アレを知っているな 後編
それからすぐに警察が来て、直前まで四谷さんと面会していた僕たちは事情聴取を受けた。だが、目撃者があまりにも多いこと、そしてそのほかの行方不明事件に追われているようで、不気味で意味不明な事件ながら、僕たちの聴取は直ぐに終わった。
部長や百舌鳥坂先輩らはもはや警察の人たちと顔見知りらしく互いに名前を憶えていたようだ。
「明日……おれは計測山に行こうと思うが……」
部長が警察を出て僕たちが集まったところで、一言目にそう言った。
「僕も行くつもりです」
僕もそう申し出る。われながら、狂っている。だが、僕は【アレ】がどうしても気になっていた。
「ハァ……マジで? いや、俺も行くからいいんだけどさ……八坂さんは? 大丈夫?」
百舌鳥坂先輩は八坂先輩にそう訊く。
「私……さっきお父さんに怒られちゃって……」
「いいんだよ。八坂さんは『噂』の方を聴きこんでおいてくれ、記事の序盤に使えるだろ、な? 美瑠場?」
「あ、はい、情報をまとめたりして置いてください。噂の方、今日はあまり調べられてないのでやっておいてもらえると助かります」
「じゃ、俺と、美瑠場と百舌鳥坂の三人で明日は実地調査に向かう。場合によっちゃ夜までかかるかもしれないので親御さんには伝えておくように。八坂さんは聞き込みと情報のメモを作成するってことでまとまったな」
部長は全員に向けてそう言った。
八坂さんはお父さんの車で帰ると言って別れ、僕たち三人は帰路も道中同じという事で、明日の予定の話し合いのため道すがら話していた。
「……そういえばさ、さっき警察署で小耳にはさんだんだが……二子玉さんも『消えた』らしい」
百舌鳥坂先輩はそう呟く。
「……いよいよ事件って感じだな。フフッ……」
部長は興奮の色を隠せずに笑う。
「あんな風に人が忽然と消える……ていうのは……」
「現実的じゃない。ナンセンスだ」
部長ははっきりとそう言う。部長は事件という言葉にワクワクしている様子の一方で怪異を信じない妙な精神をしている。【アレ】の事も半信半疑なのだろうか。
「……だが現に俺達は消える瞬間を見てしまっている。痕跡鳴く人が消失する事象を」
「最近のこの街はいかれてるからな……人口が増えたと思ったらコレだ……さっさと出ていきたいよ、都会に。少なくとも札幌に」
「そういえば百舌鳥坂先輩、準備があるって言っていたのはどういうモノを用意するんですか」
「……ちょっとした、護符みたいなもんだよ。俺も知り合いの……喫茶店のオーナーから千円くらいで買ってるだけだからな。妙に詳しい人が居るんだよ中央町に、小説家らしいな」
「変なのばっかだなこの街……」
変な奴が集まるからこんな妙な事件が起きるのか、こんな妙な事件が起きるから変な奴が集まるのか……。というか僕たちも似たような「変なの」な気もする。【アレ】もこういう事象に引き寄せられているのだろうか。
「まあとにかく、俺は中央に帰るよ。お札は数枚あればいいだろ」
僕たちはそのままバスターミナルで解散した。
―――
明くる日、僕たちは放課後に集まり、計測山へと向かった。珍しく百舌鳥坂先輩が集合時間に少し遅れたが、特に差し支えなく僕たちは計測山へと向かう事となった。まだ時間帯は明るいが観光道路の通っている森は鬱蒼としていて、暗い、まるで【アレ】のようだ。部長や百舌鳥坂先輩は明るく話題を次々に出していったが、夏だというのに妙な寒気がした。【アレ】のせいだ。
「……そういえば、百舌鳥坂、例のお札はどうしたんだ? 俺達が持たなくていいのか?」
「ああ……いや、大丈夫だ。必要になれば出すさ」
「そうか……ま、お札なんて眉唾物はおれには扱えねーから任すよ」
「誉め言葉として受け取っとくよ」
「それにしても、観光道路だってのに鬱蒼としすぎじゃねーかい? 道路のヒビも結構目立つぜ」
「あんまり予算出てないんでしょうね。人口も減り続けていますし」
「エキゾチックを楽しもうぜ、お二人さん……おっと、見えてきたぞ」
百舌鳥坂先輩が顎で示した先は少し開けた駐車場になっており、反対側には広場がある。恐らくあの広場の奥が例の……【アレ】の場所だろう。
【アレ】……あの消失した四谷さんが語っていた【アレ】とは一体何なのだろう? どんな奇怪な見た目の怪異か、はたまた……いや……?……妙だな、【アレ】……【アレ】というモノの姿が何となく懐かしく思えてくる。僕には、この計測山に入ってから続く違和感がより身近で……なんと言うか心地よいものに感じられてきている。近づいている。【アレ】に少し確信めいた何かが……【アレ】が感じられる。
「【アレ】を感じるな……」
部長がそう言う。
「部長も感じますか、【アレ】」
「ああ、あっちだ」
部長が先を行く、たしかに【アレ】はあっちだ。もっと近づかなければ。
「おい、お前ら何言って……」
百舌鳥坂先輩を無視して、部長と僕は駆け足で『計測山公園』の看板を横切り、桜並木の広場の東端を目指した。あそこに【アレ】がある。掘り返さなくては……掘り返す? なぜ? 【アレ】は少し埋まっている? ちょっと待て【アレ】を掘り返すのはいいのか? 【アレ】とは?
「! 待て、美瑠場!」
部長が僕を引き留める。汗ばんだ手で必死で抱き留める。だが【アレ】はすぐそこにある。ダメだ、何をするんだ! 引き留めるなんて! いや待て、部長が間違えたことあるか? だが【アレ】は掘り返さなきゃ。何故? 【アレ】を調べて、暴いてやらなくてはならない!
「放してください! 【アレ】を、【アレ】を掘り返さなきゃ」
「ダメだ! 美瑠場、落ち着け! 【アレ】は……うぐおっ!」
部長が【アレ】という言葉を発した瞬間、僕の脳裏に【アレ】が思い浮かんだ。
「布施田! ダメだ! その言葉を言ってはいけない! 美瑠場! 思い出せ、俺達は『それを埋めに来たんだ!』『封印』するんだ! 気を確かに持て!」
百舌鳥坂先輩の声が後ろからする。息切れしながら追いかけている。【アレ】を、【アレ】を掘り返す! ? いや埋める? なんだ? 僕たちは何故ここに来たんだ? 埋めるため? 【アレ】を? 【アレ】を埋める? 【アレ】を掘り返す? 【アレ】は【アレ】?
僕? 僕は、僕は何だ? 【アレ】が? 【アレ】だ、【アレ】は埋まっている。
「美瑠場! 気を確かに持て! 埋めろ! 埋めるんだ!」
僕は穴を見た【アレ】だ! 【アレ】がある! ああ【アレ】だ! 確かに【アレ】だ! これこそが【アレ】なのだ。僕は……僕? 僕、僕じゃない、僕じゃない!【アレ】だ、【アレ】、【アレ】なんだよ。【アレ】、【アレ】、【アレ】、【アレ】……!
「埋める、埋める、埋める、埋める」
部長が無理矢理、僕を押し倒して【アレ】を埋めている。ぶつぶつ言いながら、汗を滴らせ、素手で。ダメだ!
僕と【アレ】が遠ざかる! やめろ!
「やめろ! 【ア】……!?」
「ちょっと強引だが、大人しくしてくれよ……!」
百舌鳥坂先輩が僕の口を押えつつ、僕の頭に何かを押し当てる。
瞬間、僕の脳裏が少し混濁する。視界が、少しぼやけて……? 僕は……僕は今まで何を……? 何かを……追って。
「よし、手順はあっている筈だ……布施田は……よし、埋まっている。布施田、ちょっと気持ち悪いかもしれんが、大人しくしててくれよ……」
百舌鳥坂先輩が必死に素手で土を地面にかけ、山を作っている部長の頭へ、何か機械のようなものを押し当てている。何をしているのだろう……。その機械はスイッチが入ると妙な、何かが駆動する音を少し立てた後、止まる。部長は動作を止め、少し放心する。
「最後に……俺だ」
百舌鳥坂先輩は自分のこめかみにその機械を当てる。先程と同じ動作をして、少し先輩も放心する。
……一体、何があったのか? 僕たちは、正体不明の怪異を追ってこの山に来た……。筈だったが……。
「ヌウ……百舌鳥坂……終わったのか?」
「ああ……終わった……らしい。今回の怪異は、俺にもよくわからん。そこに何か埋まっているようなんで掘り返すな……とこのメモには書いているな」
「僕たちは……確か消えた生徒の謎を追って……」
「ああ、そうだ、八坂さんが事件をまとめている筈だ……戻って訊こう。とにかく……まずは状況の整理が要る」
僕たちはそこを後にして学校へと戻った。
―――
「それがね……メモも何もかも消えてて……放課後に百舌鳥坂君と会ってから私も記憶が曖昧なんだよね」
「え……俺、なんかやっちゃってた?」
記事用のメモも何もかもがなくなっているようだ。当の本人もこう言っていては追うことができない……。
「そもそも、なんで私が情報整理してたんだっけ……普段だったら私実地調査行くよね?」
「それも妙だが……。そもそもで言うなら、なんでおれ達、計測山なんかに行っていたんだ? おれなんか手が泥だらけだぞ」
「それは怪異を埋めて封印して……でもどんな怪異でしたっけ?」
「言い出しっぺが誰かも思い出せねえな……なあ、百舌鳥坂?」
「俺に訊くなよ、俺も分からん」
「……っだあ、気持ちわりい! 止めだ止め! これ以上この件は追わない、別のネタを追うぞ」
僕たちは妙な感覚が残るまま、事件の調査を止めた。一体何が起きたのか。一体何が僕たちを駆り立てていたのか、一度警察の厄介になっていた記憶はあるが、何故? なにも思い出せない。
―――
次の日のバス車内で僕は相変わらず単語帳とにらめっこしていた。
「ねえ、あれしってる? インスタでさー」
僕はぞわっとした悪寒を感じた。雑音の中に何か引っかかる単語があったような気がしたが、よくわからない……その悪寒もすぐに消えて、僕は周りを少し見た後すぐに単語帳へ目を落とした。
「【アレ】を知っているよね」
今度はさっきと比べ物にならない悪寒が背筋を走った。何か決定的で触れてはいけないものに触れた様な……そんな悪寒。だが、何に反応したのか? 雑音の中に紛れて、僕はそれが判別できずに悶々とバスに揺られる。
案の定、その日の小テストの点は悪かった。
―――
「メモ通りにやった……みたいだけど、どうなってんの?」
〇:百舌鳥坂良治は喫茶『ダニッチ』にて、店の隅のテーブルにノートパソコンを置き作業をする男にそう言った。男は左目が隠れるかと思われるほど長くうねった黒髪に、眼鏡を掛け、痩せて色白の、少し顔色の悪い様子である。夏だというのに黒いスーツに黒いシャツ、黒いネクタイに黒く染まったシルクの手袋を嵌めたその男は、パソコンの画面を見たまま百舌鳥坂へ語る。
「……怪異は回収された。悪いが君に話せることは少ない。だが、もう君たちのところに【この怪異】の危害が加わることは『ほとんどない』と言える。……私の仕事はこの説明と、この機械の回収で終わった、これ以上語ることはない」
吐息交じりの低い声が響く。
「納得できないが……あんたとつるんでて納得したことないからいいよ」
百舌鳥坂はそのまま席を離れる。
「……ああ、一つ、仕事があった。……『これ以上厄介なことに関わるな』……三回目だぞ、この忠告は」
「……善処するよ」
百舌鳥坂はそう振り返らず行って店を出る。
「全く……いつか死ぬぞ」
男はそう呟きながらパソコンに文字を打ち続ける。画面の中には『秘匿物品回収報告書』という文字が映っている。
【終】
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