第35話 多頭蛇《ヒュドラ》

 200年前。ミネルヴァは、リッチーに襲われ、誘拐されて、このダンジョンの奥の神殿に監禁されたという。


 まだミネルヴァは幼く、リッチーの力に対抗出来なかったそうだ。


 リッチーは、自らの肉体を不老不死にする為に、お前を実験動物にする、と宣言して、実験を開始したそうだ。


 ミネルヴァの血を抜いたり、肉体を切り裂いて見聞したり、魔法でミネルヴァの肉体を観察したり、あらゆる実験を行った。


 だが、結局、リッチーはいくら実験を繰り返しても、不老不死になれず、百年ほど前に、狂い死にしたらしい。


「あのリッチーは、最後まで言っていた。『死にたくない。死にたくない』って……、怯えながら動かなくなって死んじゃったの……」

「なんて、身勝手な! 自分のことしか考えていないにゃ!」


 フローラが、激怒して、尻尾を逆立てる。   

フローラが言うとおり、言語道断だ。


 不老不死になりたくて、リッチーになり、それが不完全だと分かると、不老不死になりたくて、ミネルヴァを誘拐して実験する。


 その挙げ句、失敗して不老不死になれないと分かると、怯えながら死んでいった。

 そして、ミネルヴァを解放せずに、閉じ込めたまま……。


 外道め……。


 怒りで胸が熱くなる。

 いや、ダメだ。怒りを抑えろ。


 今は、冷静になって、ミネルヴァを捕らえている拘束具を外す事が先決だ。

 俺たちは、ミネルヴァの拘束具を外そうと、懸命に調べた。

 魔法で、破壊できないか試して見たが、破壊できない。


 腐ってもリッチーが作った拘束具だけはある。

 やはり、なんらかの解除条件を見つけないと、解除は出来ないだろう。


「……なんで、お兄ちゃんたちは、そんなに必死なの?」


 ミネルヴァが、小首を傾げる。


「ミネルヴァを助けたいからだよ」


 俺は、ミネルヴァを安心させる為になるべく優しい声音で言った。


「出会ったばかりなのに……、なんでなの?」


 ミネルヴァが、不思議そうに聞いてくる。


「困った人がいれば、出来る範囲内で、助けてあげたいんだ」


 俺は、本心を語った。


 酷い目に遭ったこの少女に語るべきなのは、嘘偽りのない言葉であるべきだと思ったからだ。


「そうする事が、俺自身の過去を救うと思っているんだ」


 俺に脳裏に、焼き尽くされた村の記憶がよぎる。


「……過去を救う?」


 ミネルヴァが、紫瞳に不思議そうな光をたたえる。


「ああ、それが俺の生きる意味なんだ」

「……ごめんなさいなの。難しくて分からないの……」

「分からなくて良いよ。大丈夫だ。必ず助けるから」


 俺は、笑顔を作った。

 ミネルヴァが、かすかな微笑をする。

 ルイズたちも頷いて、微笑した。

 この天竜族の少女を助けたいという思いは一緒なのだ。

 さて、どうやって、この拘束具を破壊するか……。

 そう思った刹那、神殿の床が光り出した。


「これは?」


 ルイズが、驚いて当たりを見渡す。


「師匠。魔法陣が!」


 エルフリーデが、叫ぶ。


 青髪の精霊族の言うとおり、ミネルヴァの座る玉座を中心として、魔法陣が展開されていた。


次の瞬間、


 ゴンっ!


 という音が響いて、巨大な岩壁が、地面の魔法陣から浮かび上がり、出入り口の扉を塞いだ。


 同時に、ゾワリっと、恐ろしい魔力を感じた。

 神殿の奥。


 魔法陣から、怪物が浮かび出て来た。

 小山のような巨躯。


 九つの蛇の首。

 多頭蛇ヒュドラだ。

 圧倒的な殺意と妖気が、多頭蛇ヒュドラが溢れ出してくる。


「間違いない。こいつが拘束具の鍵だ」


 俺は、ロングソードを構えた。   


「つまり、多頭蛇ヒュドラを倒せば、拘束具が解けるという事ですね」


 ルイズも、弓を構える。


「ああ」


 その証拠に、ミネルヴァの座る玉座を中心として、多数の魔法陣が展開し、出入り口を塞いだ岩壁と、多頭蛇ヒュドラが出て来た。


 ミネルヴァを、逃さない為にリッチーが、造り上げた罠だろう。


「カイン、あの怪物を倒せば良いの?」


フローラが、戦斧を構える。


「というよりも、出入り口を塞がれた。倒す以外に選択肢がない」

エルフリーデが、魔力を練り上げはじめた。

多頭蛇ヒュドラを倒すぞ!」

「はい」

「にゃー!」

「了解」


 俺の指令に、ルイズたちが応じる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る