第53話

 宿で一晩過ごし落ち着きを取り戻した俺たちは部屋に集まっていた。


「それで、何をどうしたらあんな血だらけになるんですか。いくら怪我をしたといっても平然とされていては私のほうが参ってしまいます」


 エレナさんは以前着ていた服に着替えている俺とニエをみる。


 汚れが目立つからと、念には念を入れて着替えを詰め込んでおいてよかったぜ……。


「ちょっと色々あってね、それでティーナはどうする?」


「私も聞かせてもらいます。これからは少しでもリッツ様へ恩を返さねばなりませんから!」


 すっかり元気を取り戻したようにティーナは拳を握る。


「そんなに気負わなくていいのに……ま、ティーナが決めたのならそれがいいっか」


 俺はエレナさんに経緯を説明した。


 ――――


 ――


「信じられない部分もございますが今は疑っていても仕方ありませんね……。ただ、一つ気になるのはなぜリッツ様だけが攻撃され、お嬢様やニエさんは無事で済んだのでしょうか」


 そういえば……標的は俺自身だったってことか? でも恨まれるような覚えもないし……。


「少年はリッツさんが倒れたあと、ニエさんと何かを喋り去って行ったんです」


「……そのことも含め今からお話になるということですね」


 エレナさんもどうにか理解はしてくれたみたいだな。


「ニエ、それじゃあ話を聞かせてくれ」


「はい、私たち一族は遥か昔より神獣と共に生活をしておりました」


 そういって静かにニエは語り始める。


 一族には古来より言い伝えがありました――遥か昔、この大地は穢れに覆われ混沌とした世界が広がっており、それをみた神様が聖域に一つの植物を植えると穢れは浄化され世界には平穏が訪れた。その後、神様は穢れが出ないよう神獣を創り力を持つ人間と共にその植物を護る使命を与えた。


「――あくまで言い伝えですので、どこまでが真実であるか定かではありませんが私はそう言い聞かされてきました」


 ニエが話を区切ると俺はティーナたちと顔を合わせた。


「……な、なんか、お伽話のようだな」


「わ、私も頭が混乱しそうです……」


「さすがに理解の範疇を越えてしまってますが……その一族であるはずのニエさんが、なぜリッツさんと一緒にいるのでしょうか?」


「そ、そうだよ。俺は間違っても一族なんかじゃないしアンジェロ――神獣と出会ったのだって国を追放されてから初めてなんだぞ」


「使命というのは生まれたときすでに決まっているものです。しかし、運命というのは選択によって変化する――ならば、使命を持ったままその対象を失った者はどうなるのでしょう」


 ニエは俺たちに問うと静かに微笑んだ。


「対象がなくなるなら使命だってなくなるんじゃないでしょうか……?」


 ティーナが恐る恐る答え合わせをするように言うとエレナさんが何かに気付く。


「もしかして、ニエさんの使命はまだ続いているのでは? そうでなければリッツさんをわざわざ探す理由がありません」


「でも、それならさっきも言ったように神獣は俺じゃなくニエを選ぶべきじゃ」


 俺はそのときニエが今まで言ってきた言葉とあの少年が繋がるのを感じた。


 神獣に選ばれし者、力を持つ人間、穢れ……そして、選択。


「まさか……あのときの少年はニエと同じ一族……そして、共にいたのは――」


「その通りです」


 俺が理解したことをわかったのかニエは頷く。


「あの、どういうことでしょうか?」


「ティーナ、俺を攻撃してきた少年がいただろ。あいつが連れていたのはおそらく神獣だ。そしてあの少年はニエと同じ一族であり神獣に選ばれた一人、だがあいつらの異様な姿――あれは穢れだったんだ」


「まさか、守っていた植物に何かしたってことですか?」


「あぁ、だけどあいつは俺だけを狙ってきた。同じ神獣に選ばれた俺を襲ったのだとしたら……たぶんだが、まだ植物を守護する使命は続いているんだ」


「ですがそれならばなぜニエさんを……まさか、ニエさんでは力が足りないと!?」


 神獣は一族から選ばなかったんじゃない、選べなかったんだ。


「皆様の考える通りです。私が生まれたときに持っていた使命はすでに決まっておりました。それは、過去にあった呪縛を解き世界を導く者を探し見届けること。そして私が持つスキルは『予知夢』、一族では神の啓示と言われています」


 まさかそんなスキルが存在していたなんて……。


「私がみる未来は選べるわけではありません。勝手気ままに現れそこに私を導くのみ。できることはあくまでもリッツ様と世界を見届けるだけ、それが私の使命なのです」


「気になるんだが、未来を知ることができるならそれを変えることもできるんじゃないのか」


 そのとき、ほんの僅かだがニエの表情が曇る。


「……私の両親が亡くなるとき足掻いたことがあります。しかし叶うことはなく……私自身ではどうすることもできないのだと思います。ですが、リッツ様が未来を知ったとき万が一変化が起きたら――助かるはずの未来が消えたらと思い、今まで黙っておりました」


 ニエはいつの間にか笑顔に戻っていたが、俺たちは誰一人口を開かなかった。……開けなかった。

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