霧の幻影:Side 免田四恩+蚕飼白 3
妻恋町、病院近くの怪異……あれは死闘と呼ぶにふさわしかった。なんて苦しい戦いだったのか……筆舌に尽くしがたい。
とにかく、日隈とおれはワゴンでM市駅前までやって来た。だが、この中央の街はあの半魚人共が闊歩し、数えるだけでも二十……いや、三十はいる。普段の一日の交通量の倍は半魚人共がうろついているな……。引き摺られどこかへ連れていかれる人の姿が見える。既に銛を突かれたあとの死体が道路に転がっている……。
おれたちはワゴン車に気づき、半魚人共が集まっているところ見て、車を停め、外に出る。
迷いなどない。
この街の害虫を駆除する。
今までと同じように。
日隈が前方の孤立した半魚人に突撃する。先手必勝か。
「ウオオオオオオオオオオオオッ!」
『ドガッバタッ!』
地面に魚野郎を叩きつけ、そのまま奴の腕を取り、アームロックの要領でへし折る。
『バキィッ!』
「ガガガッ!」
半魚人が嗚咽する。
――おれも負けてはいられない。
左方向から銛を持ち突撃してくる半魚人が一匹……。
「ギシャアアアアッ!」
『バキッ!』
銛の先端を殴る。銛がおれの拳に負け、壊れる。
本来こんなことは有り得ない。だが、おれには確信があった。
壊せる。壊せる。壊せる。
頭を殴る。
『パァアアアン!』
脳髄をまき散らし、破壊する。
壊せる。壊せる。壊せる。
おれは続けて近くの半魚人を殴る。
さっきの怪異に比べれば、今までの怪異に比べれば、能力もない、人を襲う生身の怪物など、一匹一匹は取るに足らない。
肩を破壊し、腹を殴りつけ、脚を壊し、頭を壊す。
おれの拳には奴らの攻撃は通らない。おれの拳は折れない。壊せない。おれが勝つ。
だが――
『ビッ!』
「グゥッ!」
脇腹に傷が……!
流石に裁き切れない。数が多すぎる。
『バキィイッ!』
銛を壊す。
『ガッ!』
「ウウッ!」
首を掴まれる。
半魚人共が後ろからおれの身体を掴み、へし折ろうと……すごい力だ。
『メキメキメキメキ……』
折れる……日隈は……おれ同様囲まれている……クソッ……八方ふさがりか……!?
「おれを恐れろ……!」
――この声は、ハク!?
『ブチブチブチブチィイイッ!』
周囲の魚共が吹き飛んでいった。振り返るとそこにはバットを構える蚕飼白が立っていた。真っ赤な血に染まったその姿は、どう考えてもあいつ自身の血ではない。返り血だ。
「殺す……全員殺す……!」
怒り、憎悪、狂気すら垣間見えるその表情は真っ赤に濡れた顔の中でもはっきりとわかる。そしてその瞳は次の獲物へと向けられる。おれもすかさず近づいてくる魚共に目を向け、立ち上がる。
虐殺。
目の前にいる魚の頭を殴り。殺す。動くものは脚を壊し、頭を殴り、殺す。逃げるものはヒレを掴み、鰓を千切り殺す。去る者は同胞の身体を投げ飛ばし倒す。害虫を全て虱潰しにしていく。
「おやおや、随分と派手にやっているじゃないか」
半魚人共の群れの中から、それは現れる。半透明の、青白い光を放つ人間……。そしてその隣に全く同じ素振りを示す。フードを被った怪しげな格好の男……。片方は昨日、文学館で見た……。そして今の声も文学館で聞いた。
だが、その声は一つ。……奴は分身術か何かを行っている……という事だろう。
「……! テメェは……ッ! 昨日のッ!」
ハクが有無を言わさずバットを振る。ものすごい風圧が放たれるが青白く光る人間が殴ることによって風圧が相殺される。
「危ない危ない……」
ハクはそのまま走り、奴へ近づいていく。青白い人間がハクへとぶつかっていく。二人はぶつかり合い、ハクのバットが奴の身体に触れる。
『ガキィン!……ジュウウウウッ!』
奴は腕でそれを止める。
「おいたが過ぎるぜ……だが、いい呪物じゃないか、そのバット」
『ガキッガキィイン!』
ハクはバットを幾度もぶつけるが全て青白い人間に防がれる。ハクのバットは奴を確実に削っている筈だ。だが、奴が体力を失っている様子は見えない。無尽蔵……? まさか、ここは俺も――
「来させるわけないでしょ。ザコはお呼びじゃないよ」
フードの奴は手をおれ達の方へかざす。その瞬間、おれは奴の方から凄まじい圧力を感じた。――立っていられない!
おれは思わず膝をつく。
「ヌッウウウウウッ……!」
日隈は根性で立ち上がっている。
おれも……!
フードの男は口元をニヤつかせ、笑い交じりに独り言をブツブツと話始める。
「くくく……いいね、いいねぇ……その目、その怒り。バットのガキも、オカルト探偵とやらも……結構死線はくぐったと……及第点か……」
『ドガッ、ドガッ、ドガガッ、ドガガガガガガガガガガガガガ……!』
青白い光を放つ男はハクのどんどん加速していくバットスイングの速度に置いて行かれている。一方的な攻撃は一定の軌道へと変化してゆき、効率的に奴の全身を削り取っていく。
「オイオイ……コイツ、結構な……」
フードの奴が左手をハクへとかざす。ハクは背後で動く奴を見ているかのように、青白い人間を引き込み、その手の軌道上に動かす。
「何ッ! 予知だと!?」
『ボシュウウウウウッ!』
青白い人間は倒れる。
ハクは駆け出し、最低限の歩数でフードの奴の死角へと移動し頭部を目掛けバットを振り上げる。
『ガキィイイン!』
「少し才能があるからって調子に乗るな、『神』の牧師たるオレに、叶うわけがないだろう?」
左腕でバットを防ぐ奴はニヤリと笑い、右手で空を掴むような素振りをする。
「!?ッ」
ハクは虚空より出現した何か巨大な拳に握られるような幻影……? がおれに……おれの目に映る。
「な、なんだッこの……タコの化け物はッ!?」
ハクが叫ぶ。その表情には珍しく恐怖がうつる。
「フフフ……君にはもう見えるようだね。我らが『神』の御姿が……素晴らしいだろう、我らが夢の主は」
ハクは……『神』の姿を見ているのか……?
タコ……やはり、奴の信奉する神とは……!
奴は右手で投げるような素振りをする。ハクがそれに連動して道路の奥に投げ飛ばされる。
『ドガァアアン!』
「儀式を止める気なんだろう? いいねいいねぇ……追っかけてくると良い。もうここいらの『呪い』は一段階分くらいは溜まっている。計測山で待ってるよ、特に、バットの君はネ!」
奴はふわりと空へと舞う。青白い人間もそれに追従しふわりと空へ舞い上がり、計測山……いや、あっちは……どちらかというと高校の方へと飛んで行く。
周囲に残るのは……魚共の死骸。そして向かってくる数十匹の半魚人共。
体の自由は……十分。おれは立ち上がる。
ハクは暴れるようにバットを両手で持ち、奴らに向かい思いっきり薙ぐ。
「ウォオオオオオ! クソックソックソッ!」
『ぐおおおおおん!』
奴らの多くが風圧でばたりと倒れる。
日隈がタックルの要領でその倒れた一匹に向かう。
おれは倒れた奴らの一匹に近づき、殴る。
同時にハクも奴らの一匹の頭を殴りつける。
『バチャアアアアッ!』
『ドチッドチッドチッ!』
おれ達は一匹一匹奴らの頭を入念に破壊していく。
……すべての半魚人を倒し、さらに血に濡れたハクは怒り冷めやらぬ瞳で計測山の方へと歩き出す。
「おいハク……待て、お前」
「殺す……殺す……殺す……!」
こちらの話が届いていない……トランス状態と言う奴だろうか。当然だ、さっきまでのおれもこれに近い状態だった……。日隈がハクの方を掴む。
「白……!」
ハクは思わずバットを持ち上げるが、日隈を見て我に返ったようだ。
「……あ……ああ、日隈さん……免田さん……ハァ……ハァ……お、おれぁ……」
おれは文学館へ親指を向ける
「とにかく、あそこに行こう。……すこし、休むためにも」
「はい……すいません」
日隈が笑う。
「大丈夫だ……疲れているだけだ、俺たち全員」
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