第17話

 教会地下、真っ暗な部屋に木箱がいくつか置いてあり壁には布が掛けられてある。


「これを持っててくれ」


 シリウスは俺に灯りを渡すと壁にかけてあった布をどかした。


「なんだこれは……」


「よくみると文字が書いてあるようにもみえますが……」


 石板にも見えるそれは周りの壁よりもボロボロだった。


「これは父が死の間際、決して他人に見せてはならないといって残したモノだ。そして私の予想だが、父はこれを見つけたから殺されたのではないかと思っている」


「ちょ、ちょっと待て! そんなヤバいものを俺たちに見せるなんて何を考えてるんだ!?」


「さっきも言っただろう、君に関わることかもしれないと」


 シリウスは俺から灯りを受け取ると壁を照らした。


『エリク…ー…を得た者は不……死……』


「まさか…………そんな……ありえない……!」


 茫然とする俺の横でティーナがシリウスに確認する。


「こ、これって、エリクサーを得た者は不死になるってことでしょうか?」


「このメッセージが本当であればそういうことになるな」


「ですがリッツさんは、エリクサーはただの回復薬だとおっしゃってたはず……」


 エレナさんが疑問を投げかけるように言うとティーナが慌てる。


「シリウス様、リッツさんは嘘など言っておりません! これは何かの間違いです!」


「わかっている。だが一つだけ聞きたいことがある。なぜお主はあの場で嘘をついた?」


「な、なんのことだ……」


 まさかこいつも疑っていたのか……?


「お主が説明したスキルやエリクサーに関しては真実であるということは知っている。だが一つだけ……本来であれば見逃すところだが事が事だ。話してもらうぞ」


「なんのことをだよ。俺は嘘なんて言ってないぞ?」


「ほう、よほど庇う事情があるみたいだな。せっかくだから教えてやろう、私のスキルは『真実の瞳』。問いかけに答えた相手の真偽をよむことができるんだよ」


 嘘が見破れるなんてすごいスキルだなぁ。でもなんでそれが俺に反応したんだ……。


「あぁ!? まさか――」


 俺は咄嗟にティーナを見るとシリウスは不敵な笑みをこぼした。


「どうやら思い出したようだな。そう、お主はティーナ嬢が疫病を治すため人を探していたと言っていた。なぜそのような嘘をついたのか、説明してもらうぞ」


 あちゃーまさかこんなところでバレちゃうとはなー……。


「お嬢様、いったいどういうことですか?」


 ティーナはどんどん顔が青ざめ、俺はティーナの前へ庇うように立つ。


「俺が説明するからティーナを責めないでくれ。彼女がみんなのために尽くしたというのは本当のことだからな」


 俺はシリウスとエレナさんにティーナが疫病に怯え逃げたということと、その先で俺と出会ったということを説明した。


「――なるほど、嘘は言っていないようだな」


「お嬢様、どうしてそのようなことを……」


「ごめんなさい……あの、リッツさんは悪くないんです。私がリッツさんにそう言ってとお願いしたんです! だから罰するのであれば私一人を……!」


「落ち着けティーナ。これは俺が勝手にやったことだ。そんで、俺はなんの罪になるんだ?」


 今にも泣き出しそうなティーナの肩をエレナさんが心配そうに手で触れると俺をみる。


 なんであんたまでそんな顔をしてるんだよ。さすがにこれ以上ボロは出さないって。


「なんだって受けてやるからティーナだけは見逃してやってくれよ。街を救うために頑張ったのは事実だからな」


 シリウスは俺たちを見ると小さくため息を零した。


「逃げ出した少女が国のために舞い戻り、聖人と共に国を救った――そんな事実が民衆に知れてみろ。今度は彼女が聖女だと持ち上げられるぞ」


 シリウスはやれやれといった様子で両手を挙げる。


「そもそもだ、私がここまでして知りたかった理由は疫病に関する犯人に繋がりがあると思ったからだ。誰かが何か弱みを握られている可能性だってあったからな」


「……そっ、それじゃあリッツさんは!?」


「彼は無罪放免、これまで通り聖人を謳歌してもらって構わないよ」


「俺は普通の人で十分だっての!」


 安心した俺とは別に、ティーナは皮肉の利いたその言葉で一気に泣き出した。


「リッヅさぁ”あ”あん! よ”がったあああああああ!」


「シリウス様、本当にありがとうございます……っ」


 ティーナをあやしているとエレナさんは深々とお辞儀した。


「さて、そろそろ戻るとしよう。まだ犯人の動機が分からない以上、この秘密は絶対に他言しないと誓ってくれ」


「あぁ、俺たちも何かわかったらすぐに知らせるよ」


「それじゃあ、あとのことは頼んだよ。このまま令嬢が泣いたままじゃ悪漢と思われて衛兵を呼ばれかねないからね。さすがにそのときは私も君を裁くほかないから注意して帰ってくれ」


 ちょ、こいつまじかよ!


 教会から出ると俺はすぐにティーナの目を確認した。


「ん~……ちょっと赤いか?」


 ジッと見つめるが暗くてあまりわからない。


「あ、あの、私は大丈夫ですから!」


「うぅん……赤くなった目を治す薬なんてわからないし……いっそエリクサーを使うか」


 エリクサーを出そうとした俺にエレナさんが近寄る。


「リッツさん、涙で目が赤くなるのは傷や病気ではないので効かないのでは? 水の入った瓶をください。冷やせばいくらかマシになるでしょう。あとは花を見て感動のあまり泣いてしまったといえばどうにかなります。お嬢様の演技力に期待しましょう」


「も、もう! エレナだって泣いてたじゃない!」


「なんのことでしょう? お嬢様、淑女というのは涙を容易にみせてはいけないのですよ」


 後日、すっかり調子を取り戻した俺たちの耳に別の村で疫病が発生したと報せが入った。

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