15.同人誌みたいな逸話ってあるんだよ【5】

 前回の北欧神話はいかがだったでしょうか。古今東西、男性が女性に扮する英雄の逸話というのは多いものです。

 今回は私の本命インドから女装繋がりで逸話を持ってきましょう。女装までの下りが長いですが、なかなか面白かったりします。


〈嫁に変装してセクハラ将軍を肉団子にした男〉

 なんじゃそりゃと思ったそこの貴方。ええ、私も未だに理解が追いつきません。ですがタイトルの通り、嫁に変装してセクハラ将軍を物理的に肉団子にした男の話です。

 出典はマハーバーラタから、この逸話の主人公はパーンダヴァ五王子の次男ビーマセーナです。

 ビーマは四人の兄弟と兄弟の妻(なんと五人で一人の妻を娶ってます)と一緒に訳あってマツヤ国という国で身分を隠して生活していました。五人は王宮でそれぞれ偽名を使って働き、(この時弟も女装してましたがそれはそれ)ビーマは料理人として働きます。

 さて問題は五人で娶った奥さんでした。彼女は生まれた瞬間から「多くのクシャトリヤ(戦士)から求められる女である」と言われたスーパー美女であり、ビーマの弟アルジュナがド天然発言したことにより五人の妻となった女性です。

 この妻もビーマ達と一緒にマツヤ国の王宮で身分を隠して生活していましたが、身分を隠したからといって奥さんの美貌が隠れるわけではありません。案の定マツヤ国の将軍キーチャカに見初められてしまいました。

 キーチャカは奥さんを口説きますが、奥さんは既に人妻ですからアタックをスルーし続けます。とうとうキーチャカは堪忍袋の尾が切れて公衆の面前で奥さんを殴りつけて罵倒してしまいました。

 これには「潜伏しなきゃ……」と耐えていた奥さんもブチギレ、まずは五人兄弟の長男に相談しますが、「今は耐え忍ぶ時」と取り合ってくれません(実際ここで身分がバレたら12年間人里から離れて暮らさなければならなかったので)。

 次に奥さんは2番目の夫、ビーマに相談しました。この男、温厚と称される五人兄弟の中では珍しく血の気が多く、逸話の中では切込隊長的なポジションです。

 ビーマは「了解、あとはまかせろ」とキーチャカへの報復を約束します。うん、約束されたね。

 ここからはビーマの独壇場です。妻へと扮し、真っ暗なキーチャカの部屋で寝台に乗ってキーチャカを待ちました。

 その後報復という名の暗殺は成功、キーチャカは目も当てられない姿へと成り果てます。

 さて、何が面白いって、このビーマという男「像一千頭分の怪力の持ち主」なんですよ(人間の中では規格外な怪力ですが、これでもマハーバーラタ内の怪力レートではまだまだ上がいます)。

 しかもムキムキに鍛えた成人男性。奥さんに扮しているものの、ゴリゴリの男性であることは隠しようがありません。しかも問題なのは、キーチャカは声をかけるだけでなくしっかり触って掴んでいるんです(上村版)。節穴にも程がある。

 これはキーチャカが節穴なのか、ビーマの女装スキルが高かったのか、奥さんがビーマに似た体型だったのか。暗かったという言い訳でキーチャカを擁護できません。

 前回の北欧だと神様的な力があったり、ヤマトタケルの神話だとまだ少年時代の逸話の可能性がありますし、アキレウスはがっつり少年時代の逸話です。

 でもこれは訳が違います。     なんです。(しかもムキムキに鍛えたツワモノです)

 当時のインド人がムッチムチの「うおでっか……」な女性が理想だったと思いましょう。そうでなければビーマが線の細い怪力になります。

 キーチャカは肉団子にされてもおかしくないのと、多分読者の方も読んだら「キモッ」が第一声になるほどのセクハラ発言しているので、気になる方はガングリ版を翻訳して読んで見てください。


 今回のお話はいかがだったでしょうか。実際に調べて楽しんでほしいので割とダイジェストにしかここでは語りませんが、気になった方は楽しく読んでみてください。

 因みに、マハーバーラタは紀元前2世紀から紀元後4世紀ごろに成立した長編叙事詩なため、様々なバージョンで存在します。



マハーバーラタ出版情報


日本語訳

・山際素男『マハーバーラタ』 三一書房(全9巻)、1991-98年

カルカッタ版を底本としたM. N. Duttの英訳からの重訳。全訳。

・上村勝彦『原典訳 マハーバーラタ』筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉(1〜8巻)、2002-05年

批判校訂版を底本とした逐語訳で一般読書者からも大いに受け入れられたが、訳者の急逝により第8巻の中途で未完(全11巻の予定だった)。第1巻に訳者による詳細な解説がある


英訳

・Kisari Mohan Ganguli, The Mahabharata of Krishna-Dwaipayana Vyasa. Munshiram Manoharlal Publishers Pvt. Ltd. 1883-1896.

ボンベイ版およびベンガル版を底本とした全訳(以下のウェブサイトで閲覧可能)。

https://sacred-texts.com/hin/maha/

https://www.gutenberg.org/ebooks/15474

https://www.mahabharataonline.com/translation/

・J. A. B. van Buitenen, The Mahabharata. Vol. 1-3. The University Chicago Press. 1973-1978.

批判校訂版を底本とした英訳。未完。第1〜5巻まで。

https://press.uchicago.edu/ucp/books/book/chicago/M/bo5948252.html

・James L. Fitzgerald, The Mahabharata. Vol. 7. Chicago: The University Chicago Press. 2003.

上記のvan Buitenenの英訳の続き。第11巻〜12巻の途中までを含む。

https://press.uchicago.edu/ucp/books/book/chicago/M/bo3627675.html

・Clay Sanskrit Libraryのシリーズ

ボンベイ版を底本とした英訳。テキスト付き。

https://claysanskritlibrary.org/volumes/about-mahabharata/

・Bibek Debroy, The Mahabharata, Vol. 1-10. Penguin Books. 2010-2014.

批判校訂版を底本とした全訳。

https://penguin.co.in/book/the-mahabharata-box-set/


概要本

・C・ラージャーゴーパーラーチャリ『マハーバーラタ』全3巻、奈良毅・田中嫺玉訳、第三文明社〈第三文明選書〉、新版2017年

・マーガレット・シンプソン『マハーバーラタ戦記 - 賢者は呪い、神の子は戦う』PHP研究所、2002年

編著で概要書中で通俗的だが、最も平易でまた入手しやすい。菜畑めぶき訳

・池田運訳『マハバーラト』全4巻、講談社出版サービスセンター、2006-2009年(自費出版)

・デーヴァダッタ・パトナーヤク文・画、沖田瑞穂監訳・村上彩訳『インド神話物語マハーバーラタ』上・下、原書房、2019年


論考書籍

・上村勝彦 『インド神話 - マハーバーラタの神々』 東京書籍、1981年、ちくま学芸文庫、2003年

・ドゥ・ヨング 『インド文化研究史論集 欧米のマハーバーラタと仏教の研究』 塚本啓祥訳、平楽寺書店、1986年

・前川輝光 『マハーバーラタの世界』 めこん、2006年

・沖田瑞穂 『マハーバーラタの神話学』 弘文堂、2008年

・沖田瑞穂 『マハーバーラタ入門―インド神話の世界』 勉誠出版、2019年

・沖田瑞穂 『マハーバーラタ、聖性と戦闘と豊穣』 みずき書林、2020年

・サティヤ・サイ・ババ『バガヴァタ ヴァーヒニ - クリシュナの奇蹟』サティヤサイ出版協会。ISBN 978-4916138620

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