第52話
「父上、母上! ただいま戻りました!!」
「トリストン……! 無事だったのね!」
玄関ホールではティーナの両親を筆頭に使用人たちがトリストンを出迎える。俺たちは事情を話す機会を伺っていた。
「ご心配をお掛けして申し訳ありません。しかし大切なご報告があります」
「なんだ、申してみよ」
「私が魔物を追ってると突如黒いバケモノに襲われ、兵を失い戦力を失くした私は一人隠れるほかありませんでした。それを計画したのがティーナとあやつらだったのです!」
…………? 何言ってんのこいつ。
「お兄様! いくら己の失態を隠すためとはいえ、あらぬ疑いを掛けるなど酷すぎます!」
「黙れ! お前はファーデン家の者らと共にこの家を乗っ取ろうとしているのだろう!」
二人が言い争っているとティーナの父が割って入る。
「トリストン落ち着きなさい。ティーナ……やはり、お前は我々を恨んでいるのだな? 己だけが有用なスキルを得られなかったのは我々が悪いのだと……」
「ッ!? お、お父様、私はそんなこと一言も!」
「あなたは育ててもらった恩も忘れてしまったの? あぁ……どうしてこんなことに……」
「母上、お気を確かに! 私が必ずやレブラント家を守ってみせます!」
な、何なんだこの家族は……本当にティーナの家族なのか……?
「ちょっと待て、俺たちは捜索に行けって言われたから来たんだぞ。それまでこの家とは一切接点がないのにおかしいだろ」
「どうせティーナに金で雇われたのであろう、ファーデンの犬め!」
「ワン!!」
アンジェロ、お前のことじゃないぞ。しかし参ったな、こうも話が通じないとは――。
一芝居を見せられていると後ろからエレナさんがやってきた。
「お嬢様、用事が終わったらすぐ戻るようにと言ったでしょう」
「エレナ、どうしてここに?」
「人の噂とは早いのです。トリストン様がお戻りになられたと耳にし駆けつけました」
エレナさんはティーナとトリストンたちの間に立つ。
「使用人がでしゃばるとは何事だ! ファーデン家は揃いも揃って――」
「あなたこそ無礼ですよ。お嬢様は現在子爵位を授かる身、男爵位であるあなたがそのような態度をとられていられるのも、お嬢様の慈悲があってのことなのです」
口が開いたままのトリストンを筆頭にレブラント家の面々がティーナをみる。
「う、嘘をつくな!! こいつが職位を得るなど」
「トリストン様、ここは穏便に済ませたほうが……。この度は、大変ご迷惑をお掛け致しました。変わってこの通り謝罪致します」
やってきたハリスが深く頭を下げる。
「貴様、この私を侮辱するつもりか!!」
トリストンはハリスを突き飛ばす。
「ハリス……! 大丈夫ですか!?」
ティーナがハリスに駆け寄るとエレナさんがトリストンを睨んだ。
「あなたはご自分のなさってることをご理解しているのですか? 使用人というのは家に仕える者、家の主であるあなたのご両親に仕えているのであって、あなた自身ではないのです」
「ふん! 父上たちは多忙だから私が代わって教育をしてやっているのだ」
「……エレナさん、こいつには何を言っても無駄なようだ」
本っ当に師匠たちを連れてこなくてよかったよ。
「ティーナ、覚悟を決めろ」
ティーナはギュッと口を結び立ち上がり、エレナさんの隣へ立つと手紙を取り出す。
「此度の件について――我らファーデン家としては許し難いものであるが、ご子息の安否、そしてティーナ嬢の願いを尊重し一度だけ手を貸すことを許した。ただし、これを最後としこれ以上我らに対する誹謗を行うのであれば、レブラント家との縁を切らせて頂く」
読み終えるとティーナはトリストンへ手紙を突き出した。
「――な、なんだこんなもの! やはりお前が……!」
ティーナに対しトリストンが振り上げた手を俺は掴む。
「そういえば薬の代金をまだもらってなかったな」
「ぶへあッ!!」
そこそこ軽く殴ってやったつもりがトリストンは大袈裟に転がっていく。
「これで薬の分はチャラにしてやる。治してほしかったら【カルサス】の聖人を尋ねな」
大騒ぎでトリストンに駆けつけるレブラント家を尻目に俺はハリスに薬を出す。
「これは騒がせたお詫びです。ついでにもう一つ、【カルサス】の教会裏に住んでる知り合いが使いを募集している。あなたが良ければそこへ行ってみるのもありだろう」
「あ、あなたは……」
俺は笑顔を返すとティーナたちと屋敷を出た。
「いやースッキリしたな!」
「まったく、もう少し穏便に済ませることはできなかったのですか」
そういうがエレナさんの顔は笑顔だ。
「正当防衛ってヤツだよ。大事なファーデン家の令嬢に傷をつけるわけにはいかないからな」
「二人共そんなこといって笑ってるじゃないですか……。でも、本当にありがとうございました」
ティーナは立ち止まって礼を言った。
「今まで私がみてきた家族は大きく畏怖すべきものでした。そんな私をいつも守ってくれたのはエレナとハリスだけ……しかし、やっと向き合うことができました。いくら立場があるとしても同じ人間、小さなものだったんだなと」
ティーナは自信に満ちた声でそういうと改めて礼を言う。
「俺たちは手助けをしただけだからな。成長しようと足掻いたのはティーナ自身の力さ」
「お嬢様のお転婆も無駄ではなかったということですね。苦労が報われたような気がします」
エレナさんは涙を拭く素振りをした。
「ちょ、ちょっとエレナ! それは今関係ないでしょー!!」
ティーナが逃げたエレナさんを追い掛ける。
「……少し、休んでから話を聞いてもいいか?」
「はい、もちろん。いつでもよろしいですよ」
俺の言葉にニエはいつものように笑顔で応えた。
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