ジャンピングフルスイングジャック 後編

 百舌鳥坂良治もずざか りょうじ:上から叫び声が聞こえて、俺が三階へ行くと布施田が幸田君を抑えていた。


 「どうした?」


 「浩二が他の奴らみたいに暴れ出した! ……やはりマズかったか、うおっ落ち着け!」


 布施田は必死に幸田君を取り押さえている。他の人たちは暴れている者もいるが、放心しているものが多い。俺も手を貸そうと幸田君に近づく。するとぴたりと幸田君が動きを止めた。


 「放心……他の人と同じ状態か……」


 「ハァハァ……三年はどうだった……」


 息をつきながら布施田は訊く。


 「症状の出ている奴がおそらく、クラス単位で一つ……二年は全滅か?」


 「いや、大丈夫なクラスもある。多分クラス単位だ」


 「クラス単位でこうなるってのは、何か共通した原因がありそうだな」


 布施田は何かに気づく。


 「……そういや浩二のクラス、最後の時間体育だったよな」


 「確認してみよう。……幸田君は……」


 「おれが保健室に運んでおくか……? いや、他の奴もいる。とりあえずここに残すか……」


――


 俺達は確認できる発症者のクラスの時間割を確認に走った。俺の調べる限り、どのクラスも体育の授業が入っている。この時期だと体育は……グラウンドか?


 「良治!」


 俺が三年D組の時間割を見ていると、布施田が入ってきた。さっき以上に取り乱している。


 「浩二が消えた!」


 「何!?」


 二年のフロアから幸田君だけが忽然と姿を消している。彼に何かあった? 彼だけが何か特殊な状態にある? それとも……。


 「とにかく、探すぞ」


 「あ、ああ。とりあえず聞いて回るか」


 「いや、待て! ……血痕だ」


 幸田君の居た位置から丁度下の階へと小さな血痕が残っている。幸田君のもの……?  傷つけられた? あの放心状態なら分からなくもない。いつもの幸田君はああ見えて結構危険なタイプだが……。


 「とにかく追うぞ」


 布施田はかなり屈んだ姿勢で小さな血痕を追う。僕はそれに追従しつつ、この血痕に対して少し引っ掛かっていた。ちょっと違和感がある。何故だ? 何が違和感だ?


――


血痕は二階で廊下に出て、そのまま渡り廊下へと続いている。……血痕の大きさは途中少し大きくなったがそれでも目を凝らさなければ直立姿勢から探すのは難しい……こんなに小さい血痕……途中で大きくなる? 道しるべか!


 「……幸田君の手柄だな、これは」


 「ああ、浩二はまだ俺らに伝達するのを諦めてない」


――


 血痕は体育館辺りで消えていた。だが体育館の二階入り口から内部を覗く窓を見て、幸田君が右恥と左端二つある体育館更衣室の片方へ入ってゆくのが見られた。体育館は放課後だというのに誰もいない。いつもならバスケ部が利用している筈だ。明らかな異常事態。僕たちは一階の体育館入口へ急ぐ。

 体育館内に入ると、俺たちはここの妙な雰囲気を感じ取る。耳鳴り……。いや、異音だ。この体育館内全体に異音が響き渡り、この館内全てに満ちている。俺達の足音でかなり掻き消えるほどの僅かな音ながら異様な存在感がある。


 「気分悪ぃ……ここで間違いないな……」


 「幸田君は二階に行った……体育館倉庫だ」


 更衣室内には何人かの生徒が放心して倒れている。俺達はそれを横目に二階へと急な階段を上る。

 二階体育館倉庫は埃とカビの匂いが充満し、たくさんの壊れかけたボールやポール、マットが何年か放置されていたのか、薄いほこりをかぶっている。幸田君は呆けた表情ながら必死にマットの奥へと向かおうと床を這いずっている。


 「あの奥か、幸田君のお手柄だ」


 マットの山に乗る。その丁度影になる場所に『ラジカセ』が置いてある。このマットには埃がない……人為的に置かれたものか……?

 僕はラジカセの方に手を伸ばし、水が飲みたくなったので水飲み場へ向かう。


 「!? どうした良治!」


 「水が飲みたくなった」


 水が飲みたくなったので水飲み場へ向かう。……? なんだ? 今までやっていたのは、そうだラジカセを止めなければ。でもクリスマテクニックマテ茶が録音データを削除した際に巻き起こるマイクロソフト株の暴落は天の外套を引きはがして車に乗る。中立地帯ブルースアクションクイーンヴァンパイアは漆喰が白い。水。無塩バターグランディア脇建てツイッターバチコンと26+5重点的リュックサックでお眠りなさい。水が飲みたくなったトルコ行進曲埋葬区役所ザオリクなめろうメルトダウン甘味料。水が飲みたくなったデーモンベイン斎藤茂吉ロックマンエグゼ。水が飲みたくなった見積書女神転生お祝い。水が飲みたくなった灯篭。水が飲みたくなった古。水が飲みたくなった薪。水が飲みたくなった偉大。水が飲みたくなった虐殺。水が飲みたくなった神。水が飲みたくなったハナ。水が飲みたくなったクック。水が飲みたくなったイア。水が飲みたくなったむり。水が飲みたくなっただめ。水が飲みたくなったいあ。水が飲みたくなったむあ。水が飲みたくなったみあ。水が飲みたくなった。水が飲みたくなった。水が飲みたくなった。


――


 布施田仁良ふせだ ひとし:良治は水が飲みたくなったと連呼した後、浩二と同じく放心した……。あそこへ近づいたせい……だろうか? ちょっとおれがマットに近づこうとすると良治がなけなしの力で防ごうとする。……状況的にあの奥が原因。おれでもそれは分かる。だが、近づけばこうなる。ほっておいても何れおれは幸田と同じ症状を示すことになるだろう。……万事休すか? 


 「……?」


 良治が自分の右ポケットを両手で探ろうとしている……それが分かる。おれはそこから灰のような粉の入った小さな紙袋を取り出した。祓魔と良治の字で書かれている。

 ……どうするべきか……。灰を浩二や良治に掛けてしまうべきか? それとも……あのラジカセに投げつける? 

 ……とにかく奥の物をどうにかすべきだ。良治がマットを登ろうとしている。浩二もそれに続こうともがいている。

 『原因を除け』……そうおれは受け取る。

 マットに登る。黒いラジカセがランプを光らせて何かの音源を再生している。……これ以上近づくとマズいのか……。ジョルジョーモントレバックアップ。……! 思考が……。マズい。ジョルジョーモントレバックアップレビバップロールスロイス。俺は振りかぶって、ラジカセに向け、ジョルジョーモントレバックアップ鶏肉とトマトのカッテージチーズ。投げる! 灰を、投げつけた! 


 『バチッバリバリバリィ!』


 一閃。

 火花が散ったかと思うと、ラジカセは煙を一瞬出してランプが消えた。妙な雰囲気……あの音が消えた。助かった……のか? 


 「部長……」


 「……やったな、布施田」


 二人が起き上がる。


 「どうやら助かったようだな……何だったんだ、コレ」


 おれは壊れたラジカセを見る。電池式だろうか……ケーブルなどは見られない。


 「こんなもの体育館倉庫になかったと思うが……だとしたら誰かが持ち込んだってことになるね、それに――」


 良治は灰の入っていた紙袋を持ち上げる。


 「それ、何なんだ?」


 「俺もよく知らない……だが、これは『怪異』に効くって触れ込みで買ったものだ」


 「いててて……あの、スミマセン、僕、保健室行きますね」


 浩二が手の傷をおさえながらそう言う。


 「おっと、そうだ、今回のMVPを手当てしてやらないとな」


 「そんな、僕はただ必死だっただけですよ」


 「幸田君以外の生徒はここに来れていない。君が必死に伝えなきゃ俺達もここに来れていないし、ずっとあのままだったかもしれない。君の手柄だ、記事にもそう書いていい」


 そうだ、浩二があの思考を飲まれているような状況で機転を利かさなければおれたちはここに来れていない。他の生徒たちは放心しきっていたし、体育の授業を受けていないおれたちは今日が急遽、体育館での授業になっていたことを知らなかったし、体育館倉庫を突き止めるまでにやられていた可能性も高い。


 「……百舌鳥坂先輩……あの……」


 「? どうした、何か……」


 「あの……なんて言えばいいかな……『影』というか……言い表しづらいな……あれを見ましたか?」


 「……!」


 なんだ? 影?


 「ああ、名状しがたいというか……ぼんやりとした意識の中で、気味の悪い影を見た。それは……思い出しにくいな、思い出すだけで気分が悪くなる」


 「あれは一体……」


――


 後日、調査を進めることでわかったのは、放心状態にあった生徒の全てが似た証言を示していることだった。影、化物、巨大、言い難い、名状しがたい、君が悪い……印象以上の証言はないが、口々に同じような事を言う。


 集団催眠? 皆てんでバラバラの言葉や思考をしていたのに、それだけは一つにまとまっている。おれにはそれがおれたちを嘲笑っているかのように思えてならなかった。一体なぜあのラジカセがあんな場所にあったのか? 一体あの現象は何だったのか? 犯人は誰だったのか? いくら調査しようともその尻尾さえつかめないのだ。不明、不詳、不定、分からない、分からない……クソッ……。


 そしておれたちは次の霧の日にまた別の事件に遭遇する……。


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