トンネルの残響 後編
「……布施田、お前も、浩二に……」
良治が手を貸しながら絞り出すように、おれに言う。他の皆も悲痛な面持ちだ。街灯が少し遠く、良治の顔は分からないが、きっと――。
「皆も、浩二に押し出されたのか」
八坂さんが頷いて俺の問いに答える。
「うん……凛音ちゃんと私と加藤さんは、良治君や幸田君、布施田君の声がおかしくなっていたことに気づいて……最初の幸田君の声を信じて三人で出口まで来たら、背中を押されて……」
「俺は一番最初に出口に着いて、同じように浩二に押し出された……恐らくな」
「……助け出さなきゃ」
おれは俯きながらそう言った。良治や、皆は……多分止めるだろう。でも……このまま浩二を見棄てるのは……。
「布施田君……」
「……免田さんに、皆、小袋はまだ持ってる? ……皆のをおれと布施田に預けてくれないか?」
「え? 百舌鳥坂君?」
良治の提案に八坂さんが驚く。おれも予想外の良治の答えに前を向く。良治の横顔が遠い街灯の光に照らされ、覚悟のある目を光らせている。
「良治……何もお前まで」
「何言ってんだよ、お前だけで怪異に対抗できねーだろ? 俺が居なきゃ」
良治はそう言って笑う。
免田さんが鞄から袋を差しだして言う。
「残りはこれだけ……でも、怪異の正体も、本体も何もわからないのに行くのは……」
加藤さんが話に入る。
「た、多分この怪異は、トンネルに反響した音をサンプリングみたいに切り取って自由につなぎ合わせることができるんじゃないかな……わ、私たち、いつの間にかそれぞれ別の空間に囚われていたみたいに思えるし……い、色んな力があるように思えるよ……そ、それに振り向いちゃいけないのも、「タブー」関連の都市伝説や呪術にでてくる……幸田君の言っていたことも併せて……こ、このトンネルの怪異は……そ、その……実態を見ると……」
良治は答える。
「見ずに倒せばいい……それに、無謀や無茶でも今までぶつかってきた……だろ?」
「見過ごすわけにはいかない……おれはな。だから、皆はここで待っていてくれ、あまり多い人数で行くと不利になることはさっきので分かっている……分断される可能性も声を出さなきゃ問題ない事がみんなの話からも分かる……大丈夫、すぐ戻るさ」
おれはそう言って笑った。不思議とおれは怒りと共に興奮が胸の中に渦巻いていることに気づく。怪異の正体を暴きだし、この灰をぶつけ、倒す。今まで良治の道具にばかり頼っておれ自身でとどめを刺す機会が少なかったが……今回は……。
「その灰が効く保証はないんだよ」
免田さんが不安そうにそう言った。
「大丈夫さ、俺のお守り同様、妙な雰囲気を感じる……きっと効く」
良治はそう言ってトンネルの入り口に近づく。
おれも隣に並ぶ。
「とりあえず灰を周りに撒く。後ろは振り返らずに撒く。だからしっかり小袋を持っておけよ」
「ああ、投げつける分もすぐ取り出せるようにしておけよ?」
「当然、俺はお守りもあるんでね、そっちは余分に用意しとけ」
前を向く。真っ白な霧の壁……物理的に考えられない様子が眼前に広がる。中の様子や光は全くわからない。暗闇の中の白い、幻のような霧の壁。その中へ、おれたちは一歩、踏み入る。
恐怖はない。
鼻を明かしてやる。
食らわせてやらねばならない。
義憤と興奮、そして怪異への興味がおれの中に渦巻いていた。
それは、もしかすると狂気に近いのかもしれない。
そう思えば……一抹の不安が頭によぎる。
霧の中は真っ白な世界……それは直ぐに開け、オレンジ色の蛍光灯が光る、つい数分前まで歩いていたトンネルの中が映し出される。
そして目の前に、浩二が立っていた。
――落ち着け、まずは作戦通りにだ。怪異の見せる幻、いや、霧の幻影かもしれない。定まるまで、分かるまで、決めることはできない。
『バフッ、バフッ……』
良治と同時に背後、そして周囲に灰を撒く。
目の前の浩二は頭を両手で抑える様な様子で、苦しそうな表情をしている。
浩二が、口を開く。
「来ないでって言ったんですけどね。部長なら、そりゃ、来ますよね……」
声の響きは……違和感なし……奇妙な様子であるが、おそらく、浩二本人。
「その灰を僕に投げつけてください」
本人の声。
この灰を投げつけることを懇願している。浩二の瞳はオレンジの灯を反射してきらきらと輝いている。涙を溜めているのが分かる。
まさか。
「早く……僕の身体が僕に支配されている内に、早く!」
浩二が涙をこぼして、そう言う。
隣の良治は汗を流し、小袋を手にもって、構えるか迷っている。
浩二は、既に怪異に取り込まれている?
いや、灰を投げつければ助かるかもしれない。怪異に憑りつかれているだけだ、きっとそうだ。
「うぐっ……ああ!」
一瞬、浩二の両手がその頭から離れる、首から頭が外れそうにずり落ちる。浩二はすぐにそれを両手で抱える。
『ブチブチブチィッ!』
「ウグァアアッ!?」
良治とおれは同時に呻く、背中側から首の方に激痛が走った。浩二の首に連動するように。
「早く! 早く僕を祓うんだ! 首が落ちる前に! 僕の様になる前に」
浩二は、浩二は既に、怪異になっている!
「くっ……くそっ……くそぅっ……!」
良治は袋を握り締め、振り上げて、歯を食いしばり、浩二に投げる。
だがそれは浩二の足元の地面に当たり、灰はまき散らされる。
『ボフッ……ジュウウウッ!』
「うわああああっ! ……くっ……!」
ばら撒かれた灰が浩二の足や手の一部を焼く。だが、それは痛々しい火傷を生むのみだった。
良治にはできない……。あれで友人思いの男だ。
おれには……。おれにはできるのか……。
「早く! どれだけ苦しめてもいい! もうこれ以上、僕は、他の人を……部長や先輩方や友達を、傷つけて……殺したくはないんです!」
おれがやらねばならない。
おれが、あいつの引導を渡す。それは……救いだ。
そう、信じるしかない!
おれは大きく手を振り上げ、しっかりと浩二を見据えて灰の入った小袋を投げつける。思いっきりの力で。しっかりと。
浩二は両手を再び離していた、だが、頭が首から離れる前に灰を被る。
『ボフッ……ジュウウウウウウウウウウウ……!』
「あああああああああああああ!」
トンネル内に浩二の叫びが響き渡る。浩二の身体は火傷から、黒く焦げて行き、白い灰へと変わり、解けるように崩れて行く。頭が崩れる前、口元が叫びではない動きを見せた。
「すまない、ありがとう」
トンネル内にはその声が残響として響いた。既に浩二は居ないのに。
浩二が消えたとたん。トンネル内のオレンジの灯が揺らぎ、周囲の形が崩れていった。視界に映る全てが歪み、崩れ、白い霧に変わっていった。
それらは突風に吹かれるようにトンネルの果てへ流れて行き、どこかへと消え去っていった。
『ゴオオオオオオオオオオン』
おれの隣には良治。
そして。
おれの眼前には首の取れた、浩二の死体があった。
「手遅れだった……くそっ……クソッ……!」
良治は屈みこみ、アスファルトの地面を殴った。
おれは浩二の真顔の死に顔をずっと、放心したように見ていた。
――
浩二の葬式はしめやかに行われた。
遺影に映るあいつの笑顔はおれにとっては救いだった。
あんな表情で浩二の記憶を固定せずに済む。
……おれたちのやっていたことは、常にこういった危険があった……いや、ここ最近になって急激に怪異が、『凶暴化』しているのもある、だが、危険であることに変わりはない。
いずれこうなることは、予想できたはずだ。
やるべきでなかった?
――それは違う。
おれたちが探ろうが探らなかろうが、この街にああいった手合いの怪異が発生することは変わることはない。
おれたちが動かなければ、既に学校は崩壊している。
おれたちが浩二を探さなければ……浩二はあのトンネルの都市伝説として多くの人を殺していただろう。
知らなければならない。暴かなければならない。探し当てなくてはならない。
そうでなければより多くの、浩二のような不幸を増やしてしまう。
おれたちのできる範囲で、おれたちは怪異に対抗しなければならない。
葬式終わりの雨にうたれ、おれはその決意を新たにした。
浩二の死ぬ前にやった作業……『夜の学校探索』では学校に蔓延る怪異を一掃する。できるのなら、この街の怪異も……全て……。
(終)
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