第24話 勇者を殴る
「どうですか~、栄耀栄華は思いのままですよ~。平民が、『英雄』として崇められるチャンスです。逃す手はないでしょう~」
「もしかしたら、アンタも貴族になれるかもしれねェぞ? 平民でも魔王を倒せば伯爵くらいはなれるだろうよ。私たちと同じ貴族だぜェ?」
神官アリアと魔導師ベアトリスが、信じがたい言葉を口に出す。
貴族の階位なんて、俺は望んだ事は一度もない。
どうしてこいつらは自分の視点でしか物事を見られないんだ?
俺は溜息を出して首をふった。
そして、ハーゲンを真っ直ぐに見て、口を開く。
「……悪いが、俺は富貴や地位には興味がない。お前達のパーティーに戻るつもりはない」
「なっ!」
「馬鹿な! 断るというのか?」
ハーゲンが呻き、戦士グスタフが叫んだ。
神官アリアと魔導師ベアトリスも驚いている。
だんだん頭痛がしてきた。
こいつらは無知でも無教養でもない筈なのに、他人の心がまったく読めないようだ。
……まあ、仕方ないか。
ハーゲンたちは貴族出身で、他人に配慮したりする必要がまったくない境遇で育ってきたからな。
他人の心を推察する能力が、低いのかもしれない。
「なぜ、断る! 俺の命令を拒否するつもりか!」
勇者ハーゲンが怒号した。
俺があきれると、ルイズが俺をかばうようにしてハーゲンと対峙する。
「勇者ハーゲン殿! 貴方の言い様はあまりに無礼すぎます! カイン先生に謝罪して下さい!」
ルイズが、こんなに怒っているのを初めて見た。
「フシャー! ルイズの言うとおりだよ! 謝罪してよ、私は怒ったよ!」
フローラが、尻尾を逆立てる。
「無礼千万」
エルフリーデが、水色の瞳に怒りを浮かべる。
「無礼だと? 何が無礼だと言うんだ?」
勇者ハーゲンが、ルイズを睨む。
「理解できないのですか?」
ルイズの顔に呆れた表情が浮かぶ。
「普通の人は、こんな言い方をしないにゃー! 普通は謝るよ! カインに失礼な事をしたんだから謝罪してよ! カインを馬鹿にして、追放した事を先に謝って!」
フローラの紅茶色の髪が逆立つ。全身から怒りのオーラが出ている。
「無礼な上にバカすぎる」
エルフリーデが心底軽蔑した視線を放つ。
エルフリーデの言葉に、ハーゲンたちは激怒した。
「バカだと! この小娘!」
ハーゲンが、チンピラみたいなキレ方をした。
貴族出身の勇者様は、こんな風に面と向かって罵倒されたのは初めてだろうな。
「子供だと思ってつけあがりおって!」
戦士グスタフも、大人げなく怒鳴る。
まずい、場の空気がドンドン険悪になってくる。
「躾がなっていませんね~、勇者ハーゲンのパーティーにたいする不敬ですよ~」
神官アリアの目に殺意が宿る。
「おい、カイン。こいつはなんだァ? お前のツレなら礼儀くらいは教えておけや!」
魔導師ベアトリスが、顔を歪ませる。
ルイズが、凜とした声を出した。
「躾と礼儀がなっていないのは貴方たちです! 勇者ハーゲン殿。私は貴方に失望しました。いえ、心底軽蔑します。勇者ともあろうものが、ここまで品性下劣とは……」
「なんだと! 亜人ごときが!」
勇者ハーゲンが怒り狂い、ルイズにむかって拳を繰り出した。
ルイズの顔面を殴る気だ。
バシィっ!
という音が響いた。
俺が、勇者ハーゲンの拳を手で受け止めた音だ。
「おい! 命令だ! 離せカイ、ぶぎゃ!」
勇者ハーゲンが、言い終わる前に、俺は右拳をハーゲンの顔面に叩き込んだ。
猫神族の能力と
怒りが俺の内側から燃え上がる。
こいつ、……こともあろうにルイズを殴ろうとしやがった!
「カイン、貴様!」
戦士グスタフが、後方に飛ぶ。
神官アリアと魔導師ベアトリスも後方に飛んだ。
同時に俺たちも後方に跳躍していた。
戦闘態勢に入る為に、双方が間合いを取る為に後方に跳躍したのだ。
全員が武器を構える。
「決闘だ。勇者ハーゲン一行! ルイズに対して暴力を振るおうとした事を謝罪してもらおう!」
俺はロングソードを構えた。
ここまで怒りを感じたのは生まれて初めてだ。
ルイズに謝らせないと気が治まらない!
「正気か、カイン?」
戦士グスタフが、巨大な棍棒を構える。
「貴方ごときが私達に勝てるとでも~」
神官アリアの面頬が殺意で歪む。
「殺してやるぜェ」
魔導師ベアトリスが、チンピラそのものの台詞を吐く。
「ルイズ、フローラ、エルフリーデ、お前たちは下がってろ! これは俺の闘いだ」
俺が言うと、ルイズが剣を構えて俺の隣に並ぶ。
「先生! 私達も闘います!」
「当然、私も闘うにゃ!」
「最初から、こうすれば良かった」
フローラとエルフリーデが、怒りの視線を勇者ハーゲンたちにむける。
戦闘が開始された。
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