第23話 勇者からの誘い

 俺たちは、『疑心の迷宮』に向かうために馬車をレンタルした。


 馬車は徒歩よりも疲労が少ないので、遠出する時は馬車をレンタルする場合が多い。


 もっと遠くの都市に行く時は、王都の『転移門ゲート』から、転移する方法もある。


 だが、『疑心の迷宮』の周囲には、転移門ゲートがある街も場所もないので、今回は馬車だ。


 馬車で10日もかかる距離なので、食料と水を大量に仕入れた。


「ご飯が沢山、嬉しいにゃー♪」

「フローラ、一度に食べないで下さいね」


 はしゃぐフローラにルイズが窘める。


「にゃー! いくらなんでもこんなに沢山、一度に食べないよ! ……多分」


 なにか怖い発言が聞こえた気がするが、多分大丈夫だと信じたい。


 まあ、フローラの事を考えて、20人が十日間食べれる分量の食料を買い込んだから大丈夫だろう。


 俺たちは食料、医薬品、魔導具マジックアイテムなどを確認すると、王都の門を出て、出発した。


 俺とルイズが御者台に座り、俺が操縦する。


 4頭立ての馬車が動き出し、4匹の馬がゆっくりと歩み出した。


 うん。馬力があるいい馬だ。


「良い天気だにゃー♪」


 フローラが、後ろで声をあげる。


「ん。雨じゃなくて良かった」


 エルフリーデが言う。 

 本当に雨じゃなくて助かる。

 雨での移動は馬車では大変なのだ。

 道が泥濘になると馬車が進まない事すらある。


 30分後。

 ルイズが、前方を見ながら、


「人影が見えますね。武装してます。冒険者でしょうか?」


 と俺に声をかけた。

 俺はルイズの視線を追う。

 ハイエルフの視力は凄いな。 

 俺には、あんな遠くにいる人間が武装しているなんて分からない。


 段々、前方からこちらに歩いてくる人間が視認できるようになってきた。

 やがて、鮮明に顔まで分かるようになる。

 

 俺は全身に嫌悪感が湧き出るのを感じた。

 間違いない、あいつらは……。


「勇者ハーゲンのパーティーだ」

「え? あの人たちが?」


 ルイズが、金瞳にわずかな怒りを宿した。


「あれが、先生に無礼を働いた勇者ハーゲン一行ですか……」


 銀髪金瞳のハイエルフが、冷たい怒りをこめた声を出す。


「にゃ? あれが、勇者ハーゲン? カインをバカにした人?」

「……四人とも、嫌な顔をしている」


 フローラとエルフリーデが、珍しく嫌悪の色を浮かべる。


「どうしますか、先生?」

「無視して通り過ぎよう……」


 俺はそう答えた。

 侮辱されても無視するに限る。


 そう判断して、俺は無視しようとしたが、勇者ハーゲンたちは通せんぼをするようにして、俺たちの真正面に立った。


 俺はやむなく馬車を止める。


「久しぶりだな、カイン」


 勇者ハーゲンが、なれなれしく微笑してくる。


「そうだな」


 俺はため息を出した。

 会いたくはなかったが、とは口にしなかった。


「悪いがどいてくれないか? 馬車が進められない」

「そう、そっけなくするな」


 戦士グスタフが、進み出る。

 隻眼の巨漢は、


「王都にいるとは思っていたが、こんなに早く見つかるとは運が良い」


 と言った。

 俺としては運が悪いと思わざるを得ない。


「今日はお前に耳寄りな話をもってきた」


 勇者ハーゲンが胸をそらす。


「……あまり聞きたくないな」


 俺は本音を漏らした。


「良い話ですよ~。馬車から降りて聞いて頂けませんか~?」


 神官アリアが、猫撫で声を出す。

 俺は眉根を揉んだ。


 こいつらは一度言い出すと聞かない。

「どいてくれ」、と言っても聞かないだろう。

話を聞いてやって、丁寧に断るのが一番短時間で済む。


 俺は渋々ながら、馬車を降りた。

 俺にならってルイズたちも馬車を降りる。


 そこで、ハーゲンたちは、ルイズの耳を見て、彼女がハイエルフだと気付き、少し驚いた顔をした。


 フローラとエルフリーデは、亜人と普通の少女だと思ったようだ。

 フローラは外見だけだと獣人と区別がつかないし、エルフリーデに至っては美しいが、人間族と見分けがつかない容姿をしている。


「で、話とはなんだ?」


 俺は務めて冷静な声を出した。


「うむ。実はお前を俺たちのパーティーに戻してやろうと思ってな」


 勇者ハーゲンが、尊大な微笑を浮かべた。

 何を言っているんだコイツは……。 

 俺が戻ると思っているのか?


「どうだ? 光栄に思って良いぞ。お前は勇者パーティーの一員に復帰して、莫大な富、そして歴史に名を残すチャンスを再び得られるのだ」


 戦士グスタフが言う。

 ……、なんて奴らだ……。

 富と名声、それで俺を釣ろうというのか?


「俺は魔物を倒して、平和に貢献したい」と、何度も言ってきた筈だ。


 こいつらは俺の言葉を聞いていなかったのか?

 いや、多分こいつらは、俺の事をまったく理解できないんだ。


 改めて絶望的な気分になる。

 俺とこいつらでは根本的な思想がまったく違う。

 同じ人間とは思えない程だ。


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