第104話 アレンの隣の部屋
アビスが魔界に戻ってから十日くらいしたある日の昼下がり。突然アビスが我が家に遊びに来た。
「来ちゃった」
「え、来ちゃった。って早くない? まだ暫く会えないんじゃなかったのか?」
魔力量の関係もあって、人間界と魔界を転移するには制限があるらしい。次アビスに会えるのは三ヶ月後くらいかと思っていた。
「アレンが呼び出してくれたんだ。嫌だった?」
「嬉しいよ。ただ、驚いただけ」
まさか、あのアレンがアビスを召喚するとは思わなかった。
「まぁ、とりあえず座りなよ」
アビスが座るとルイが紅茶をカップに注いだ。
「こちらのお茶がお口に合うと宜しいのですが」
「人間界のは魔界のより美味しいから大丈夫。ね、クライヴ」
「あ、うん……そうかも」
魔界にいる間あえて口には出さなかったが、魔界の飲み物は不味い。飲む物がそれしかないので飲むが、好き好んで飲みたいとは思わない。
しかも、初めは薄茶色なのに飲み始めたら紫に変色し、飲み終わる頃には毒々しい色に変わっている。怖いのでその詳細は聞いていない。
「でも何で呼び出されたんだ?」
「魔界にいる間のクライヴの様子が知りたいんだって。記憶が鮮明な内にって」
「へぇ。何の為だろ。俺に直接聞けば良いのに」
「自分じゃ分からないからじゃない?」
確かに、自分で話す内容と他者が話す内容では多少の誤差が出てくる。王子として魔界との国交の為に動いているらしいので、様々な情報が必要なのだろう。
さすがアレンだな。と感心していると、アビスが胸ポケットから懐中時計を取り出した。
「これアレンがくれたんだ」
「へー。仲良いんだな」
アビスから懐中時計を手渡されたので見てみると、高そうな装飾が施されている何の変哲もない懐中時計。
「蓋の裏、開けてみて」
「これ開くのか」
よく見ると蓋の部分が二重構造になっている。
言われた通り開いて見ると……。
「マジか……」
「アレンって絵も描けるんだね。その時の表情とか伝えるとあっという間に完成するんだ」
「まさか……俺の様子ってこういうこと?」
「うん。髪の毛の流れ具合とかも聞かれたよ」
「すぐ捨てろ。今すぐ捨てろ! 何ならここで叩き割ってやろう!」
俺が懐中時計を床に投げつけようとすると、アビスに懐中時計を取り上げられた。
「アレンに怒られちゃうよ」
懐中時計の中にあったのは俺の肖像画だった。それも、手のひらサイズのさほど大きくもない枠の中に、クライヴとクララの二人分が描かれている。しかも滅茶苦茶上手い。
百歩譲ってクララならまだ良い。普通に可愛いから。だが、クライヴなんてただのモブ顔だ。こんなのが懐中時計の中に? 誰かに見られたら、それこそただの恥晒しだ。
「他にも沢山あったけど、どれもプロ並みに上手かったよ」
化粧もプロ並みだからな。あり得る話だ。
聞きたくはないが、俺は恐る恐る聞いてみた。
「ちなみに……?」
「このくらいの小さいサイズから壁かけサイズのもの、実寸大のもあったかな。部屋中クライヴだらけだったよ」
「マジか……いや、でもアレンの部屋にはそんなもの何も無かったぞ。とてもシンプルだった」
「ああ、きっとその隣の部屋だよ。アレンがウィッグを洗う姿なんて、正に天女の羽衣でも洗っているかのようだったよ」
あのウィッグ洗ってたのか。しかもアレン直々に。どうりでいつも良い香りがふわっとするわけだ。
「って、納得している場合じゃない! 即刻抗議しに行こう!」
「何を抗議しに行くんだ? 俺も付いて行こうか?」
「うわッ! アレン様」
突如アレンが現れた。しかも至極ご機嫌だ。
「さっきの完成したの?」
「ああ、おかげでな。見にくるか?」
「うん、行く行く!」
アビスとアレンの関係性は良さそうだ。そこはホッとしたが、果たして何が完成したのだろうか。そして、肖像画について抗議しなければ。
「あの、アレン様……?」
「ん?」
何で今日に限ってそんな超絶スマイルなんだ。言いにくい。言いにくいが言わなければ……。
「肖像画の件なんですが……」
「ああ、アビスに見せてもらったのか。中々上手いだろう?」
「はい。とても……じゃなくて、酷いじゃないですか! 勝手に俺の絵なんて描いて」
「悪かったな。そんなに怒るなよ」
アレンが俺の頭をよしよしと撫でながら、ポケットから何か取り出した。
「アビスのはお試しで描いたやつなんだ。ちゃんとお前の分もあるから、そうむくれるな」
「は?」
アビスのより更に装飾が煌びやかな懐中時計を手渡された。
「ちなみに、お前のは俺とお揃いだ。嬉しいだろう? これならフィオナにもバレないしな。機嫌直ったか?」
「はは……」
何から突っ込めば良いのか分からない。しかも自分の肖像画を持ち歩くなんて自意識過剰にも程がある。
「ほら、開けてみろ」
アレンに促され、恐る恐る懐中時計を開いて見た。半分開いた所でパタンと閉じた。
「何で閉じるんだ? 気に入らなかったか?」
「いや、気に入るとかじゃなくって、これ何なんですか!?」
「自分で自分を描くのは難しいんだ。許せ」
「いや、絵は物凄い上手いですよ! じゃなくて、この背景……」
いや、でもアレンが恥ずかしがりもせずに話しているということは、さっきのは見間違いかもしれない。そう思って恐る恐るもう一度懐中時計の蓋を開いて見た。
「う……」
やはり先程のは見間違いではなかったようだ。右斜め下にニコリと微笑みかけるアレンの姿が描かれている。そして肝心なのはその上。まるで映画のポスターのように、クララ姿の俺とアレンのキスシーンが描かれている。
絵はとてつもなく上手い。だが、アレンは自分のキスシーンを客観的に見るわけでもないのにどうやって描くんだ。
「お前が狂おしい程に求めてくれたことがあっただろ? あの時、互いの姿が鏡にしっかり写っていたからな」
「な、また心の声を……」
「クライヴ、そんな大胆だったんだ」
アビスが顔を赤くして俺から目線を逸らした。
「アビス、違うから。あれは媚薬で……」
「媚薬? 媚薬まで使ってアレンとそういうことしたかったの?」
「アビス、誤解だから。そんなドン引かないでよ。アレン様も笑ってないで何とか言って下さいよ」
それから、アビスの誤解が解ける事は無かった。むしろアレンがアビスに有る事無い事……いや、有る事をアレンの都合の良いように解釈されて伝えられた。
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