第15話 黒蜜、刺さる

山の景色が色付き始めた。

赤やオレンジの山々を見て夏が終わったんだなと実感する。

夏休みも随分と昔のことの様に思える。

カレンダーを見れば十月の文字。


早い。


×××


夏休み…白花と喧嘩をして仲直りをした次の日以降のことだ。

前より信頼関係は深まったように思うが、どこか緊張する。どぎまぎしているのは私だけではなく白花もまたドキマギしているようだった。

冷静になってみれば、私たちはキスをしたのだ。

その強烈な記憶が頭の中を駆け巡る。

ファミレスの席で二人無言で頼んだコーヒーを飲む。

私は飲んだ後、窓の方を見ながらポツリと口にする。


「…保留でいいかな。」


顔は窓の方を向いたまま白花を見る。

私の今の精一杯。照れて顔が赤いだろう。

白花はなんとも微妙な顔をしていた。

うれしいのか残念がっているのか、判断に困る顔だ。


「…うん。昨日のは…なんていうか勢いだしね。」


なんていうかもどかしい。

もうためらわずに自信過剰込みで言うのだが私と白花は両想いなんだろう。

それでもなぜか、その言葉は出なかった。

白花は勢いで…説得の材料として使ったその言葉。


すき


その一言は簡単に言うべきではないのだろう。

そうやって謙遜というか奥ゆかしいというか勇気がないだけとでも言えるのだが…ただ一つ、そういうことはきちんと気持ちの整理がついてから言うのが正しいのだろう。今言うのは昨日の勢いで…なんて思われるし、何より私はまだぼんやりとでしか白花を好いていない。…いや、好きなんだけど…こう、付き合うまでかと言われると…と、冷静になる自分がいるのも確かだった。その自分と向き合うためにも今は保留だ。



自己分析してみると冷静になれたのかそれ以降は普通に会話できた。

ただ、白花の微妙な顔をしたのが心残りだ。



×××


九月と言えば文化祭が定番だ。

正直なところ、学校に私の居場所などなかった。いや、一つだけある。白花の隣だ。だが、その白花はなぜか文化祭実行委員として活動していた。何がきっかけなのかさっぱり分からないが、夏休み明けからなにか雰囲気が変わった。実行委員に自ら成りたいと言いだした。私も続けようとしたが、立候補は他にもいたらしく、多数決とかいうクソシステムによって私は外された。

なんだよ。多数決って。要はクラス人気じゃんかよ。

私はまだ、クラスに馴染めないでいた。

まぁ、どう接したらいいのかクラスメイトも分からないから放置を決め込んでいると言ったところか…。そのうち私はこのクラスでボッチが定番化しそうだ。いや、既にしているのかな。


ということがあって、夏休み明けから一人の時間が増えた。

登校時は白花が一緒に登校してくれるので二人でいられるのだが、学校内では既にそうもいられなくなりつつあった。

何より白花の変化がすごかった。

何があったのだろうか。何者かの手によって改造されたのではと言うくらいに雰囲気が変わった。変わる前はもう少しクールにクラスメイトと一定の距離を取って斜に構えているような無口気味だったのに対し、今は自ら話しかけてクラスの輪の中に入ろうとしている。以前が月なら今は太陽のような…そういう風な印象を受けた。


そうやってクラスの中に溶け込むことで、私と白花の時間は減った。


文化祭には暗黙のルールが存在する。

校風なのか、伝統なのか、またまた過去の不祥事か、一年生はあまり目立つ出し物はNGらしい。それは先輩からの圧とも言えるし、教師の注意喚起を受けることで、ああダメなのかなと実感する。だが、実際にNGだとはきっぱりだれもいう訳ではなく、私たちの時はダメだったなとか、一年生がこういうことされると困るなぁくらいの…遠回しの言い方で理解しろとのことだ。


まぁ…出店の場合…必ず客対応で仕事を交代制にしないといけないから…面倒が少ないに越したことはない。私はその意見に賛成したいのだが、クラスメイトはそうでもないらしく、とにかく目立ちたいの一点張りだった。

まとめる白花は苦労していた。もう片方の実行委員が司会進行を務めて出し物の会議を進めていくうちに、何かオブジェ的なものを作れば目立っていいのではと言う意見でまとまった。資料の展示とかに比べればましかもしれないが…こういう作業は私の不得手とするところだ。なんせ私は調教性に欠けるのだから。


×××


「放課後時間のあるやつ手伝って。」

そう誰かがいった。

私は無視して帰る。なんというか居心地が悪い。

きっと私がいったら場が静まり返るだろう。想像しなくても分かる。

私が呼ばれていないのだ。


「帰るの?」白花が聞いてきた。

「うん。今日は用事があって。」嘘である。

「そっか。」

「なんか…最近、変わったね。白花。」

「え、うん。まぁ…思うとところがあって…。なんていうか…面倒なことから逃げないようにしようかなって。」

「そう…。……。じゃ。」

「うん。また明日。」


すごく鋭利な言葉だった気がする。

自分の胸に突き刺さった。

面倒なことから逃げないように…。


遠まわし…というか直接私を揶揄しているのだろうか。

いや、白花はそんな奴ではない。

きっと何かあったんだろう。

すごいなぁ。

面倒から逃げないか…。

出来そうで…なかなかできないんじゃないかな。

どうなんだろう。

今の私には厳しいかな。そう思うとやはり白花はすごいなぁ。

改めて白花をかっこいいと思った。


私はそのまま一人で帰った。




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