。打ち放題だ。……だが音がデカい。先を急ごう。

 俺は車に戻り走らせる。

 霧の中、永遠に進んでいる気がしないが……道は見覚えのあるうねりがある。同じ道を進んでいるわけではない、筈だ。恐らく。どうやら。

 進む。進んでいる。そら、もうすぐ中央だ。中央。そこから清水山などすぐだ……。

 高架道路を降りる。

 その瞬間、周囲が夜になった。

 まだ夕陽が見えていたのに。瞬間的に夜になった。

 いや、違う、これは……闇に包まれたという事か?

 車のライトが照らす先にも地面も何もない。虚無だ。……虚無。

 

 「何が……」


 『ガタッ……ガタガタガタガタガタッ』


 俺の方の車の扉をガチャガチャと開こうとする音がする。車が揺れる。

 なんだ? 何が起きている? なんなんだ? 

 扉の方を見ていると、ふと、俺は窓に違和感を覚える。……?

 俺は気づく。窓の端から、黒い、『闇』が染み出している……。ゆっくりと、着実に。確実に、この車内に外の『闇』が侵入してきている!

 ――だが、俺に何ができる?

 アクセルを踏んでも進んでいる感じはしない。

 あの『闇』には……触れたくない。

 八方塞がりだ。外に出る手段がない。囲まれている。詰みだ。

 ……一体、どうなっているんだ。俺は……俺は娘を、娘を探しているだけなのに。今、ここに居るたった一人の家族を……ああ、拳銃を少し上手く使えるからと、調子になった矢先にこの仕打ちか。クソッ……。


 ――あれからどれくらいたったのか……時計は止まっている。この空間に入ってから突然止まった。……時間が停まっているとでも?

 まさか。

 既に窓から染み出した闇は俺の運転席のほとんどを占領しようとしている。こんな状態で時間が経っていないわけがない。いや、この闇は時間を無視するのかもしれない。だとするとおれは永遠の狭間に囚われて、誰にも気づかれることなく死ぬのだろうな。笑える。

 もう、精神が限界に近いのかもしれない。笑えてくるぜ。くくく。

 

 「ははははっ……ははははっ!」


 泣けてくる。俺は車の天井を掴みつつ、バカみたいなせまっ苦しい格好でどうにか闇に触れぬように震えている。着実に闇は近づいている。

 バカみたい。

 そう、バカみたいだ……。

 むかっ腹が立ってきた。

 クソッ。

 そうだ、意味が分からねえ。

 こんな、こんな仕打ちになぜ耐えねばならん。

 俺には、そうだ、俺は北海道八坂神社の神主の息子、お守りだって持っている。こんな意味の分からん曰くもないような黒いゼリー野郎になんで後れを取っていやがる。

 俺はやぶれかぶれにポケットからお守りを取り出しそれを以て闇を殴りつけた。何でもいい。一矢報いれるならそれでいい!

 

 『ジュウウウッ!』

 

 「ウウッ!」


 俺の殴った手は灼けるように熱かった……!

 痛い!

 『闇』が俺の腕を通り、一気に俺の身体に広がっていく。それはおれの首を通り、顔を這っている。そして目、脳……。

 熱い!


 『ジュウウウウッ!』


 「うわあああああ!」


 俺の手の中のお守りが光る。

 闇が溶けてゆく。

 ああクソッ……そうなるのならもっと早く……教えてくれよ、親父。……いや、兄貴に家を継ぐのを投げ、こんなところで刑事やってる男には……教えねえよな。

 

 「はっ!?」


 俺は、目を覚ます。

 ……高架道路を降りる地点で……俺は車の中で寝ていた……周囲は……夜?

 一体何時間寝ていたんだ?

 もう七時は過ぎている……。マズい、早く。早くいかなきゃ。

 ……香奈枝。

 無事でいてくれ……!

 

(布施田仁良4へ 続く)

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