死霊外科医西ミナトの毒毒デーモンモンスター【ゾンビー☆ナイト】
死霊外科医西ミナトの毒毒デーモンモンスター【ゾンビー☆ナイト】 前編
○:M市には三つの大病院・総合病院があり、それぞれが専門医の割合による役割の分担などにより充実した医療サービスを提供している。これはかつてこの街が製鉄業による活気にあふれていたころに製鉄会社による福祉事業・サービスに対する大規模な投資が行われたことによる成果と言える。スポーツ施設などの投資も行われていたが不景気により施設売却、民営化を経てフィットネスクラブとなっているなどの末路を辿っている。社用住宅投資はまだ続いているものの老朽化した建物を解体し売りに出してゆくなど規模の縮小は続いている。
さて、三つの大病院の中でも中央街に坐する『M市市立総合病院』はその名の通りM市による公営総合病院であり10棟もの病棟を有している。内科、外科、精神科と20近い専門医療を包括しており特に現在の状況においては精神科が大変稼働している様子である。
このM市市立総合病院に2022年6月21日現在、免田四恩、日隈絢三、蚕飼白ら『免田オカルト探偵社』の三人組は同質で入院しているのであった。
――
「……じゃあ、本ッ当にただの除霊依頼で、偶ッ々ガス爆発が起きたっていうの? それを信じろって?」
「もう、勘弁してくれよ、凛……ずっとそうだって言ってるだろ?」
「……そんなオカルト探偵名乗ってるようなのが行った先で爆発巻き込まれて全治三週間の怪我で入院しましたなんてことになったら、まずオカルト事件疑うでしょ」
「お前どうせ学校のオカルト新聞におれのインタビューとか言ってあることない事書く気だろ、その手には乗らんぞ」
「ちぇっ……。まあ別にいいけどね、ウチらも相当大きいネタ今週掴んでるから。来月には夜の学校七不思議特別調査もあるから、兄貴の怪我よりもずっとすごい記事が書けそうだし」
「少しは怪我人の心配をしろよ……」
「……兄貴は両手に罅入ってるんだっけ?」
「ああ、一日経ってまあ、よくなっているがな」
「なんで手以外は軽傷なの? ていうか、拳に罅が入るってなんか変なきがするんだよね。フツーそんなトコピンポイントで怪我する?」
「それはお前……その、なんだ、あれだ。爆発で手をついたり何したりで割れちまったんだよ」
「ふーん。どうだか」
「お見舞いだってのに質問攻めにしやがって……こっちは怪我人だぞ」
「そう言ったって気になることは気になるんだもの」
『ガラララ……』
「あ、八坂さん」
「ああ、日隈、どうも。ちょっと見舞いに来たんだが……おや、凛音ちゃんも来てたのか。ちょっと邪魔だったかな」
「あ、いえ、大丈夫です、こっちの用も済んだので」
「ああ、そうか、香奈枝といつも仲良くしてくれてありがとうね」
「いえいえ、こちらこそー。じゃ、あたしはこれで」
『ガララ……』
「……やれやれ、うるさいのがやっと行ったぜ」
八坂徹:免田は息をつき、ばつが悪そうにしている。
「そう言ってやるなよ、わざわざ見舞いに来る家族がいるだけいいぜ」
日隈がそう言って隣のベッドから語り掛けている。さらに奥のベッドにも免田探偵社のバイトが寝ていたが、さっき見ると熟睡していた。
「近くに居すぎるとうるさくなるのも分かるがな……」
俺は見舞いの品をベッドの傍らの戸棚に置いてそう言う。
「流石、八坂のオッサン、よくわかってるぜ……。で? こんな勤務時間中にわざわざ見舞いにくるなんてどういう風の吹き回しだ? あの真面目なオッサンが」
芯を食った質問を単刀直入にぶつけてくる。お見通しか……。
「実は、この病院に……潜入捜査をしようと思ってな……」
馬鹿な考えだ。ほぼ違法。だが、これしかないのだ。
「へェ……ついにおれたちの仲間入りってワケかい?」
ニヤリとしながらそう訊いてくる。
「転職する気はねえが、まあ、同じ穴の狢となるってことではあるな。これはどうしても今、手早く手を打たなきゃならん。でないと……」
「でないと?」
日隈も訊いてくる。
「お前ら全員が危ない」
――
初めは単なる違法薬物の取引を追っていただけだった。
まあ、取引というのを追うのはその購入者、そして売人の更にバックにある組織や団体をしょっぴくための前座みたいなもんだ。だからこそ尻尾を掴むために慎重に、購入者を泳がせて、売人を見つけ、その売人の動向を更に追う必要がある。……そんな捜査の中、ある売人の購買リストの中に妙な人間が書かれていた。
『西ミナト 黒い蓮 600g』
妙な話だ。黒い蓮ってのは、隠語か何かだろうがこいつだけしかその記載はなかったし、何より600gなんて量を一度に買い付ける人間はこいつだけだ。一体一度に何千万円が動くことか……。
気になっちまった俺はこの『西ミナト』と言う奴をの資料を追った。するとこいつはこのM市市立病院勤務の外科医だった。医者が違法薬物を? いや、そもそも取引していたのは何だ? そこから洗えば洗うほどに奇妙な疑念がわんさか出てきやがる。
密輸、密売、裏取引、勤務時間外の病院寝泊まり……。
……中でも、一番気味の悪かったのは……こいつは胎児の遺体や人間の死体を密輸しこの病院内に運んでいたことだ。それも頻繁に……。俺は偶々張り込みをやってて見ちまった。
だがその全てにおいて、売人は煙のように消えちまったり、商品を消しちまう……。証拠がない、まさに魔術師さ。
例によってこんな意味の分からねえ事件は事件にならねえ。だが、俺は少々の張り込みで確信しているのは、奴がとんでもない犯罪者であることと人間の命を何とも思っていないことだ。わざわざそんなアヤシイ奴から胎児の死体なんてのを買いつけて病院内に保管しているんだぜ? 何の目的であれ、マトモな精神じゃなねえ。
――
「ハァ~ッ……なんで変な奴が、こう、多いのかねぇこの街は」
免田は呆れた声でそう言う。
「さあな、何かあるんだろうが……俺にはわからん」
「それで、八坂さんは……俺たちの見舞いの後にこの病院を探るつもりなんですか?」
「ああ、そうだな……本当は夜にしたいのだが……不法侵入はマズい。まあ、俺のこれからやる行為もほぼアウトなんだが……」
「おれたちで協力して夜まで匿いましょうよ。夜の捜査も手伝いますよ」
奥のベッドに寝ていた青年がカーテンを開けてそう言う。いつ起きたのだろう。
「オイオイ……ハク君、おれたちは怪我人だぜ? 非番の時に無償で依頼を受けるようなことは……」
「手伝ってくれるんなら、俺は金ぐらい払うさ。それに、妙な胸騒ぎがする。あの医者のツラで俺はピンと来たんだよ、アイツはドロドロとしたどす黒いモンを抱えてるってな。爛々とした眼に、不機嫌な眉、不健康な顔色に隈……まあ、偏見かもしれねえがな」
「……刑事の勘かねぇ……まあ、金が出るんならいいけど……ハク君なんか妙に張り切っているな」
「おれは怪異がぶちのめせるんなら何でもいいんです。今回はそうでないかもしれないですけど……明らかにヤバイ人間を野放しにはできないですから」
「大した正義感だな……まあ、いいさ、オッサンは夜診療が終わるぐらいまでベッドの下かそこらに隠れてな」
「ああ……恩に着る……ちょっとまて、ベッドの下はいくら何でも……」
「そこ以外ねーんだもん」
今日、俺はとんでもない目に遭う。あらゆる意味で。
――
『やれやれ、じゃあベッドの下に入るよ、はいるさ! 入ればいいんだろ』
西ミナト:僕の事をさぐる鼠が一匹……入り込んだ。証拠もない癖に勝手な正義感で俺を追い詰めてやろうとは。
罪人め。
愚かさはこの世で最も罪深い。
僕の崇高なる目標を邪魔し、僕の崇高なる計画に反対し、僕の完全なる理念を理解できない愚か者どもめ。
偏差値70以下のカス共がこの世の70%を占めているような有様。粛清しなくてはならない、優れた者だけを生かし、それ以外を奴隷として隷属させねばならない。
俺は医者。偉く賢い。
僕をがり勉だ、金持ちのボンボンだ、キモイ趣味だと馬鹿にした愚かなカス共を今後生産されないようにしなくてはならない!
「ふっふっふ……君もそう思うだろう? 檀?」
「ああっ……あああ……」
恍惚とした表情で生首と四つの手を繋げただけの生き物となった檀は反応する。術後三日目。臓器がなくとも脳さえあればこのように生物として生き続ける。
素晴らしい。
僕は遂に成し遂げたのだ、死体蘇生を!
この黒い蓮の粉末と鎮静剤を利用した薬は蘇生した死体を飼いならすのに最適だ。この悪魔の軍団。昔見ていた映画になぞらえて『毒毒デーモンモンスター』とでも呼ぼうか。
こいつらは死体に自身のエキスを分け与えることで増加することが可能だ。まさにB級ホラー御用達、鉄板ジャンルの『ゾンビ』と言う奴だ。
あと、こいつらに必要なのは凶暴性。人間を襲う意志だ……。
『ガシャンガシャンガシャン!』
僕の後ろのケージが揺れる。
「はっはっは、そう暴れるなよ、堀地院長。今日は院内を自由に出ていいんだから、せかさなくても時間はいづれ来るさ!」
「あああ……あああへへへへ……ううう」
女の乳房を五つほど付け、男性器を六個付けてやった堀地が、顔につけた六個目の男性器を振りながらケージに頭をぶつけている。実に気分が良い。薄給で雇い、頭が悪い癖に僕の事をこき使っていた報いだ。
「さあ、みんな、今夜はパーティーだ。この病院内の人間をいくらでも殺していい。やりまくれ!」
遂に今夜、僕の望む世界の第一歩が始まるのだ。
僕の協力者もこの計画は成功すると約束していた。この黒い蓮、これをもたらしてくれた彼には感謝しかない。ともに新世界にて支配を確立してやる!
今夜は彼も招いて、この病院内の惨劇を肴に優雅な晩餐と行こう。
「あうああああ……みんあ……いっひょ……」
?
「喋った? ……今のは誰だ?」
喋れるはずがない、こいつらの知性はほとんどないはずだ。
「あああうへへへへ……」
「ちっ……気のせいか、まぎらわしい!」
『どすっ! ボトッ』
僕は近くの檀を蹴り飛ばした。コンクリートの地面に叩き付けられながら、奴はニタニタと笑いを続けている。そうだ、お前は昔から、哀れで知能の低い、僕の下の人間だったのだ。ちょっとおべっかが使えるからと言って、僕より先に昇進して、僕を勝手に憐れみやがって。いい気味だ。ククク……。
「うへへへ……へへへへ……にひみにゃほ……」
全館消灯時間が近づく。この部屋は特別製……監視カメラの映像を掌握し、鋼鉄の扉によって守られている。第一、中二階など誰も知るまい。
――
八坂徹:22時……。消灯時間だ。……腰が痛い。
「おっさん、もう出ていいぜ」
免田がベッドの上からこちらを覗き込み、そう言う。
「ああ、よっと……あいたたた……」
起き上がるのも痛い。
「オイオイ、ぎっくりになられちゃ困るぜ?」
「流石にそうじゃねぇが……いててて……」
「歳くったらずっと同じ姿勢でいると滅茶苦茶痛むの」
日隈がそう言う。
「巡回の看護師さんも、いないです。行けますよ」
「おう……先ずはあの西の野郎のデスクに……」
廊下に出ると放送が鳴る。
『ガチャッ……あー、あー、マイクテスト、マイクテスト』
なんだこれは? 全館放送?
『レディースアンドジェントルメン! ボーイズエンドガールズ! ようこそ、天才死霊外科医西ミナトによる虐殺ショーへ! 司会はこの天才外科医西ミナトがお送りします!』
「虐殺ショーだと!?」
『今回のショーは各階に三体ずつ『毒毒デーモンモンスター』を配置し、それによってどれだけの人がモンスターに置き換わるのかを楽しむショーです。観客はわたくし一人。あなたたち愚か者はただただ助けを懇願し死んでゆくところをお見せください。逃げ場はございませんが、逃げたければどうぞ、信じなくとも問題ありませんよ、死ぬだけですので……あなた達は死ぬ瞬間にわたくし天才死霊外科医西ミナトの名前を思い出してくれれば幸いです。では! ショーのスタートだ!』
「キャァアアアアアアアアアア!」
「うわああああああああああ!」
「ああああああああああああ!」
沈黙の廊下に絶叫が響く。どよめきと共に廊下に飛び出す人々。その中に、それは居た。
「うえひひ……いっしょになろう……」
三つの腕で天井にしがみつき、這いずりまわる、背中に肋骨が貫かれたような鋭い角のようなものを備え、口には無数の歯が植え付けられた……人間というべきでない何かが一匹。そう喋っていた。
喋っている。
喋っている!
「クソッ、人間なのか?」
「あはははは! おはよぉう」
振り返ると後ろに、両手に血だらけの肉を掴んだ……たくさんの乳房と肩や顔に男性器をつけた2メートル近い人型の化物が立っていた。腕は常人の三倍ほどに膨れ上がった様子で、つぎはぎだらけだ。
死ぬ!
――俺は生物として、この化物に負けている。
敏捷性、筋力、体格、体重。
すべてで。
馬鹿みたいな顔の化け物は手を振り上げる。
避け……否、死。
『ドガァアン!』
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