第97話 再会

「嫌だ。俺は帰らない。ここに残るんだ!」


「お義兄様! わたくしたちがどんな思いでここに来たか分かっていますの?」


「俺がどんな思いであの手紙を書いたか分かってるのか」


「お義兄様……」


 ――アビスは人間が魔王城を訪ねて来たと知って固まってしまった。声をかけても反応がないため、もう暫くカフェでのんびりすることにした。


 それから二時間が経過した。おもてなしも含め、そろそろ用件も済ませて帰っていることだろうと思い、黙ったままのアビスを連れて帰った。


 帰宅した王城は悲惨なことになっていた。


『何があったんだ……』


 壁は無数に穴が開き、照明は割れ、中は非常に荒れていた。瓦礫の間からひょこっとアビス母が現れた。


『あら、遅かったわね、お帰りなさい。見てよこれ。酷いと思わない?』


『あの、何があったんですか? まさか襲撃? 敵が潜んでいるのですか?』


 身構えて周囲をじーっと見ていると、アビス父が現れて言った。


『違う違う。僕がしっかり魔王をやったらさ、人間たちが驚いちゃって』


『父さんが怖がらせすぎだよー。僕の出番が無かったじゃないか』


『ごめんごめん』


 アビス兄にアビス父が怒られているこの状況は、もしかしなくとも怖い系のおもてなしが関わっているのだろう。再現されたら嫌なので、これ以上は聞かないでおこう。


『ところで、その人間は……?』


 恐怖で逃げたのだろうかと思った瞬間、後ろから抱きしめられた。それが誰だかはすぐに分かった。


『フィオナ』


『お義兄様!』


 そして、振り返るとアレンとアリスの姿もあった。


『迎えに来たぞ。クライヴ、帰ろう』


『アレン様……俺は帰りませんよ』


 俺はフィオナを離し、アビスを連れて部屋に戻った。そして、鍵を閉めて籠城し、今に至る――。


 扉の向こう側からはフィオナとアレン、アリスが俺を連れ帰るために一生懸命訴えかけている声がする。


 アビスが俺の顔を覗き込んで言った。


「クライヴ、良いの?」


「なにが?」


「……帰らなくて」


 アビスが俯くと、俺はその頭をクシャクシャと掻き回して言った。


「良いんだよ。俺の今の居場所はここだ」


「ごめ……」


「ありがとう」


「へ……?」


「ごめんじゃなくて、ありがとうって言って。謝罪ばかりされたら不愉快だって言っただろ」


「ごめ……ありがとう」


 アビスがそう言って微笑んだ。


「やっと笑ったな。アビス今日全然笑わないんだもん」


「そうかな」


「あれ? 外が静かになった」


 連れ帰るのを諦めたのだろうかと、扉の近くに行って耳を澄ませてみる。


 ドガンッ!!


「え……」


 目の前の扉が蹴破られ、俺は思い切り頭を打って気絶した。


◇◇◇◇


「アレン様、やりすぎですわよ」


「だって、こいつが籠城したりするから」


「だからって……」


 フィオナとアレンの言い合いで目が覚めた俺は、ベッドの中にいた。


「お義兄様! 大丈夫ですか?」


「すまん、まさか扉の前にいると思わなくて」


「打ち身は治癒魔法で治しておきましたので」


「うん、ありがとう」


 アリスにお礼を言って、キョロキョロ辺りを見渡すと扉の向こうからじっとこちらを心配そうに見つめるアビスの姿があった。


「お義兄様」


 フィオナが俺の手を取った。


「お義兄様のお気持ちは良く分かりましたわ。ですから、わたくし決めましたの。わたくしもこちらでお世話になることに致します」


「は?」


「そうすればずっとお義兄様と一緒にいられますもの」


 うっとりしているフィオナをヒョイッとよけて、次はアレンが口を開いた。


「その手があったのを忘れていた。俺もここに残ろう。フィオナを連れてきたのは失敗だったな。お前はフィオナがいるから俺を諦めたんだろう? せっかくフィオナと縁が切れていたというのに勿体無いことをしたな」


「えっと……」


「分かった、ちょっとあそこの悪魔にフィオナとアリスだけ人間界に送ってもらうよう脅し……頼んでくるから」


 アレンがニコニコしながらアビスに近付こうとすると、フィオナが怒りを露わにしながら言った。


「何をおっしゃっているのですか! それならアレン様が帰れば宜しいではないですか。わたくしは生涯お義兄様と一緒にいると誓ったのです」


「子供の戯言であろう。こちらは大人の付き合いをしているのだ。なぁ、クライヴ?」


「いや……」


 何をこの二人は喧嘩しているのだろうか。ポカンと見ていると、黙っていたアリスがアレンとフィオナの間に入って言った。


「私はこうなると思ったから付いてきたのよ」


「アリス?」


「あなた知っているの? フィオナもアレン様も幻術の中にあなたを引き込んで一生そこで暮らす気だったのよ。そんな二人が一緒に魔界なんて行ったら絶対人間界に連れ帰ることなんてすぐに諦めて残るって言うに決まっているわ」


「一生幻術の中……? いや、まさかそんな……」


 フィオナとアレンの顔を見ると、冗談だとは到底思えなかった。恐ろしい。考え方が恐ろしすぎる。俺はどこで義妹の育て方を間違えてしまったのだろうか。


 そんなことを考えていたら、アリスがアビスに声をかけた。


「あなたは何の目的であの人と一緒にいたいの?」


「いや、えっと……友達だから。離れたくない」


「分かったわ。少し魔王様とお話しできるかしら? 案内してくれると助かるわ」


「分かった」


 アビスはアリスの見た目の可憐さとは程遠い迫力に圧倒されていた。


 部屋から出る際、アリスは振り返って俺たちに念押しするように言った。


「私、魔王様とお話ししてきますから、三人とも逃げちゃ駄目よ」

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