ジャンピングフルスイングジャック
ジャンピングフルスイングジャック 前編
〇:言語は人間のコミュニケーションを支える重要な発明である。複数の細胞と生物から成る人間の一個体という外界と隔絶した存在同士を疑似的に接続するこの道具は、人間の社会性をより強めたと言えるだろう。だが、その言語が示すものは果たして共通しているのだろうか。言葉の持つ意味と言葉の音の関連性、言葉の持つ意味の正誤、これらは誰かによって制定されたところで多くの人々がそう運用しなければ意味を持たない。
使われなくなり消え去りつつある言語もある、復元の際元のモノと大きくずれた言語もある、既に我々の言語でさえ古語との区別がつく、だが古語は確かに話され、確かに存在したものだった。完全に失われ、もはや誰も知らぬ言葉もある。新しく生まれる言葉もある。……もしかすると、言語は共通性があるという多数の人々の幻想によって運用されている、いや、運用されているように見えているだけなのかもしれない。
――
ホームルームが終わり、喧騒が包む。僕はもうしばらく外を見ていたい。この喧騒の中から妙なうわさ話を聞きとって部活に用立てる。悪趣味な部活だとは思うがこれで助かる人も多い。実際教師陣は僕たちの活動に対して何か物申すことはしてこない。自称進学校と騙って碌な実績のない癖にやたらと締め付けは厳しいここは僕たちのような胡乱な部活動を認めることは難しいだろうに。まあ、実際に胡乱になり出したのはこの街がおかしくなってからのことだが。
『ジャンピングフルスイングジャック』
誰かがそう言った。誰かが。誰だ?
『ジャンピングフルスイングジャックオーレディクン・ベーラ』
まただ、今度は別の声。誰が――
『ジャンピングフルスイングジャックナウタイム』
意味が分からないが……教室で話している人間の何人かがそう言っている。だが、誰も気に留めていない……そらみろ、今日もおかしなことになってきた。霧の日は妙なことが起きる。オカ
僕は『ジャンピングフルスイングジャック』とメモに書き留めて、それを発したと思しき話しやすい級友に話しかける。
「よう、秋葉」
「ん、どうした幸田」
「いや、妙な言葉が耳についてな」
「また、部活の調査か。まあ面白い記事だし協力するぜ、なんだ? 妙な言葉って」
「ジャンピングフルスイングジャックだか何だかって」
「ジャンピングフルスイングジャック? 意味わからんな。なんだそれ」
「……? さっきお前言ってなかったっけ?」
「ジャンピングフルスイングジャック? いやぁ……言ってないし聞いたこともない」
確かに聴いた。二度ほど。……勘違いだったというのか?
「そうか……言ったと思ったんだがな、まあいいや」
「ジャンピングフルスイングジャックルックアットミー干しシイタケ」
「お前……僕を揶揄っているの?」
確かに言った。ちょっと面白い語尾もついている。なんだ、干しシイタケって。
「は? 何?」
意味の分からない様子だ。こっちも意味が分からない。
「え? いやだからさっきから言っているじゃあないかジャンピングフルスイングジャックルックアットだか何だかって」
「? 言ってないぞ」
『ジャンピングフルスイングジャックチャグチャグラーメンカタメ』
他の場所からも聞こえてくる。どうなっている? 誰も気づかないのか? 皆何の気なしに過ごしている。とりあえずこの場は適当に納めて別の人に訊きに行こう。
「ど、いや、いい、忘れてくれ、ちょっと疲れてるのかもしれない」
「え? 何? ジャパンドメイン商法? 急に何言ってんだ?」
「は? いや、僕は何も」
「ジャンピングフルスイングジャック氷鬼必殺」
会話にならない。どうしたんだ? 一体何が起きている?
「と、とにかく、僕はちょっと急用があるから」
「あ、ああ、そうか? ならいいんだが……」
周囲の会話も困惑の色が見え始めている。どういうことだ? 一体何が起きている……。とにかくこれは、一人じゃいけない気がする。とりあえず部室で、部長と百舌鳥坂先輩を頼ろう。他の人もいれば……。
――
「……なるほど……? 妙な事件だ。実に興味深い」
部長は探偵然とした雰囲気で僕の話とメモを見る。百舌鳥坂先輩は笑いながら部長に言う。
「分かってない感じを誤魔化すなよ。整理すると、体育から帰り、ホームルームを終えると、幸田君のクラスでおかしな言葉が出てきた。その言葉を発した人に訊いても知らないという。そして幸田君の言葉もおかしなものが混じっていると指摘があった、だが幸田君は気づかずに発していた。と言ったところか」
「はい。言葉が通じなくなっていて、僕と話していない人もそんな様子が見られました、他の人に訊く前にこっちに来たので詳細は分からないんですが」
「いや、大丈夫だ。おれたちも調査についていく。……なんか疫病みたいに感染する奴だったら終わりかもしれんが……」
部長はそう言いつつ立ち上がる。特に自分が感染することについては恐れていない様子だ。
「ジャンピングフルスイングジャック蝋燭一本八万進撥蜂」
百舌鳥坂先輩の言葉がそう聴こえた。
「今、百舌鳥坂先輩の言葉が、ジャンピングフルスイングジャックに」
僕は声を震わせながらそう言う。伝わっているだろうか?
「マジか」
「布施田、俺の言葉分かったか?」
「ああ、おれは分かった」
「まだお前は感染していないのか、それとも感染しないのか……」
「ジャンピングフルスイングジャック愛のテーマカニバリズミンマカボニー」
今度は部長の言葉がそう聴こえた。僕の耳がイカレているのか。
「ま、またです、今度は部長が」
「まずいな、幸田君が危ないようだ」
百舌鳥坂先輩が部長にそう言う。
「今なんて言ったんだ? 浩二、もう一度言ってくれ」
伝わっていない? 僕の言葉も侵食されているのか?
「部長の言葉が分からなかったんです」
「ジャンピングフルスイングジャックゴッドグッドモッドファット」
「ジャンピングフルスイングジャックパナソニック帰りたいチョッキプリン」
部長と百舌鳥坂先輩の言葉が分からない。僕の言葉も伝わっているかわからない。
「僕の言葉伝わっていますか」
僕はメモに言葉を書く。伝わるか? 部長と百舌鳥坂先輩はジェスチャーで丸を作る。
「これからは筆談で」
ジェスチャー丸。
部長が筆を走らせる。
「君のクラスだけかどうか調べる。気分や体調が悪いなら寝てていいが、来れそうか?」
丸。
百舌鳥坂先輩がメモする
「俺と布施田は君の『症状』が出ていない。感染性は今のところないようだから安心して」
丸。
――
僕たちは二年の階へと戻る。二年の階は四階。三年は三階、一年は五階だ。三階に差し掛かる時、百舌鳥坂先輩が僕に『行ってくる』ジェスチャーをした。三年でも発生していないか確認するという事か。そうすれば分かることも多いだろう。部長と僕は四階に上がる。
『ジャンピングフルスイングジャックロッテンコープスプリントアウト』
『ジャンピングフルスイングジャックポン刀狼藉ものファッキン長尺』
『ジャンピングフルスイングジャック抜刀塗られサスペンダー』
阿鼻叫喚。意味不明な言葉が飛び交い、皆おかしくなっていた。頭を抱えて叫ぶ人や何かを見て放心している人。――どういうことだ? 何が……。
部長がメモを差し出す。
「ジャンピングフルスイングジャックゴッフ岩八幡さん」
文字がそう読める。僕は首を振る。どうすれば、伝わる? 僕はメモに書く。
「分かりません」
部長が妙な顔をした後、ジェスチャーを示す。が、分からない。ジャンピングフルスイングジャックジャンクシャンクのジェスチャー? なんだそれは、分からない。どういうことだ……。
ジェスチャーで僕は分からないことを示す。部長は顔をしかめている。僕はジャンピングフルスイングジャックロクデナシ雲消霧散を示す。ジャンピングフルスイングジャック鹿鳴館ヴォイドアウトヴォイニッチ手稿だ。
部長はジャンピングフルスイングジャックRPGドレイクの表情をしてジャンピングフルスイングジャッククイーンズ岩山頭火驚天動地の素振りを見せる。分からない。分からない? ジャンピングフルスイングジャック四十三番通り西ハンガーマーケットが火を噴いて昨日の窓辺があなたと私。ジャンピングフルスイングジャック国交省八十円セット単品でいただけますか。ジャンピングフルスイングジャック1と四分の一はダイヤモンドうちなーぐち! ジャンピングフルスイングジャックワイドハイター湯呑ザグザグ触感マイルド! ……ジャンピングフルスイングジャックヴァチカン美術館でも金は要る。ジャンピングフルスイングジャックヴァイオリン協奏曲クルーエルもりもり寿司触感。ジャンピングフルスイングジャックルーン文字おっとり刀。ジャンピングフルスイングジャック海。ジャンピングフルスイングジャックロマンス。ジャンピングフルスイングジャックブランド。ジャンピングフルスイングジャック霧。ジャンピングフルスイングジャックショック。ジャンピングフルスイングジャック中。ジャンピングフルスイングジャック王。ジャンピングフルスイングジャック神。ジャンピングフルスイングジャックドメイン。ジャンピングフルスイングジャック古。ジャンピングフルスイングジャック偉大。ジャンピングフルスイングジャックワン。ジャンピングフルスイングジャックイア。ジャンピングフルスイングジャックいあ。ジャンピングフルスイングジャック。ジャンピングフルスイングジャック。ジャンピングフルスイングジャック。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます