最終話

 一週間後、残業で九時に少し遅れて広場にやってきた私は目を疑った。

 驚いたのは少年がすでにベンチに座っていることではなく、鳥籠を持っていないことだった。いつも通りハンバーガーはちゃんと買ってきているようで、夢中で口に放り込んでいる。

 ちょうど少年の周りのベンチに人がいなかったこともあり、私は少年の隣のベンチに腰を下ろした。第一声は鳥籠のことではなく、二番目に聞きたかった質問にすることにした。

「ねえ? 何でいつもここでハンバーガー食べてるの?」

 少年は私のほうを見ずにハンバーガーに夢中になりながら、「安いから」と答えた。

「安いから? 好きだからじゃなくて」

「好きじゃないよ。お肉あんまり好きじゃないし」

 てっきりハンバーガーがよっぽど好きなのだろうと思っていた。私はいや、ちょっと待てよと思い、この場所でなぜたべているかという答えにはなっていないことに気づいた。

「家に持って帰って食べたりしないの?」

 少年は「お母さんが今日は外で食べてこいって言った時は一時間経つまで外に出てないとだめなんだ」と言ってから汚れた口を袖で拭った。

「ていうかお姉さん何者?」

 私は正直に「いつも鳥籠を持ち歩いてる男の子がいるなーと思って気になってて。それで今日たまたま君を見かけたからつい」と言った。

 少年は少し悲しそうな顔をして「これでしょ?」とスマホの画面を私に向けた。

 少年が差し出したスマホには綺麗な青い鳥が写っていた。少年がいつも持ってきていた鳥籠の中の止まり木にちょこんと佇んでいる。

「この鳥、渡り鳥らしいんだよ。おじいちゃんが怪我した鳥を保護してたんだけどさ。法律でそういうのだめらしくて結局役所に引き取られたんだよね。」

 残念そうに話す少年を見て私はこの鳥を見て飼いたくなるのも無理はないと思った。

 純真無垢な目に小さく尖ったくちばし、背中から尾にかけては純度百パーセントのような青、腹は白で尾には白い点々がついている。

「こんなに綺麗だったら飼いたくなってもしょうがないよね」

「違うよ」

「え?」

「渡り鳥を鳥籠で飼ってると一年を閉じ込めたみたいに感じるんだよ。分かる? お姉さん」

「うーん、まあなんとなく……」

 正直子どもの感性はいまいち理解できなかったが、私はこの子にとっての『非日常』はあの鳥だったんだなとなんとなく思った。そして、私にとっての『非日常』はこの子。

 広場の木から飛び立つカラスを見て、私は誰かの『非日常』になれる時が来るだろうかと、そう思った。

 少年に今考えてたことを話そうと思って隣を見ると、私の隣にはもう少年の姿はなく、ハンバーガーの残り香がうっすらと漂っていた。

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