トンネルの残響

トンネルの残響 前編

 ○:上島町から野鳥平へ向かう道は幾つかある。その中でも最も交通量が多い道に、そのトンネルはある。特に曰くは無く、交通事故が幾つかあったが死亡事故はない。森に近い場所にあるために周辺ではよく鹿が出没するが、それ以上の話題性は皆無と言っていい。

 そんなトンネルの中へ徒歩で帰宅途中の幸田浩二は入ってゆく。時は6月25日のこと。


 『ゴオオオオオオオオオオン』


 幸田浩二こうだ こうじ:うるさい。

 トンネルの中は耳をつんざくほどにうるさい。

 車の排気音、エンジン音、走行音。全ての振動がコンクリートに打ち付けられ、反響し続け、増幅し続けている。振動が身体を伝い、僕の内側からうるさい。うるさい。

 夏の学校調査のための事前調査や資料作りで遅くなりバスを乗り継ぎ学校からバスターミナルまでは何とかついたのだが……そこからは徒歩。夏が近いとはいえ夜ともなれば北海道、少し冷える。オマケに霧……。

 まあ、こんな夜にはオカルトじみた事件が起きる様な気がして少しワクワクする。……部長や先輩のがうつってしまったようだ。それとも、慣れてきてしまっただけか。

 とはいえ、このトンネルには何の曰くもない。たまに事故が起きたりもするが死亡事故はあまり聞かない。北海道らしく道祖神もなければ山伏の碑もなく記念碑も何もない。


 『ゴオオオオオオオオオオン』


 トンネルはまだ続く。車で通ればこのトンネルは短く感じるものだが、歩きではやはりそこそこの距離がある。この不愉快な時間が長く続くのは厭だが、こっちの方が家に早く着くので致し方ない。野鳥平のはずれの高台、昔はバス停が近くにできるなどとセールストークが為され、地価も安く車さえあれば利便性も悪くない、景色もいいと空き地はありつつも家が建った名もなき住宅街。開発は『失われた30年』のどん底によって頓挫、最近になってようやっと開発が再開した地域……。

 僕らは負の遺産に住んでいる。いや、きっと寂れた地方都市にはよくあることなのだろう。ここまで閑散としている都市がどれくらいあるのかは知らないが。

 

 『ゴオオオオオオオオオオン』


 また車。うるさ……。


 『ドン』


 「いてっ……あ、すみません」


 咄嗟にぶつかった人に謝る……だが、僕は気づく。今まで僕は前をしっかり見て歩いてきた。車に気取られ一瞬横を見て、次に前を見た瞬間にいきなりその男はぶつかった。

 ――出現した?

 僕は目の前の男を見る。彼は下を向いたままこちらに目を合わせず、立ち止まっている。その姿からして大学生か、それくらいの若い男性――


 『ゴトッ』


 首が落ちた。


 「え……」


 彼の頭はアスファルトの上に重い音を立てて落ちた。僕はその頭から目を離せない。

 放そうと思っても目が離れない!

 間違いない。怪異だ。


 『ゴロ……』


 彼の頭はごろんと転がって折れた鼻から血を流しながら、僕を見た。

 目が合った。


 「あ」


 隣の家に住んでいる、昔なじみのお兄さんだった。

 最近は、たまに見かける程度だったな。


 『ゴトッ』


 「痛っ」


 僕は落下した。

 いや、視界が落下した?

 違う、これは……。


 「……おっと、さっそくもう一人。高校生か……いいね。いっぱい捧げられる気がする」


 ……誰かの声がする……。低い声……。革靴の足音……。だめだ、意識が遠のいていく……。


 「申し訳ないが、もうちょっと生きてもらう。大丈夫、ちゃんと最期にはあの方に見えることができるから。安心して、悪い夢のようなものだよ、丁度この人生のようにね……」


 ……遠くへ行く気がする……どこか……遠い所へ……僕は……ああ……皆……。


――


 「……おーい、浩二―!」


 「叫んだってしょうがないだろ布施田、遭難じゃねーぞ」


 「んなこと言ったってどうやって探すんだよ」


 布施田仁良ふせだ ひとし:おれたちは失踪した浩二を探すため放課後、部員全員で手分けして町中を探して回った。顧問は丁度、事故だかで休んでいる時期。放課後ならいくらでも捜索に当てられる、おれたちの捜査は今までの経験とマンパワーもあって人探しくらいならサクサク進む……筈なんだがな。


 「お父さんの話だと上島町までは歩いているところの目撃情報があるみたいだから、いなくなったとしたらこの辺りなんだけど……」


 部活動で関わる後輩の失踪に流石の八坂さんのオヤジさんも協力的になっているようだ。この事件に関する証言などを八坂さんにある程度伝えているらしい。警察の情報はいつもの事件を追っかけている時よりは心強いが……。

良治が少々気がかりだ。


 「……」


 「良治……」


 「んああっ? ……なんだ?」


 「さっきから思いつめているみたいだったからよぉ……」


 「ん……まあ、後輩が居なくなれば思いつめもする……だが……今日は妙な寒気がしてな」


「風邪だろ」


「そうだといいね……」


 今までの事件で良治がここまで不安がることはあまり見た事がなかった。おれにとってしてみれば浩二ならどこかで怪異と対峙しているんじゃないか……なんていう甘い妄想が今も心にある。そうでなけりゃ、遭難している方が現実的だと思う……。浩二はあれで意外と運動力がある。複数人に誘拐されれば流石にアレだが……誘拐ならもっと情報があってもいいはずだ。特にこんな狭い街でのことだ、不審人物は一発で見つかる。田舎都市の閉鎖空間だからな。


 「あ、布施田君……」


 「ああ、加藤さん、そっちはどうだった?」


 「野鳥平は全然……。知り合いは多かったみたいだけどその日の目撃証言は、な、ないみたい」


 「ごめんね、部長、ウチの兄貴も探すの手伝わせたかったんだけど入院中で……」


 免田さんが申し訳なさそうに言う。


 「いや、おれたちだけでも人手は十分だ。それより、いったん上島町の方に行こうか、あいつが通りそうなルートを通れば何か見つかるものがあるかも……って言ってももう時間か」


 既にこの辺りの捜索で数時間を潰し、辺りは暗くなり始めている。今日も霧だ。一昨日……浩二が消えた日と同じように……。


 「わ、私は大丈夫、布施田君たちと同じで家近いし……」


 「凛音、お父さん車で送ってくれるっていうから、あと一時間後になるけど一緒に乗る?」


 「うん、ありがとね。まだまだ私も探したかったから」


 「……じゃあ、全員で行くか……」


 野鳥平から上島町に降りるルートで一番アイツの家に近いのは……。


 「浩二はトンネル、通ったかな?」


 「……通ったと思う」


 良治が珍しくはっきりと断言した。いつも一度は一緒に逡巡するものだが、今日はちょっと冴えているのか何なのか……いつもと調子が違うな。


 「一応聞くが、根拠は?」


 なんだか立場が逆転したみたいだ。


 「ない、ただの勘だ」


 「そうか、まあ、今日のお前を信じてみるよ」


 おれたちはトンネルへと向かった。

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