霧の幻影:Side 蚕飼白 2

 街は混沌の中にあった。

 隣の市との境界となっている駅から、青果市場を横目に見ながら、ホームセンターを越え、大通りへと出る。


 『ドカッ……バキッ』


 通りざまにおれは半魚人共を殴り殺していく。頭を思いっきり殴れば、生き物は死ぬ。大体の半魚人共は頭を割られ、倒れ、ぴくぴくとひとしきり痙攣した後死ぬ。正に魚だな。おれはアパートや飲み屋が並ぶ路地へと入る。


 「グギャアアアアアアアッ!」


 「うわああああああああ! た、たすけて!」


 五メートルほど先、五匹の半魚人に襲われるサラリーマンらしき男……半魚人の内3匹は銛持ち……問題ない。殺す。


 「グギイイイイイイッ」


 『スパコォンッ!!』


 全速力で走り、奴らがこちらへ構えを取る前に、一匹。頭を潰す。

 

 「ギェシャアアアアアアアッ!」


 一匹は飛び掛かり、他三匹は銛をこちらに突き出す。

 お行儀のよい同時攻撃、愚かな――


 『バキバキバキィイッ!』


 おれはフルスイングによって銛を一直線に的確に破壊し尽くす。飛び掛かる半魚人には肘鉄をくらわす。


 『ドチュッ!』


 肘が半魚人の長い人中に突き刺さる。

 おれはそいつの頭のヒレをむんずと掴み、もう片方の手でもそいつの腕を掴みあげる。


 「おれを……恐れろ……ッ!」


 何が半魚人、何が怪異だ。

 おれは折れた銛でこちらを突こうと構え直す半魚人のうちの二匹に持ち上げた奴を投げつける。


 『ドガアッ!』


 銛持ちの残り一匹がその隙を突いて、拉げた銛をこちらに突き出す。折れたとはいえ、刺す能力は残っている。


 『ガシッ』


 おれはその銛の軌道が手に取るようにわかり、簡単に突きを手でつかみ止め、そのまま銛を完全にへし折る。


 『バキッ』


 その折れた破片を半魚人の左目に刺し、瞳を抉り出す。


 『ザクッブッチィッ!』


 そのまま上段蹴りを頭部に叩き込む。


 『ドガアッバタァアンッ!』


 奴はアスファルトの地面に思いっきり叩き付けられる。

 おれは後ろで立ち上がらんとしている三匹の半魚人の動きを悟る。そして、そのうち一匹が再び、腰が抜け、道路で震えている男の方へと狙いを定めていることが分かる。

 ――まるで後ろに目が付いたみたいだ。


 『ファン! ファン! バキバキッ! バキィッ!』


 おれは手首で片手に持ったバットを回転させ、遠心力を付けたうえで振り向きざま、二匹の頭を粉砕する。

 這うような姿勢で、路上で震える男へ飛び掛からんと地面を掴み力を溜めている。

 数秒後には、取り返しがつかなくなるだろう。

 だが、間に合う。

 おれにはそれが分かる。

 ――殺す。

 

 『バキバキバキィッ!』


 後頭部にバットがぶつかる。骨が割れた音。渾身の一撃により、半魚人の口から大量の血液が流れ出る。


 「ひ、ひいいいぃいい……」


 それを目の前で見せられた男は、スーツの股に大きなシミを作ってゆく。失禁したか。

 

 「すまん……おれは急ぐが……あんまり出歩かない方がいい。人気のないところは特に」


 震える男にそう告げて、おれは走りだす。


 「ああ……あ、ありがとうございましたぁあ!」


 背後から感謝が飛んでくる。

 おれはそのまま市営住宅の方へと走り抜けてゆく。公園を抜け、チェーン店舗が集まる地域を抜けてゆく。そうすればもう、江西町。文学館まではまだまだある。

 高架道路の下を抜け、住宅街へ……道路に車の渋滞……?

 駆け抜けていけば、渋滞の原因が分かった。


 『ドガァアアン!』


 「ギャアッギャアッ」


 『ブチブチィイイッ!』


 免田が『バイアクヘー』と呼んだ羽の生えた化け物が、5……いや6匹が、奇妙な黒い、蝙蝠羽のようなモノの付いた化物二匹に対して道路の真ん中で大規模な立ち回りを演じている。

 地面にバイアクヘーとやらが何匹も叩き付けられ、その尾によって身体を弄られている。

 ……あの化け物……どうも動きが引っ掛かる。何の違和感だ? これは……。

 

 「……」


 口のない黒い化物二匹は俺の方を一瞥して叩きつけたバイアクヘーらを尾によってからめとり、どこかへ飛び去って行った。

 だが、この場に残る『嫌な雰囲気』はまだ俺の肌に感じられる。

 さっきのバイアクヘー共がいた場所に、妙なものが落ちている。

 あれは……小さいが……骨?


 「ああああああああそおおおおおおおおおぼおおおおおおおおおおおッ……」


 その骨を覆い隠すように、地面から半透明の巨大な赤子が這い出てくる。怪異。何だコイツは、鉄雄?

 おれはアスファルトの地面に出現した奴の巨大な手を殴りつける。


 『バチュッ!』


 「アアアアアアアアアアッ!」


 デカい声を上げ、赤子の指が三本吹き飛ぶ。だが、即座に傷口の中から肉があふれ出し、修復される。いや、修復どころではない、増えている。その傷だけではない、全身……。全身の肉が溢れるように濁流として膨らんでゆく。


 「う、うわああああああああっ!」


 その肉は車を≪≪透過し≫≫、中にいる人間だけを食らいつくしてゆく。くぐもった絶叫が響き渡る……。

 実体がないタイプの怪異に近い……。それに、コイツ……無限に増えるというのか!?


 『ガシャァン!』


 「うわあ! た、助けて、たすけてくれぇッ!」


 バックで衝突した車から運転手が転げ出る。彼の肉体だけが消失してゆき、服と車が散乱してゆく。他の車にも肉が迫っている。俺の方にもじわじわと奴の肉が迫ってきている。

 ……上等だ。

 無限に増えようが、何だろうが、人を襲ってきている奴が、圧倒的な強さを誇っているような奴が、気に食わない。

 物体を透過するだの、人だけを食らうだの。……そんなのが、そんな訳の分からないものが、あの人々を殺していく。そんなことがあっていいわけねえだろ。


 「シネッくそったれ!」


 『ドガシャアアアアッ!』


 おれはバットを勢いよく振り下ろす。奴の肉はそのバットの軌道に吹き飛び、予想を大きく上回るダメージを奴に与える。

 ……骨がない?

 おれは自分でも意外なほど冷静に、この怪異の特徴を分析した。

 コイツは人間だけを食らう肉の塊……見たところ骨はない。

 骨……さっき見た小さな骨。あの骨は一センチもないほどの小ささだったが……まさかあれがコイツの本体だとでもいうのか?

 あの小さな骨を壊すまでほとんど無尽蔵にこの肉の濁流が押し寄せ、人を食らうと……すでにコイツの肉体は半径5メートルは覆いつくしている。あと数分も立てば、もしかすると個々の渋滞全てを食らいつくし、数時間後にはこの町を……。

 そんな膨張率に対して俺の攻撃で足りるか……?

 

 ――問題ない。殴れるのなら、殺せる。


 『バチバチバチバチビチィッ!』


 おれはバットを一発一発渾身の力で、絶対に殺す意思を以て、呪いを乗せて振る。思いに合わせて、バットが呼応する感覚を覚える。

 いっちょ前にこの怪異は血を流す。物理法則は無視する癖に、こんなところだけ生物の面をしようとしている。

 こんな誤魔化しが更に、おれの怒りに触れる。

 そんな怒りの中、おれは弾ける肉の中にあの骨を探す……。

 赤。

 赤。

 赤。 

 赤。

 飛び散る肉、血、全てが明々とした色身を持ち……。

 そしてその赤の中に、小さな、変化がある。


 「そこだァアアアッ!」

 

 『バキッ!』


 「あああああああああああああああああああ!!!」


 『パァアアアン!』


 小さな骨は、胎児の頭蓋骨。おれはそれをバットで叩き壊した。

 無限に出現していた肉は、一気にすべてはじけ飛び、細かな血の雨として、周囲一帯を血染めした。

 だが、おれは、構う気はなかった。

 怪異をまた一匹減らした。

 それ以上の感傷はない。あの怪異が何で、何のために動き、何のために生まれたか、なんてどうでもいい。

 だが、あのバイアクヘーとやらが持っていた骨から、あの怪異は出現した。

 あのバイアクヘーをけしかけた人間が、もしかすれば居る。

 そして、免田さんの話を考えれば、それはこの街の混沌を生み出した親玉だ。

 ……。

 昨日の幽霊野郎も、そいつと同じ人間。そんなことが何となく想像される。

 おれは、そいつを一発。

 いや、再起不能になるまでボコボコにしてやらねばならない。

 だから、おれは免田さんたちへと合流を急ぐのだ。

 

 

  

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