第14話 白花の番
「私…黒蜜さんのこと本当に好きなの。それだけは分かってて欲しい。」
私も目から涙が溢れる。なんの涙だ?
自分の感情が分からない。
悲しさ? うれしさ? 切なさ?
或いは全て?
わからない。
私は黒蜜さんの横に座りなおす。
黒蜜さんは静かにその場を立った。顔は見えない。
手で隠している。
「分かった。信じる。でも今日はもう帰る。この話の続きはまた今度しよう。あの公園で。」
そう言って黒蜜さんは去って行った。
私は見送りに行かず、母が「どうしたのもう帰っちゃうの? 百合ーー!友達帰っちゃうよー」なんて声がした。
今はなぜか親の声を聞きたくなかった。
玄関のドアが閉まる音がする。きっと黒蜜さんが帰ったのだろう。
そのまま誰かが階段を上がる音がする。そしてドア越しに
「なんかあった?」と母親が訊いてきた。
私はベッドに座っていたがそのまま上半身だけ横になる。
緊張が解けたのか体がベッドに沈んでいく瞬間が心地いい。
「何もなかったよ。」そう答えると
「友達出来てよかったね。」と返ってきた。
友達…。
私と黒蜜さんは友達なんだろうか。
というか喧嘩って友達とするもんなんだろうか。
友達の定義。
喧嘩の代償。
ああ、なんだろう。なにもかも面倒くさい。
思い出してきた。人間関係の面倒くささを。
私はこの面倒臭いことから逃げたくて一人でいたいと思うようになったんだっけ?
あれは確か小学生のころか。
多感な子どもは違いをすぐに批判する傾向にあった。それが小さいことでもだ。
私はすぐに人の反感を買いその場で喧嘩になることがしばしばあった。原因はくだらないことだ。消しゴムがかわいいだけで喧嘩することもあった。
大きなきっかけは…そうだ。私が女の子なのに男勝りな格好なのが男子に不評だったり、それで男子にモテようしていると勝手な解釈で女子に嫌われたり…していた。おまけに教師もみんなで仲良くしようじゃないかと仲裁するだけで、深くまで探ろうとしない始末。
その時に私は思ったのだ。
ああ、人間関係って構築しすぎると面倒なんだと。
だから教師は踏み込んでこないし、深くまで関わったクラスメイトとの喧嘩は心を大きく摩耗するんだと気が付いた。
高学年からはそういう考えが人格形成に影響し始めていた。
それから感情を表に出すことも辞めて…クールだの冷徹だの…なんだ?
冷たい奴だと言われたんだっけか…。
軽く過去を振り返りながら身体の重みをベッドへ預ける。
私の目はだんだんと重くなり意識が虚ろになっていく。
かすかに他人の…黒蜜さんの匂いがした。
そのまま私は眠りについた。
そのまま夕飯だと母が起こしに来るまで心地の良い眠りだった。
×××
次の日。
メッセージに『今日の十二時。』とだけあった。
黒蜜さんからだ。起きたら既に十時だ。
溜息が出る。
準備するのが面倒で憂鬱なのだが、何より黒蜜さんに会いたいような会いたくないようなこの変な感情が溜息としてしか消化できない。
胸がキュウとなる。
公園に行くと既に黒蜜さんがいた。
今日もまた一段とギャルの格好に磨きがかかっている。
夏なので暑い。
「暑いね。」と黒蜜さん。
「うん。」と私。
「昨日はゴメン」
「ううん。私も…ゴメン。」
「あっちに行こう」と日陰のベンチを指さす黒蜜さん。
私はコクリと頷いた。
座ると黒蜜さんは持参したペットボトルを飲んで一息ついた。
その後しきりに話し出した。
「昨日は私、どうかしてたんだぁ。なんか不安になってたっていうか。私、初めて親友って感じの友達が出来たからさ…それが無くなるのかもしれないって思ったらあせっちゃってさぁ。」
「それは…私も分かってた。昨日は私もよくなかった。意味わかんないこと言っちゃって…。」
「…ねぇ。昨日のって本当なの?」ズイッと顔を近づけてくる黒蜜さん。
「き、昨日のって?」
「性癖の話。黒髪で三つ編みキャラが好きだって話。」
「あ、ああ…ええと。」
答えないといけないの? これ。
何て地獄だよ。あと清楚系って付け加えてもいいかな。
「私もそういう風にした方がいい?」
「え?」
「白花のこと信じることにしたんだ。嫌ってないって。でも私の今の容姿が好きじゃないってのはなんか私不安なんだよね。」
「え? ちょっと待って。」
「だから、髪ももとに戻そうかなって。」
「待って!」
私は大声で黒蜜さんの声を遮る。
慌てふためいて黒蜜さんの肩を持つ。
「それは…それは、なんか違う!」
「え。」
「なんか、よくない気がする。」
「で、でもぉ、好きなのはそういう黒髪の子なんでしょ。」
なんだろう。
このもやもやは。
いや、すごい嬉しい気持ちもある。好きな子が私の好みに容姿を合わせてくれるっていうんだ。それはものすごくうれしい。
だが、同時にそれでいいのかと考えるわけだ。
それは黒蜜さんの意志か?
なんか流されてないか?
昨日の今日だぞ。急に…。だって今の黒蜜さんの姿は過去の自分との決別した姿のはず。それを人の好みで変えていいの?
本人がそれでいいならいいの?
私の思考は止まらない。答えは出ない。
だが口が答えを出す前に動く。
「それは違うじゃん!」
えっ。と反応する黒蜜さん。今日は喧嘩をしに来たわけじゃない。だから荒げずに訴えるように言ったのだが、それが逆に怯えさせてしまったか?
いや、今はそれよりも…。
「黒蜜さんのその考えは違うよ。私はそういうことを望んでいるわけじゃないよ。確かにうれしい気持ちもあるけど、正直…申し訳なさの方が勝つ。もっと…こうあるじゃん。他に大事なことが。だってその姿は黒蜜さんの生まれ変わった姿なんでしょ。わざわざ過去の容姿に戻る必要なんかないよ。」
「で、でも昔の姿が白花は好きなんでしょ。」
「好き。でも私は黒蜜さんを好きだって言ってる。」
「う、うん。」照れる黒蜜さん。
私も脳内で昨日のキスを思い出す。
ええい。落ち着け。
「だったら、今の姿を好きになろうよ。容姿なんて結局は変えようと思えば変わるんだし…つまり…」
「でも…。」
「アピールしてよ。私が今の…黒蜜さんを好きになるようなアピールを。私ももっと私を信用してもらえるようにアピールするから!」
――――だから
キスシーンというのは突然やってくるものだろうか。
今まさに黒蜜さんからの熱いキスを受けたのだが…二度目のキスはじんわりと夏の日差しに当てられ、何も考えられない。黒蜜さんは両手を私の頬に添えるもんだから汗がひんやり冷たい。私の頬にあった汗が黒蜜さんの手を伝う。
そのまま唇に伝わって…。
「わかった。」
黒蜜さんはそういうのだった。
今のはアピールということか。
確信する。私と黒蜜さんは同じ気持ちだ。私が好意を抱くことで黒蜜さんとの関係が拗れるという恐怖心が消えた瞬間だった。
×××
私と黒蜜さんの関係は修復された。いやより強固になったと言っていい。
そのキスの後、普通に会話もできた。今までのこと。好き避けしてごめんとあやまったり…今まで話せなかったことをたくさん話した。
だけど、もやもやは残る。
いや、新たに生まれた。
これはもう友達じゃないぞと。そして告白をした方がいいんじゃないかとそういう悩みのタネが生まれた。
ただ、今の関係はとても気に入っている。
黒蜜さんの過程を見ると、人は簡単に変わることが出来るものなのかもなぁなんて考えたりする。ただ、その一歩はとても重い。それはあの日まで黒蜜さんが閉じこもっていたことを考えたらその重さを実感できる。きっかけだ。人生はきっかけ次第なんだろうと私は思った。あの時、黒蜜さんと再び会っていなければ今も黒蜜さんは閉じこもっていたのかもしれない。あの日であったからこういう日もあるのだかななんて考えたりする。
今度は私の番ではないかと思うのだ。
小学生の時、感じたあの面倒くささに蓋をして感情を押し込めてきた。
それがいまや溢れ出そうと…いや、溢れかけているそれを開けるときがきたんじゃないか? 私も変わる時が来たんじゃないか?
もうすぐ夏も終わる。
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