悪霊屋敷打毀すぜ!!

悪霊屋敷打毀すぜ!


 ○:M市野鳥平やちょうだいら、太平洋戦争時飛行場の検討されていた台地であり、戦争末期の米国海軍による港湾工場地域の艦砲射撃の対象にもなった。戦後この台地は整備が幾度か為され住宅街として発達。現在でも住宅街としての再開発が為されている。

 一時期、汚染した土砂を埋め立てに利用し、開発によってそれが掘り返される問題やガス会社による土壌汚染問題などが噴出したが、現在は近隣の上島町のショッピング区画の拡張から住宅需要の急増により急激な開発が続いている。市は汚染土砂に対する対策工事は既に行い問題はないとして説明を続けている。

 そんな、開発地域の端、一点だけ異様なたたずまいの屋敷が高い塀の中佇む区画に、9人の男女が集っていた。時は2022年6月20日、午後1時15分のこと。


 蚕飼白こかい はく:そこには異様な集団ができていた。


 「おいおい……家主も用心が過ぎるぞ。おがみ屋めっちゃ呼んだみたいね……」


 免田がそう呟く。こうした事態は慣れているのだろうか。呆れた様子だ。

 そこに居る顔ぶれは様々だ。袈裟姿の坊主。黄色いモヒカンにサングラス、革ジャンのエレキギターを背負ったバイカーの男。スーツ姿で手に数珠を下げた女性。黒人男性、老人と様々だ。バットを背中にさした大学生やカメラを下げる中年男性、夏場も近いというのにコートを着た若い男で構成されるおれらが浮かないくらいには妙な連中だ。


 「この家のお祓いはウチが……」


 「そう言うオメェは誰だよ? ああん?」


 一触即発、面倒ごとの空気だ。


 「やれやれ……とりあえず儂は先に入らせてもらうぞ、お若い方々」


 「……」


 何も言わず老人と黒人男性が入っていく。老人の方は和服に身を包み、黒人男性の方は様々な刺繍が為された派手な青色のスーツを着ている。


 「免田さん、日隈さん、おれらも行きましょう、あの家多分大丈夫ですし……この人らの方がヤバそうです」


 この家からは何の異常も感じられない。むしろここに居る人間のうちではスーツの女性やバイカー、そして先に敷地に入っていった人間の方が妙な気配を感じる。

免田さんたちが言うに『霊感』と言う奴がおれにはあるらしい。ならばあの派手スーツの男性と老人は相当な……幽霊? いやまさか。


 「ハク君が言うなら大丈夫だろう……オッサン、写真の準備は?」


 「ああ、ばっちり、証拠をおさえれるぞ」


 「じゃあ、行くか」


 扉のない、門をくぐる。おれたち三人の『免田オカルト探偵社』は三人そろっての初仕事の一歩を踏み出した。


 その瞬間、周囲の光景は一変する。


 「は?」


 夜だ。


 急に夜になった。

 いや、【この中は夜になっていた】。おれたちは『入った』のだ。何か別の場所に。

 目の前の屋敷を見るよりも先に、おれには一変した世界の『気配』が伝わってくる。悍ましい気配。寒気、危険信号、おれたちは……怪物の胃袋の中に入ろうとしている。


 振り返る。

 そこには壁しかない。

 手を触れる、冷たい石の壁だ。

 出られない!

 周囲も高い塀が囲っている。


 「まずい、まずいまずいまずい!」


 「ど、どうしたハク! お、おい、出口が!」


 「急に夜に……どうなっている」


 免田さんと日隈さんが動揺する。先の事件で一切の動揺をしなかったおれは今、とんでもなく恐れている。ここには何かがいる。一体ではない、複数の強力な何かが居る!


 「慌てなさんな、お若いの。まだ完全に『結界内』に入ったワケじゃあない」


 庭の方で先に入っていった老人がおれたちにそう言う。派手スーツの男も近くで、屋敷を見回している。


 「うぉお!? 結界術、内側から出るの厳しい奴じゃねーか!」


 突然、おれの後ろにモヒカンバイカーが現れる。彼も入ったのか。


 「……あら……相当厄介な怨霊みたいね」


 スーツの女性も現れる。


 「!? 夜!? なんだここは、どうなってる!?」


 「ええ!? なに? なんなの!?」


 「観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五薀皆空。度一切苦厄……」


 これで全員……10人の人間がこの屋敷の庭に閉じ込められた。


「これは……思った以上にヤバイ案件だな」


 おれたちは軽い気持ちで、とんでもない目に遭うことになった。


――


「ええ、それでしたら、そうですねお家の規模にもよりますが……ああ、資料を、はいでは……はい、こちらも事前に調べて、また……はい」


 一昨日おれは事務所の掃除をしている中、電話に答える免田さんの声を聴いた。


 「ハク君、今度の仕事、決まりそうだ」


 「へえ……またあの時みたいに日隈さんと入院する羽目にならないと良いですが」


 「はっは、だが君この間の事件みたいなのの方が好きだろ? この一週間掃除ばっかでつまんないってのが顔に書いてあるぜ」


 確かに、わざわざこんなバイトを事件に巻き込まれたときに二つ返事で了承する理由は得意であるからと楽しいから……あとは仕事となれば時給が破格となるからだ。ここ最近の掃除に飽き飽きしているのも図星。へらへらと免田さんは人の図星を突いて来る。


 「ま、今度の仕事は若干ゴーストバスターズじみてるがね。なんでも【悪霊屋敷】のお祓いだそうだ」


 「【悪霊屋敷】? ……確か野鳥平の有名な廃屋でしょう? ……前に見た時、そんなに妙な気配はしませんでしたよ」


 「そうか? 家主が言うには解体業者も入れないほどのトンデモ物件らしいが……ま、いいじゃないか、最初の仕事が楽そうで」


 「いやぁ、まだ楽と決まったわけじゃないですけどね」


 「まーね。一応一通りの除霊セットは持って行くさ……ただ、家主さん曰くあまり対面したくないそうなので、鍵と資料は郵送するって」


 随分と出不精なのか、それとも……。


 『ガチャ』


 「コーヒー買ってきたよ、ん、何の話?」


 「オッサン、次の仕事決まりそうなんだよ、【悪霊屋敷】のお祓いだってよ」


――


 油断していたわけじゃない。実際にさっきまで、外からは【悪霊屋敷】にこんな寒気や気配は感じられなかった。完全に想定外。そして、あの妙な連中……。おれが『霊感』を感じた奴らは明らかに慣れきった様子だ……おれがこの状況に動揺しすぎているだけなのか? それとも……。


 「な、あああ! なんで、なんでこんな暗……で、出口は!?」


 「うるっせえな! トーシロの癖にこんな案件乗ってんじゃねーよ! バカ! 静かにしてオレらに任せてろ!」


 ギターを背負ったバイカーが吼える。


 「どっちもよく吠えるわね……」


 スーツの女性が数珠を手に持ち、何かの準備をしながらつぶやく。


 「あああん?」


 「……あれ……なんだ?」


 日隈さんが周囲を気にせず、上を指さす。その先には上空に球体があるようだ。闇の中影だけが見える。


 「球……? ずいぶん大きいな」


 免田さんも目を凝らしながらそう言う。


 不意におれはこの十人の集団の中の一番中心に立っている、一心に念仏を唱える坊主に目が行く。何か……何かが起きる?


 「……受想行識亦復如是……」


 『バゴォッ!』


 坊主の後ろの土が盛り上がり、腕が現れる。つぎはぎだらけの青白い、ダルダルの皮で覆われた腕……そして、ズタ袋を被った大男が坊主の後ろの地面から現れ、地上に飛び出す勢いのまま、左腕で坊主の身体をずるりと、真っ二つに抉り取った。


 『ブチブチブチィ!』


 「何ぃ!?」


 その刹那、目の前で人が真っ二つに、引き裂かれたというのに、おれは、『屋敷の中に飛び込む』ことが最善策だと直感的に気づく。

 あの空にあった弾が落ちてきて庭が吹き飛ぶ、あのズタ袋の化け物よりも、それがヤバイ、次の光景が目に浮かぶ。


 「うぉ!?」


 「ハク君!?」


 『ドガッ!』


 おれは日隈さんと免田さんを引っ張り、玄関の扉を蹴破って屋敷の中へと入った。


 「ぬおおお!? 退避! 室内に退避じゃぁああっ!」


 その後に屋敷内に窓を破る音が響く。玄関に俺達に続きスーツの女性とバイカー、探偵帽の女性が飛び入ってくる。

 庭にはあのズタ袋の化け物と真っ二つに裂けた坊主の遺体、そして男性が一人腰を抜かしたままになっている。


 『ドガァアアアアアアアン!』


 「ああああああああああ!」


 爆音と共に遺体と腰を抜かした男性の身体が吹き飛んでゆく。爆炎はない。光もない。ただ、彼らは轟音と共に吹き飛んだのだ、肉も骨も内臓もバラバラに塵になって。それ以外は、庭は全くの普通、暗い夜の風の凪いだ庭である。また、あのズタ袋の化け物も全くの無事である。


 「ど、どうなっている!?」


 『ずる……ずるるるるる、バタン!』


 おれの蹴り飛ばした玄関の大扉が、時間が巻き戻るようにひとりでに修復され元通りになる。外の化け物を封じ込めるように、勢いよく元に戻った。


 「外は駄目だ……ここいらの艦砲射撃の時代を再現する術か……」


 モヒカンがそう言う。


 『ドガッガンガン!』


 玄関の扉が叩かれる、あのズタ袋の化け物だろうか?


 「あの筋肉ダルマも外で暴れるし……中の方が安全……とはいえなさそうね」


 玄関の先に伸びる廊下をスーツの女性が見る。その奥、廊下の突き当りの方に黒い影が見える。


 「ああ、あああ……お、お化け!」


 探偵帽の女性が動揺した様子でそれを指さす。

 その奥の影はよく目を凝らして見れば、女性の顔をしている。穏やかな表情だ。

 だが、その表情と対照的に身体は二十数人の太った胎児や赤ん坊が骨の見える肉体を噛み、食べている。その赤ん坊は明らかに人間のそれではない、腐り、瞳や内臓が溶け出ている。だが、生きている、いや、あれは生き物の範疇を超えている。

 不気味や嫌悪感を通り越し芸術の域に達しているその様子は、認識した瞬間に理解を拒み、吐き気を催し、そして悪寒と恐怖をおれの脳裏に焼き付けた。

 おれは背中の袋にさしたバットを引っ張り出す。免田さんと日隈さんも聖水水鉄砲と灰袋を構える。


 「ほほー、兄ちゃん達そこそこやるみてえだね……負けてらんねぇなあ!」


 モヒカンがギターを持つ。明らかに鈍器として振るための持ち方をしている。

スーツの女性も数珠を持ち何かをブツブツと唱え始めた。

奥の女の化け物は動かない……いや、何かが、何かが近づく予感が……。


 「愛してる」


 目と鼻の先、玄関ポーチに、あの化け物が居る。

 瞬間移動?

 マズい。


 「愛してる愛してる愛してる!」


 その化け物はその言葉を振りまきながら表情を笑顔に歪ませる。おれが見た中で最も気色の悪い歪んだ笑顔だ。


 『オラアァッ!』


 モヒカンのギターフルスイング、おれのバット、そしてスーツの女性の手から放たれた光の球が同時に化け物にぶつかる。

 化物の気色悪い笑顔をおれたちの攻撃の衝撃が破壊する。


 『メキメキバキバキィ!』


 化け物は笑顔のまま、後ろに吹き飛ぶ。


 『バキィ! ドガガガガガッ!』


 左側の靴箱の扉が突然吹き飛び、破片が俺達を襲う、中に入っていた靴もものすごい勢いで俺達にぶつかってくる。


 「ウゴァアアアアッ!」


 吐血、口を切ったか、それとも内臓か……? ヤバいダメージだ。散弾銃のように靴と木の破片が俺らに降り注ぐ。

 勝てねえ!

 おれは悟る。少なくとも今、この人数、この面子で、俺達は、こいつに勝てねえ!


 「こっちだ!」


 廊下の先、突き当りの奥から声が響く。


 「廊下の突き当り右、下階段で地下に来い!」


 「ぬううん!」


 スーツの女性が念じ、木と靴による攻撃が止まる。


 「今のうちに行くよ!」


 おれたちは必死になって、あの化け物に目もくれずに廊下を這いずり駆け、奥へと逃げる。

 突き当り右、しばらく行くと……地下への階段、落ちるように駆け降りる。地下もフローリングの廊下が三方向に広がっている。


 「こっちだ! この部屋!」


 右の廊下の二番目の部屋、なんて広さだ、この屋敷は。


 『バタン!』


 「ハァ……ハァ……なんとか全員助かったか……」


 部屋は古びたピアノや衣装ケースが置かれた物置のような部屋だが、妙な文字が壁に描かれ、中央では床に大きく描かれた紋章の中心で胡坐をかき瞑想する男が居た。また、その横にスーツ姿の30代くらいの男性が立っている。


 「ここは今のところ安全だ……君たち【も】お祓いを依頼されたクチか?」


 ――俺達はとんでもない陰謀に巻き込まれたのかもしれない。

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