第22話 勇者ハーゲンのプライド
ダンジョンから撤退した後、ダンジョンの近くに設営した野営地で、勇者ハーゲンたちは夕食を食べた。
腹が満ちた後、焚き火を見つめながら、勇者ハーゲンは、
(どうして、あんなにトラップに引っ掛かるんだ?)
と疑問に思った。
『疑心の迷宮』は最近発見された新しいダンジョンだ。
半年前の地震で、山崩れがあり、ダンジョンへの入り口が発見されたのだ。
新しいダンジョンは、金銀財宝やアイテムが多い。
ダンジョンから、強力な
だからこそ、魔王討伐の為にも強力な
だが、今日で五日間も連続して失敗した。
わずか8階層で、撤退する有様だ。
魔物は脅威ではないが、トラップが強力すぎるのだ。
(いや、トラップが難解でも、それを回避できれば問題はない。こうも容易く俺たちがトラップに引っ掛かる理由は……)
そこまで考えて、勇者ハーゲンは苛立たしげに首を振った。
「カインの野郎は、トラップを回避するのが上手かったよなァ……」
魔導師ベアトリスが、ボソリと呟く。
「そうですねぇ~」
神官アリアが、肯定する。
勇者ハーゲンは歯軋りをした。
「ダンジョンの道案内やマッピング、そして罠の探査はあいつの仕事だったからな……」
戦士グスタフが、吐息をつく。
彼の言うとおり、ダンジョンの道案内、マッピング、罠の探査はカインの仕事だった。
彼らはカインにそれらの仕事を丸投げしていた。
そういう雑事は平民出のカインがお似合いだと本気で考えていた。
そのツケが一気に回ってきた。
カイン抜きでトラップを回避しようとしても、経験が浅いために中々できない。
勇者パーティーという名誉ある称号とは裏腹に、ダンジョンの探索能力は、下手をすると初心者レベルだ。
勇者ハーゲンも、その事には気付いていた。
だが、それを認めるとカインを放逐した事は、ミスであったという事になる。
プライドの高いハーゲンには、自らのミスを認める事がどうしても出来なかった。
それは無理もない事かもしれない。
勇者ハーゲンは、裕福な伯爵家の長男として生まれ、何不自由なく育った。
幼い頃から神童と呼ばれ、わずか10歳で『勇者』に認定された。
完璧ともいえる人生を歩み、世間の称賛を浴びて生きてきた。
そうであるが故に、異常な程にプライドが高くなり、過ちを認める事ができない男になってしまった。
「なあ、ハーゲン。カインをパーティーに呼び戻さないか?」
戦士グスタフが、ハーゲンをうかがうように言う。
「本気で言っているのか?」
ハーゲンが、グスタフを睨む。
グスタフは怯えたが、それでも言葉を継いだ。
「実際問題として、あの平民がいないと魔王討伐の旅に支障を来すんじゃないか?」
「確かにそうですねぇ~。雑務係としてはカインは使えるのでは?」
神官アリアが、賛同する。
「確かにあの平民がいないと、不便だよなァ。メシも不味いしよォ」
魔導師ベアトリスが、コメカミを揉む。
彼らがカインを追放したのは、カインが平民だという事もある。
勇者ハーゲン、戦士グスタフ、神官アリア、魔導師ベアトリス。
彼らは全員、貴族階級の出身であり、平民であるカインを下に見る傾向があった。
露骨な差別意識だが、彼ら自身は差別とは感じていない。
貴族が平民を見下すのは当然だと考えている。
「補給、事務処理、地形の把握……、全部、カインがやっていた。俺たちがやると負担が多すぎる」
グスタフが指摘した。
「カインに補給や事務処理をやらせた方が効率が良いのでは~?」
「そうだなァ。あの平民は、そういう雑用は上手いからなァ」
神官アリアと魔導師ベアトリスが言う。
「……その……、どうだろうか、ハーゲン。不愉快だが、カインを仲間に戻さないか?」
戦士グスタフが、ハーゲンのご機嫌を取るような顔で言う。卑屈な顔だが、当人は気付いていない。
「……カインを呼び戻す? この栄光ある勇者のパーティーに、あの平民を?」
カインが、碧眼に怒気をあらわしながら、仲間たちを見る。
グスタフたちは怯えた色を見せた。
ハーゲンは彼らを無視して、焚き火を見ながら考えた。
(カインを呼び戻すだと?)
冗談じゃない、と金髪碧眼の勇者は思った。
(あいつは気に食わない)
それが勇者ハーゲンの思いだった。
ハーゲンがもっとも気に食わなかったのは、カイン風情が偉そうに勇者である自分を批判する事が、度々あったからだ。
ハーゲンもグスタフも女好きで、時に度を外れた事があった。
その度に不品行をカインに説教された。
それが腹立たしく、何度もカインとハーゲンは衝突した。
カインを追放する10日ほど前も、勇者ハーゲンは嫌がる農民の娘の胸を触り、その事をカインに非難された。
金髪碧眼の勇者が、カインを追放したのは私怨による部分が大きかった。
「……カインは俺たちより遙かに弱い」
勇者ハーゲンは不機嫌そうに言った。
「確かに俺たちと比べると弱い。だが、必要なのは奴の戦闘能力ではなくて、雑務処理の能力だ」
戦士グスタフが、ハーゲンの機嫌を損ねないように言葉を選びながら言う。
「そうそう、カインの戦闘能力はこの際除外して考えましょう~」
「そうだよなァ。カインに雑務を押しつける。そんな気分でいれば良いんじゃねェ?」
神官アリアと魔導師ベアトリスも、カインのプライドを傷つけないように言葉を選ぶ。
勇者ハーゲンは、またも沈黙して思案した。
(……くそっ! 仕方がない……)
不愉快だが、妥協してやるか。
ハーゲンはそう決意した。
「で、奴をどうやって戻す? どう説得するつもりだ?」
ハーゲンが尋ねる。
「確かにあれだけ罵倒しましたからね~。平民とはいえ、少しは傷ついたかも~」
「そうかもなァ、でも、平民は貴族に罵倒されるなんて慣れっこだろうよ。気にする必要はねェんじゃないか?」
神官アリアと魔導師ベアトリスは差別的な発言を当然のような顔でした。
貴族出身の彼女たちにとっては、平民とは貴族の理不尽な要求にも当然のように従うべき存在だった。
「心配は要らないだろう。俺たちは勇者ハーゲンのパーティーだ。いずれは魔王を倒し、人類を救う選ばれた存在だぞ? これからどれだけの栄光と富が手に入ると思う? その恩恵にあずかれる機会をカインが逃すと思うか?」
戦士グスタフが、自信に満ちた顔をする。
「なる程そうだな」
勇者ハーゲンは、頷いた。平民出のカインが、こんなチャンスを逃すわけがない、とハーゲンは思う。
「歴史に名を残せるチャンスですしね~」
「これだけの機会を逃すバカはいねェよなァ」
神官アリアと魔導師ベアトリスが、確信する。
平民出のカインが、歴史の名を残す英雄となれるかもしれないのだ。
そのチャンスをカインが逃す筈がない。
それが彼らの考えだった。
「良いだろう。もう一度カインにチャンスをやろう」
勇者ハーゲンは、不機嫌な声で言った。
金髪碧眼の勇者は、舌打ちした後に思う。
《まあ、いい。あいつがパーティーに戻ったら、奴隷のように酷使してやる》
ハーゲンはそう思う事で自らを慰めた。
翌日。
勇者ハーゲンのパーティーは、『疑心の迷宮』の探索を打ち切って、王都に向かった。
おそらくカインは王都で冒険者をしていると考えたのだ。
カインは故郷を滅ぼされた男だ。
故郷に帰れない以上、冒険者として仕事をしている可能性が高い。
そして、冒険者をするなら王都を拠点にするのが一番効率的に稼げる。
はたして、彼らの予想通り、カインは王都にいた。
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