December shampoo
國﨑本井
あなたに好かれる人形になりたかった。
部屋の端っこにしわくしゃで真っ白なシャツがかけられている。
四畳半ほどのやけに壁の白い部屋だ。広さの割に天井が高く、窓が大きい。
今日はよく晴れているのだろう。開くことのない窓からは、もう風の温度はわからない。だが、レースカーテン越しの光はいつもより明く感じる。シャツのシワに光が反射して僕の目を刺している。
光はそのまま喉を通り体内を侵食して心臓さえも質素に貫いてしまう。
不思議なことに、20cmほど離してかけられた学ランのズボンだって、しわくちゃなくせに汚れはひとつも見当たらない。有彩色の幸せが白く部屋に飽和する。きっとこの白さに呪いをかけられたのだ。僕は呪縛を解くつもりもないみたいに、ずっとこうして倒れたまま。朝になっても夜が来ても、この部屋はこうして白いままで僕を許す。だから僕もこの空間に甘える。あぁ、なんて幸せなのだろう。僕は今人形みたいだ。
でも、ここに貴方はいない
僕がこの空間に来る前、最後の記憶は16になった夜だった。
布団に入ってそこまで。それ以降僕はこの空間にいる。少しの明るさの変化以外にこの部屋の状態は何一つ変わっていない。
僕の姿勢も爪の形も前髪の長さも。体感が正しければ3年はとうにすぎた。だが僕はきっと今日も16だ。
眠くなくお腹も空かなければ脈も感じない。まるで人間じゃないみたいなのだ。いや生物ですらなく生きていない。ねぇ、聞いてくれ。僕は今幸せを噛み締めている。こんな嬉しいことは無いじゃないか。だって僕は生きていないのだ。こんなに心踊ることが他にあるか。後どのくらいこうしていられるのだろうか。息をすることすらままならない無力さがこんなに心地よいのだ。
生きているのはあんまり好きではなかった。
僕はいつも暗いところにいた。押し入れの中とか。暗いところに。明るいところは落ち着かないから、別にそれでよかった。でも少し寂しかった。
嫌なことすべて自分が抑え込めば解決することだ。なのに何故か僕はとても弱いようで、そんな事すらままならない。頻繁にパニックを起こし自分が壊れていくのを感じる。どうすればいいのか分からなくなった時、決まって薬を渡される。そんなもので抑えきれるのなら僕はどれほど楽に生きられたのだろう。だがそんな考えなど虚しく叶うはずもなかった。薬なんかで僕が壊れていくのを止めることなど、出来ない。
そんな物で僕を操ろうとするのですか?やはり僕は要らないものなのですか?それならばなぜ捨ててくれないのですか?僕が言葉を話すからですか?僕がお腹を空かせるからですか?僕に体温があるからですか?僕が中途半端に何かを出来てしまうから、あなたを傷つけてしまうのですか?あなたに迷惑をかけてしまうのですか?僕がもし何も出来なかったら、僕がもし生きていなかったら、
あなたは僕を嫌いじゃなくなってくれますか?
僕が生きてなかったらきっとあなたをこんなに苦しませる事なんてなかった。僕が人間じゃなかったら、感情がなければ、動けなければ声が出なければ。
僕が生きていなければきっとあなたは幸せだった。
僕の夢はね、僕が死んで人じゃなくなって、幸せになった貴方のことを幽霊になって見守ることだった。ねぇ僕もう生きていないよ。あなたに迷惑かけることも無くなった。喜んでくれたかな。ほんの少しくらい、僕も役に立てたかな。
でもね、ここは知らない場所だった。貴方はいないんだね。
僕の夢は叶わなかったんだ。できたら幸せそうな顔を見たかったな。
「ヘラヘラしてて気持ち悪い。」ちゃんとね僕笑わなくなっよ。
「大きな声出さないで頭痛くなる」僕ねもう声出なくなったんだ。大丈夫だよ。
「うろうろしないで」あのね、僕動けなくなった。もうウロウロしないから、安心して。
「なんでいきてるの?」遅くなっちゃてごめんね。もう生きてないから大丈夫。
「ごめんなさい、あなたがいちばん大切なの許して。」大丈夫。ちゃんとわかってるよ。
「あんたなんか、産まなきゃ良かった。」ごめんね。もう僕はいなくなったから、もう幸せになって?ごめんね、
ほんとにごめんね、
母さん。
ずっとずっと思ってた。どうせなら死んでしまいたいって。僕がいなくなればなればきっと貴方は幸せになれるから。
やっと叶ったんだ。
ねぇ、こんなに幸せなことはないだろう。
December shampoo 國﨑本井 @kunisaki1374
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