第34話 天竜族
長らく拘束されていたのだろう。
その紫瞳は悲しげで、絶望に染まっているように見えた。
「俺はカインという。君を助けにきた。このお姉さんたちも、君の味方だ」
俺は少女の拘束を解こうと試みる。
「こんな幼い子を拘束するなんて……」
ルイズが、金瞳に怒りを宿す。そして、水の入った革袋を出して、少女の飲ませる。
少女は、ゴクゴクと水を飲んだ。
少女の首筋と胸に水が垂れる。
「もう、大丈夫だよ。心配いらないにゃー」
「ん。お姉さんたちに任せておけば良い」
フローラとエルフリーデが、少女を元気づけるように微笑する。
俺は懸命に少女についている拘束具を外そうとするが、どうやら、これらは
フローラが、戦斧で鎖を破壊しようとしたが、跳ね返された。
かなり頑丈だ。
俺もロングソードを抜き放ち、鎖を切断しようと斬撃をぶつけた。
だが、弾き返された。
くそっ。
厄介だな、この拘束具は……。
『誓約』の魔法で、強化しているタイプの
『誓約』と約束や、規約で成り立っている。
ある一定の制約を設けたり、一定の条件をつける事で、人間の能力を向上させたり、
この
「俺はカインというんだ。君の名前はなんて言うの?」
「……私の名前は、ミネルヴァっていうの」
紫色の髪の少女は、ミネルヴァと答えた。
「ミネルヴァか、可愛い名前だね」
俺は、ミネルヴァを安心させる為に、微笑した。
「ミネルヴァ、君を縛り付けている拘束具を破壊して、君を助けたいんだ。なにか、この拘束具について知っている事はないかな?」
「……この拘束具をつけた人なら知っているの」
ミネルヴァが、美しい紫瞳を俺にむけた。
縋るような瞳だった。
俺たちを疑うような気配は見えない。
俺たちを信じているというよりも、絶望が深すぎて、誰でも良いから縋りたいという心境なのだろう。
それを思うと、胸が裂けるように痛む。
こんな小さな子を、拘束するようなマネをした外道に怒りが湧く。
「それは誰ですか?」
ルイズが、優しく尋ねる。
「……リッチーなの。でも、50年くらい前に死んじゃったの……」
ミネルヴァの言葉に、俺たちは驚愕した。
リッチーとは、最上位のアンデッドだ。
『不死者の王』と呼ばれる存在で、人間や亜人の魔導師が、禁術の転生魔法で、転生する事で、リッチーと化す。
強大な魔力と高い知性を誇る、不老不死の魔物で、完全体のリッチーは、都市を1つ殲滅する事ができる程の戦闘能力を誇る。
「リッチーの死骸は、私の後ろの方にあるの……」
ミネルヴァが、顔を横にむけて、玉座の椅子の後方に視線をむける。
俺たちは顔を見合わせて、玉座の後ろ側に回った。
少し歩くと、確かに死骸があった。
豪奢な黒い衣服に身を包んだガイコツの屍がある。
手には、魔導師の杖が握られていた。
俺は慎重に、死骸を検証した。
確かに死んでいる。
俺の脳裏に、ある仮説が浮かんだ。
ミネルヴァのいる玉座に戻り、彼女の正面にまわる。
「ミネルヴァ。もしかして、リッチーは不老不死になる実験をしていたんじゃないか?」
俺が尋ねる。
ミネルヴァは、コクリと頷いた。
「うん。リッチーは私を研究して、不老不死になるって、言っていたの……」
「やっぱりな」
と、俺は呟いた。
「先生、どういう事でしょうか? たしかリッチーは不老不死の筈では?」
ルイズが、疑問の色を顔に浮かべる。
「完全体のリッチーは、不老不死だ。だが、リッチーに転生する魔法は、あまりに難しくて、失敗する事の方が多いんだ」
これは、叔父からの受け売りだが、と断って、説明した。
人間や亜人の魔導師が、不老不死になる為に、転生魔法で転生する事でリッチーになる。
だが、リッチーになる魔法はあまりにも難易度が高く、失敗する事の方が多い。
失敗すると、いわば不完全なリッチーとなる。
不老不死は得られず、寿命が尽きれば死ぬ運命から逃れられない。
その為、失敗したリッチーは、大抵、完全な不老不死になりたいと願い、不老不死の実験に精を出す。
「その為の実験体として選ばれるのは、不老不死の種族である場合が多い。ミネルヴァ、もしかして、君は……」
俺が、視線を投じると、ミネルヴァは、コクンと頷いた。
「うん。私は
「
エルフリーデが、水色の瞳に驚きの色を浮かべる。
天竜族は、竜族という種族の中でも最上位種族と呼ばれている。
神龍という神の末裔とされている、不老不死の種族だ。
人間以上の知性と、圧倒的な魔力と体力をもつ種族で、ドラゴンの姿から人間に変化する事もできる。
「……私、……200年くらい前に、あのリッチーに拉致されたの……」
ミネルヴァが、弱々しい声で事情を語る。
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