死霊外科医西ミナトの毒毒デーモンモンスター【ゾンビー☆ナイト】 後編

 

 「怪我人に助けられちゃ、世話ねえな! 八坂のオッサン!」


 免田が俺を引っ張って即死を免れる。床が割れている! 一体どんな衝撃だ!?


 「キェエエエエエエッ!」


 天井を這いずる化け物が長い舌をこちらに振り下ろす。


 『パァン!』


 「うげっ!」


 『ボシュウウウウッ』


 「……溶けがイマイチ、アーソンみたいな肉の塊か……?」


 ハクと呼ばれた青年が、ベッドに立てかけていたバットを振るい、化物の下を弾き飛ばした。炸裂音すらした。とんでもないスウィングだ。……それに、あの化け物は傷口から白い煙をシューシューと出し火傷をしているようだった。


 「こっちにきなよぉおおお。きもちいいいいぜえええええい」


 「うるせえッ! 死んだ奴は、黙って墓に入ってろッ!」


 『ドガッ! ジュッ!』


 語り掛けてくる俺の正面のデカブツに攻撃を入れた彼は、その弾力のある体によってバットは反発してしまった。


 「オラっ!」


 日隈が袋を投げつける。デカブツに当たると灰が広がる。


 『ジュウウウウッ!』


 「逃げるぞ! ホラ、ハク、来い!」


 見れば廊下の奥からゆっくりと体の一部や上半身だけの死体がこちらに近づきつつ、患者を襲っている。死屍累々……昔見た古いゾンビ映画を思い出す。バラバラになった死体のあらゆる部位がうごめき人を襲わんとしている。

俺たちは階段へと走る。非常階段……死体だらけだ! 下の階でもうこんなに増えたのか!?

 いや、これは腐っている奴らが多い。


 「クソッ、邪魔なんだよッ!」


 『ドガッ!』


 免田は先陣を切り階段を這いあがる出来損ないの死体たちを踏みつけ、殴り壊す。


 「フン!」


 『ブチッ! ブチブチィッ!』


 日隈とハクがそれに続く。素早い状況適応。この街の『怪異』はこんなにも苛烈なのが常だというのか? 

 明らかにこいつらは場馴れしている。

 ――刑事の俺も市民であるこいつらを守らねばならない。負けてはいられん!


 「オラァッ、クソッ!」


 一つ下の階でも奴らは大群を成し、物量で以て人々に食らいついていた。


 「おい、ハク、待て!」


 免田がハクを止める。四階にいる化物は見えている限り、ぐちゃぐちゃの死体だけだが……。


 「一匹でも多く倒して、追ってくる奴に一撃入れて降ります。……逃げるだけじゃ勝てません……あのデカブツも削って行かなきゃなりませんよ」


 「……そうだが……おれたちは今……」


 免田が拳をおさえる。


 「今ここで一番戦えるのはおれらです。ここの人たちは、この死体どもに食われるべき人じゃない! 少なくともおれらよりは! だから少しでも多くの! 死体どもを殺さなきゃいけない!」


 ハクは真っすぐと目を開きそう言った。……大丈夫か? 彼は……。何かに憑りつかれているというようにも見える。


 「全部殺さなきゃいけないんですよ。分かっているでしょう? 免田さん。日隈さん……俺たちはやらなきゃいけない!」


 そう叫びハクは這い寄る死体の頭を踏みつぶした。脳漿が飛び散る。


 「……わかってるよ……ああ! ……休むのはこれが終わった後でいくらでもできるからな……」


 「よし、俺はパイプか何か探し回って集める。普通の鈍器やら刃物やらの方があいつ等には効くみたいだ、八坂さんも来てくれ」


 日隈はそうおれに指示する。


 「ああ、分かった……」


 場馴れ……というよりも執着を感じる。何かが彼らの中で起きている。そんな厭な直感がある。だが、それが今悪いものとは言えない。いや、後で考えても悪いものとは決して思わないだろう。だが……どうも、不安な、危うさを彼らに感じる。

取り越し苦労であればよいが……。


――


 西ミナト:フム……馬鹿共の中にやり手が居る。それに予想以上に患者共の生き残りも多い。だが、このペースならば今晩にはこの病院、いや、この街は占領できよう。

 ゆくゆくはこの北海道、そして日本を死者の海にする……。その頂点に立つ生者は僕の様に優れたる人類のみ……ナチもKKKもできなかったことを成就させるのだ……。


 「楽しそうだな」


 「……君か……そりゃあ楽しいさ、君もそうだろう?」


 背後には『ブローカー』の彼が居た。


 「ああ勿論。こんな素晴らしい夜は今までにない。……もう死体はすべて出したのか?」


 「いや、まだストックはある。少しでも馬鹿共がここに近づけば、そこのケージに居れている胎児型のを放つのさ。こいつらは凄いぜ、的確に急所を狙ってくる。はははは」


 「それは重畳。……だが、手こずっているようだが?」


 「耐久戦さ、わかるだろ? ここに僕が居る限り負けはない。そして君はあの死体をいざとなれば簡単に停止できるし、指令もできる。黒い蓮の効果とは言え、君の魔術もまた効能としてはあるのだからね」


 黒い蓮単体では強力な催眠効果や魔力増強のみ。死体の復活は黒い蓮の力を最大限引き出す彼が授けてくれた魔術儀式の効果だ。僕は黒い蓮の存在を彼から知り、この古い魔術の力を得た。彼の提示した条件は――


 「虐殺。……君もいい趣味してるね」


 「……ああ、そうだな。だが、私は救いを与えているのだよ。趣味ではない。これは使命だ」


 「そうか……僕は趣味だ。悪いがね」


 「いやいや、良いのだよ、それで。……ところで、今何時だい?」

珍しく彼は時間を聞いてきた。確かに彼は時計をしている様子ではないが、この部屋にはちゃんと時計が備わっている。僕はわざわざそれを確認する。


 「? 11時2分だけど」


 『ブスッ』


 !?


 僕の首筋に注射器で薬が注入される。

 脳が……気分が悪い!


 「ううぅ……おおえうっ……」


 『びちゃびちゃ……』


 吐いた。クソッ、モンスターの薬がッ……僕の首筋に! だが、いずれ薬は体内を循環し排出される……生きている人間には意味がない!


 「何を……何故ッ?」


 「契約は終了だ。今日の虐殺はこれで十分。というか、君がこれ以上暴れると面倒でね。まだ証拠を隠滅できるうちに君ごと消すのさ」


 「き……貴様ァっ……裏切ったのかぁっ」


 「裏切る? 違うよ、君への報酬。プレゼントさ。君も素晴らしい死の中に抱かれることができるのだから。」


 身体が動かない……奴の術中か。薬の効果は奴の掌の上……人一人を操るくらい、奴はわけない。


 「だが……『彼ら』の脅威度も見ておきたい、そうは思わないかい?」


 「彼ら?」


 奴はモニターを指さす。音声のない監視カメラ映像は二階にてほとんどの死体をかたずけた様子が映っている。


 「馬鹿な! ……どういうことだ!」


 「増えたザコ死体をほとんど処理したようだね……お喋りな君のお友達たちは残っているよ」


 「お喋り? あいつらに知性は……」


 「フフフ……さぁ、どうだろうね」

 そう笑った次の瞬間『ブローカー』は消えた。僕のそのまま……大丈夫だ、この場所は見つかりようがない……だが……?

 この音は何だ?


――


 「慣れればこんなものか……」


 八坂徹:俺は死体の山を見ながらそう呟く。


 「患者でもそこらのバラバラ死体くらいには抵抗できる。日隈のオッサンとアンタが武器を配ってくれたおかげだ。この階の人払いも済んだ、誘導も完璧……ラスボスのデカブツや天井のバケモンは、打開策は考えてある」

 免田はそう言う。


 「来たぞ」


 廊下の奥、階段の方からゴロゴロと丸い玉……いや、生首に手足が乱雑にくっついたものが転がってくる。それと共にあの気色の悪いデカブツ死体と天井を這いまわるクモ野郎が現れる。


 「ケヒャアアァッ!」


 生首は乱雑に繋がれた足を器用に使い、飛び掛かる。


 『スカァンッ!』


 ハクがバットで生首の頭部を陥没させる。天井を這うクモじみた化け物がカサカサと俺たちの真上へ向け移動を行う。


 「くらえスカタン!」


 『ブシューッ』


 日隈は天井に水鉄砲を噴射する。クモ野郎は天井を這うのをすぐに止め地面へと落ちる。俺の真上、だが俺はジャケットに隠し持っていた先のとがった鉄パイプを取り出し、突き立てる。


 「あぁああああああ! いい! いいよぉ!」


 『グシャアアアッ』


 中心を一気にパイプが貫き、クモ野郎は手足をじたばたとさせている。おれはそれを地面に思いっきり叩き付ける。

 デカブツに向かう免田とハクがそれを踏みつける。


 『バキッ! ブチッ!』


 肋骨や頭蓋骨を思いっきり踏まれ、軽い音を立てて粉砕された。片手間で。

免田は鉄パイプを持ち、ハクはバットで、デカブツに立ち向かってゆく。


 「ああああははあはへへへえへへええ、なかまになろうぜえええ」


 「死人は死んでろ」


 『バキィッバキバキバキィッ!』


 二人は同時に奴の同じ右脚の膝の皿と裏を打つ。割れた! かなりいい!


 「うへへへっこっちおいでえええ」


 『ドガアアン』


 体勢を崩し倒れる。もともとバランスが非常に悪いため、起き上がる見込みも動く見込みもない。じたばたとしているだけ。

 だが、二人は攻撃の手を緩めない。日隈も再起不能であろうクモ野郎を念入りに、全てをミンチにする勢いで攻撃している。


 『ガン! ガン! ガン! ガン!』


 重い金属のぶつかる音が響く。

 ――いい気分ではないが……事実こいつらのこの対処で助かることは多い。ヨゴレ役か……事なかれ主義に靡きかける。こんなことを続けているとこいつらのように最適化されて行ってしまう……。だが、この街では、もう……。


 『ズル……ズル……』


 ふと、さっきハクがしょっぱなスイングした生首が、脳を零しかけながらどこかへ引き摺り逃げて行くのを見た。

 俺は追う。

 その先には……倉庫? 扉が半分開いている……。


 「おい、オッサン、どうした?」


 免田が訊く。


 「生首野郎がどっか行こうとしててな」


 「敵のアジトか?」


 警備員室は一階にあったが、誰もいなかった……。館内放送ができるのはナースセンターぐらいだが、そこにも何もない。だとすればどこかに隠れ家があるか、この病院に居ないかの二択だ。

 倉庫の中は狭く、様々な用具が……埃一つなく揃っている。古びてはいるが掃除は行き届いている……いや、これは動かしたから埃が無いのだ。


 「しゃらくせえ!」


 『ドガァアアアン!』


 免田とハクは大きい用具を乱雑に破壊し、床にある扉を見つけ出す。


 『ドガァアアン!』


 扉を破壊し、おれたちは中二階と呼べる空間を発見し、備え付けの梯子を降りる。そして、そこにある扉を開く。


 「うぐッ……ああ、クソッ、たすけ、たすけてくれ!」


 そこには西ミナトのヒョロガリ野郎が床にぶっ倒れ、脚のほとんどを胎児の死体に食べられていた。血は既に出きっている。緑の体液が傷口から滲んでいる。


 「ぼ、ぼくは薬で助かっている。知能も正常だ! こ、このまま見殺しにしないでくれ。な、なあ、僕が助かればこの薬の治療法を……」


 治療法……。舐めた野郎だ。俺たちがこの死体だけしか動かない薬の事を理解してねえとでも思っているのか? 死体を見てりゃ分かる。俺も何度か噛まれた。だが異変はない。噛まれた奴らに何かあったわけでもない。少量でも、多量でも。変わりはない。

 後で異常でも出るのか? だとして、コイツがそんな回りくどい薬作るか? 有り得ない。コイツは……俺らを出し抜こうとしてやがる。


 「へぇ……治療法があるのか?」


 ハクがしゃがみ込んで訊く。


 「あ、ああ、そうだ、このモンスターたちを生きた状態に戻してやる。この件もただの悪夢だったことにできるんだ、俺の力があれば、直ぐにでも」


 「じゃあ、今、ここで、自分を治せよ」


 鼻で笑うようにそう吐き捨てた。


 「ぼ、僕は治っているよ、ただその……動けないだけだ」


 「そうか、お前は動けない。それはお前の薬のせいじゃない。だが、お前は治療ができる、しかも直ぐに。そりゃすごい、どんな風に治療するんだ?」


 青白い西の顔が急激に怒りに歪む。


 「揚げ足取りがそんなに面白いかッ! この馬鹿共がッ! てめえら無能はいつもいつも有能なこの僕の邪魔ばかりする! この世の馬鹿は嘘と揚げ足取りで僕の邪魔をする! この……」


 『ビチャビチャッ……ジュウウウウッ』


 喋っている途中に免田が聖水を掛ける。ゆっくり西の顔が溶けて行く。


 「ああアアアッ! 熱い! あつぃいいっ! き、貴様ら! ひ、人の話を!」


 「ほらよ、お友達だ。この場所を教えてくれたテメエの親友だよ。お喋り好きのな」


 『ゴトッ』


 生首が捨て置かれる。


 「あ、あああ、あははは、ざ、ざまあねえな、にし……」


 「檀、お、おまえ……喋っている……知能が……」


 「おれたちはみんなしゃべれんだよ、まやくかなにかでごまかされてたが……おまえがちょうしにのっているのはしってるぜ……へへへ……じぶんのくすりも、まともにりかいできない、とんだばかでたすかったぜ……おかげでしぬまえにおまえをののしれるからなぁっ……へへへえへへ」


 「う……嘘だ。嘘だァっ……ぼ、ぼくは、僕はァっ……あああああっ! ああああああ!」


 胴体のほとんどを胎児に食われ、生首は西の耳元にわざと寄り、ずっと何かを囁いていた。しばらくしてハクは何の感傷もなく、それらを全て叩き潰し、聖水を撒いた。


 「生きてる奴らの足を引っ張るな……死人ふぜいが!」


 怒りに満ちた怒号が、その秘密の部屋にこだました。


――


 その直後、病院内で何故か火災が発生し、直ぐに消防隊が駆けつけた。救助される頃には既に俺たちを含め、多くの生存者が外に脱出していた。火災は非常に大きなもので、今回の事件での死者はほとんどがその火災により亡くなったこととなった。

 不可解なのは火元が全ての階に存在し、同時に発火したという点で、放火やテロの疑いを警察は持っていたが、結局捜査は行き詰まり、未解決となった。

 俺はこの不明瞭な事件に、未だ疑問を持っている。

 もし、もし仮に、あの西が……あの西が誰かに操られていた……いや、誰かの口車に乗せられていたとしたら。この街の事件の糸を引いているものがアイツの裏にいたとしたら……それこそあいつと会っていた煙のように消えるあの売人……。

やれやれ、俺の追うべきものは、まだまだありそうだ。


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