番外編
第103話 アリスの恋
これは、私ことアリスがクリステルの洗脳から解けた頃の話——。
私は今、アルノルドとお菓子作りをしている。
「アルノルドは相変わらず上手よね」
「アリスは昔より下手になった?」
「うるさいわね」
そう、アルノルドは料理やお菓子作りが上手だ。お店が開ける程に。それに比べて私は……。
「マフィンなんて型に生地流し込んで焼くだけでしょ? なんでこんな歪な形になるのよ。しかも一緒に焼いたのに私のだけ焦げてるし」
私は一人文句を言っていると、アルノルドが屈託のない笑顔で言った。
「ある意味才能だよね。こういうのはアレンジ次第でどうにでもなるから大丈夫だよ」
「アルノルドはいつも私を見捨てないよね」
「ん? なに?」
「何でもない。どうやってアレンジするの?」
「えっとねー。これをこうやって————」
私はアルノルドに救われた。何か特別なことをしてくれたわけではないが、心が救われた。
——私はイケメンが苦手だと攻略対象を避けて歩き、アルノルドの好き好きアピールも鬱陶しく思っていた。
しかし、それで乙女ゲームは裏設定へと切り替わったと知りショックだった。私の行動でそんな大事になっていたなんて。
そんなことも知らずにクリステルから催眠をかけられた。そして私の行動、すなわちクライヴを攻略しようとしたことで、この世界で唯一の友人だったフィオナとスフィアを失った。
誰も私の周りにはいなくなった。それでも見捨てないでいてくれたのが幼馴染のアルノルド。
私にとっては一年にも満たない仲だが、そんなアルノルドだけは私のそばから離れなかった。催眠にかかっていた時もアルノルドのことだけは鮮明に覚えている。
『どうしちゃったの? アリス。最近変だよ?』
『こんな私なんて嫌いでしょ? 私の力は必要ないの。私なんていらない子だったのよ』
『誰がそんなこと言ったの? 僕は知ってるよ。アリスが周りの人達を笑顔にしてたこと。何より僕自身がアリスを必要としてるのに、そんなこと言わないで』
『こんなこと言う私なんて嫌いでしょ? もう関わらないで』
アルノルドは必死に私に訴えかけてくれたのに、私はアルノルドを突き放した。
それなのに、翌日には何事もなかったかのように私の元へやってくる。
『おはよう』
そうやって屈託のない笑顔を毎日私に向けてくれた。
そして私は気が付いた。『私を大切に想ってくれる人と生涯共にしたい』と。
それが恋心なのかは分からない。でも、付き合ってから好きになることだってある。だから私は決めた。アルノルドの好意を素直に受け取ろうと——。
「わぁ、すごいね。あんなヘンテコなマフィンがこんな可愛くなるんだね」
「アリスの方が可愛いけどね」
「ふふ。ありがとう」
笑顔で御礼を言った後、私はアルノルドにしっかりと向き直った。
「あのさ、アルノルド」
「なに? 改まっちゃって」
「いつもありがとう。ス……」
続きをアルノルドに制止させられた。
人差し指で唇をピッと塞いでくれたら格好良いのだが、相手はアルノルドだ。不器用に両手で完全に口を塞がれた。
「ご、ごめん。僕に言わせて」
アルノルドに解放され、アルノルドをじっと見つめた。するとアルノルドの顔はみるみる真っ赤になっていき、声が裏返りながら言った。
「ア、アリ、アリス。好きです。僕と結婚して下さい」
「アルノルド……。結婚はちょっと早いかな」
「駄目?」
「いずれね」
「絶対だよ! 約束!」
こうして、晴れて私とアルノルドは幼馴染から恋人へ昇格した。
◇◇◇◇
余談ではあるが、クライヴへの恋心はどうなったか知りたい人もいるかもしれないのでそちらの心情も——。
クライヴとフィオナの仲を知った私は、嫉妬にまみれていた。どうにかして二人の仲を切り裂くことはできないかと……。
考えてはいるが、実際に行動には移せなかった。元々私はそこまで人の不幸を喜べないから。
そんな折、クライヴとエリクに呼び出され、前世の記憶があることを知られてしまった。そして、好きだったクライヴも前世の記憶があるのだと。
そこで一気に恋心は冷めてしまった。だって、前世ではサラリーマンということは、完全に中身はオッサ……中年男性だ。
見た目は十代でも中身は中年男性。きっとエロいことしか考えていないはず。だから、義妹の超絶可愛いフィオナと付き合うだなんて発想になったに違いない。
知らなかったとは言え、裏設定になってしまったのは申し訳なく思う。しかし、クライヴを攻略できなくて私は心底安堵した。
まさか、アレンとも付き合うだなんて思ってもみなかったけれど、アレンは顔が良いから……。モブのくせに義妹に手を出した報いよね。三人で幸せそうなのが腹立つけれど。
そんなこんなで、失恋の傷も綺麗さっぱり消え、私はアルノルドとハッピーエンド。二度目の人生もこれからがスタートだ。
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