第13話 白花のはじめて

喧嘩だと思う。

初めてのことで戸惑っていた。

心がかき乱されて平常心を保てないでいる。

特に黒蜜さんの前では近頃から感情の起伏が激しく平常心を保てないでいた。それは別の意味が大きいけど…。

そりゃ感情的にもなる。

言い合いになって、互いに口だけじゃ伝わらないと近づいて肩を揺らしたり襟を掴まれたりして、言い合いというよりは体ごと言葉をぶつけ合うみたいな感じだった。

殴るみたいなことはなかった。


でもすごい疲れる。

感情的で心が大きく乱れた私の身体は激しく酸素を消耗する。おまけに心も消耗してクタクタだった。何も考えられない。

黒蜜さんも同様に限界が来たようで、ベッドに抑え込まれる形で横になったまま沈黙が続いた。こんなに密着したのは初めてだ。もう少しいい雰囲気の時にこれを味わいたかったな。今はなぜか恐怖心がある。逃げ場がないせいだろうか。


何も考えられないまま、会話が続く。

平行線でどちらも譲る気はない。このままでは埒が明かない。

なにより誤解している。

私が黒蜜さんを嫌う?

…そんなわけない。

「ちゃんと話して。記憶が正しければ、夏祭り以降…態度が変わった。嫌な事したのならそれを改善したいんだよ…。わかってよ。」

黒蜜さんの目から涙が落ちる。私の頬を濡らしてそのままベッドに落下した。

違う。

違うよ、黒蜜さん。

私は…私はただ…


「わかった。話すよ。」


溢れる感情に口が動く。

今の私の思考力はないに等しい。

心の底から思ったことをつらつらを話す。


「私、黒蜜さんのこと…好きみたい。」


出た言葉に驚いて上半身を起こす黒蜜さん。顔が赤くなっているかもしれない。

だけどすぐに思い直す。自分の気持ち。

それだけじゃないんだ。


「でも、そんなに単純でもないかも。」


私はそういった。黒蜜さんは私の太ももに腰を下ろす。

黒蜜さんの体重がかかってベッドが揺れる。


「どういうこと。」先ほどまでの声色ではなく、優しく語り掛けるような感じで黒蜜さんは聞いてきた。


「夏祭りの日。自覚したの。黒蜜さんのこと好きだなって。でも…その時思ったんだ。ギャルの…今の黒蜜さんじゃなくて、私が知っている…黒髪で三つ編みの時の黒蜜さんが好きだって。」


私の言葉は部屋に響き、そのまま無音空間となる。目の前の黒蜜さんは目の焦点があってないような光を感じない目つきになっていた。そりゃそうだ。

今のあなたは好きではないと信頼している人から言われたら、たまったもんじゃない。みぞおちを思い切り殴られるレベルの苦痛だ。


でも、嘘は…だめだ。

時と場合による…が正しいか。

今は正直に話すべきだ。話さなかったから喧嘩になったのだし。正確には好き避けみたいなことをした私が悪いのだが…結局は話さなかったことに起因する。

腹を割って話すことも大事だ。

だから私は本心を言った。


黒蜜さんの耳に届くのが数十秒遅れたかのようにようやく反応した。

えへへと愛想笑いをしながら頭を掻く。

その姿からは焦りを感じる。


「そ、そっかぁ。」と言いながら大量の涙が溢れだす黒蜜さん。続けて「私…やっぱり嫌われてるんだ。」と黒蜜さんはポツリと言った。

「違う!黒蜜さんは好きなの!」

「でも今の私は好きじゃないんでしょ!」

「そういうことじゃ―――」

「そうじゃん。私は生まれ変わったの。過去の自分に戻る気なんてない。私はこれでよかったって思ってる。でもその私を受け入れてくれないって…そういうことでしょ!」

――――ッ


「性癖なの!」



私の叫びと共に先ほどよりも静かになる。

恥ずかしさがこみ上げる。

というか顔が熱い。


私の突然の叫びに呆ける黒蜜さん。私は黒蜜さんの方を掴んでそのまま横へ倒す。そして今度は私が黒蜜さんの上に乗る。

黒蜜さんの困惑と呆れの顔が徐々に苦虫を噛んだような顔になる。怒ってる。

「なにそれ! ふざけないで!」

「ふざけてない! 私は黒髪とメガネと三つ編みをした清楚なお姉さんが好みであってそれ以上でも以下でもない! 私が黒蜜さんが好きなのとはまたベクトルが違う!」

「意味わかんないよ!そんなのと比較しないで!」

「ええい。うるさい。好きなものは好きなんだからしょうがないじゃん!」

「くだらない。そんなことで納得できるわけないでしょ。やっぱり私のことが好きじゃないってことでしょ。それを好きだとか言って持ち上げて…そういうその場しのぎの嘘ってよくないと思う。納得いくようなこと言ってよ。」


―――納得?

これ以上に説得できることある?

私が黒蜜さんのことが好きで、でも過去の黒蜜さんがよくて、嫌っていないことをもう何も受け入れる気がない本人に納得してもらうことなんて…。


―――。


黒蜜さんは無気力になっていた。

「もうどうでもいいや。」といいながら涙を流しながら天井を見ていた。

救世主に裏切られた気分なんだろうか。いや私が救世主なんて自覚はしていない。ただの比喩だ。


正直、今日の私たちはいつもの私たちじゃない気がする。いや、変わりつつあるのだろうか。

私と黒蜜さんはどこまでいくのだろうか。

ふと疑問に思った。

このは…関係性とか、私たちの変化の先にあるものとかいろいろだ。


ただ、仲良く一緒にいられたらいいな。


そう思った。

その瞬間、私は無気力の黒蜜さんの顎を持ち、唇にキスをした。


私のファーストキス。

涙の味がした。



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