第96話 予期せぬ来訪者

 俺が魔王城に住み始めて約一ヶ月が経った。


「至極平和だなぁ」


 思った以上に快適に過ごしていた。


 初めこそ故郷を思って、枕を濡らす日々が続いた。しかし、俺はふと気付いたのだ。


 物は考えようだ。一度目の人生は日本でサラリーマンとして。二度目の人生は悪役令嬢の兄として。そして、三度目の人生は魔王子の友人として。今回、三度目の転生だと思えば、これから何をしようかワクワクドキドキするというものだ。


「体調はもう良くなった? ごめんね」


「うん。すっかり」


 やはり魔素が多いというのは人間にはあまり宜しくないようで、先日寝込んでしまった。そんな俺にアビス父が人間界の空気を送り込む特殊な装置を用意してくれ、魔王城に設置してくれた。


「アビス、俺たち友達だろ?」


「うん」


「率直に言う。そんなに謝られると逆に不愉快だ」


「え……」


 俺が手紙を書いた日からアビスはよく謝るようになった。アビスは自分のせいで俺が無理矢理ここにいると思っている。


「俺は自分の意思でここを選んだの。アビスのせいじゃないから」


「でも……ごめん」


「ほらまた言った。元気になったし、今度どこか遊びに連れて行ってよ」


「うん。どこが良いかな。歌劇とか観に行く?」


「行きたい行きたい! 他にも魔界の露店とか練り歩きたい!」


 そう言うと、アビスが少し険しい顔をした。


「駄目だった?」


「いや、あそこは少し治安が悪いから……」


「そうなんだ」


「クライヴが喜びそうなプラン考えとくよ」


「うん、アビスとお出かけ楽しみだ」


 そう言うとアビスの険しい顔がみるみる笑顔になった。


◇◇◇◇


 夕食時。


 アビス父は以前は忙しいからとたまにしか帰ってこなかったようだが、俺が来てからは毎日一緒に食事をしている。そんなアビス父にアビスが言った。


「親父、別に無理して毎日帰ってこなくて良いんだぞ」


「お母さん、アビスの反抗期が始まったぞ。お祝いだ。お祝いをしよう!」


「あなた、落ち着いてください。いつでも出来るように準備は万全です」


 アビス母が手を叩くと、一瞬にして食べ物が豪華なものへと変わった。どういう仕組みなのだろうとお皿や食べ物を観察していると、アビス兄がそう言えば……と話し出した。


「最近、人間がここ魔王城を目指して村々を渡り歩いているらしいよ」


「へー、俺以外にも人間がいるんですね」


 どうやって来たんだろうと考えていると、アビスの顔が真っ青になった。


「アビス?」


「クライヴを連れ戻しに来たんじゃ……」


「ないない。だって手紙でちゃんとお別れしたし」


 今生の別れをしたのだ。皆頭が良いから俺の決意を無駄にはしないはず。それにあそこは乙女ゲームの世界、モブが一人いなくなったって困りはしない。晴れてハッピーエンドを迎えることだろう。


 俺が否定してもアビスの顔色は戻らない。そんなアビスにアビス兄が言った。


「アビス、そんな心配ならクライヴ君と隠れてなよ。全く関係ない人間なら用事を済ませたら帰るだろうし」


「うん……」


 アビス母がいつもの調子で話に参戦してきた。


「でもうちに来たらしっかりとおもてなししなくっちゃね。怖い系と楽しい系どっちが良いかしら? クライヴ君の時は急だったから何も用意できなかったけど、どう思う?」


「怖いとは……?」


「決まってるじゃない。思わず恐怖で帰っちゃうような感じよ。ふふ。どっちも面白いのよね」


 俺はおもてなしされなくて良かったと、心の底から安堵した。


◇◇◇◇


 翌日、俺とアビスは城下町に遊びに来ている。俺が遊びに連れて行ってと言ったのもあるが、昨日話していた人間を恐れて魔王城に少しでもいたくないらしい。


「アビス、まだ心配してるのか?」


「だって……」


「アビスの方が強いのに何でそんな弱腰なんだ? それに、お前そんな弱気な性格だったっけ?」


 アビスがバツが悪そうに言った。


「人間や格下の魔族にぺこぺこ出来ないだろ。外では何とか強そうな振りしてるんだよ」


「確かに、弱腰の魔王子様だったら誰も付き従わないか」


「でしょ? あのアレンとかいう奴の威圧は凄かったよ。力はオレが強いから勝てたけど、次からは力でねじ伏せられないから」


 どうしてだろうとアビスを見ると、照れたようにアビスが言った。


「約束しただろ。オレは誰かを守る時しかこの力を使わないって」


「そうだったな」


 約束をしっかり守ろうとしてくれている事が嬉しくて、ついニコニコしているとアビスがカフェを指差して言った。


「もう少しだけ、ね?」


「しょうがないなぁ」


 そろそろ帰ろうかと思っていたが、もう少し付き合うことにした。


「でも、昨日の今日じゃ噂の人間もまだ来ないと思うぞ」


 心配性のアビスにそう言うと、アビスは暫し悩んでから言った。


「明日はどこに行こうか」


「毎日出歩くつもりなのか」


 そう突っ込めばアビスが伏目がちに言った。


「嫌なのか……」


 うっ……。なんだこの色気は。


 いつもは横に並んで喋っているので気にならなかったが、対面でこの顔は反則だ。守りたくなる魔王子ナンバーワンだ。


 久々に阿呆なことを考えているとポワンと空中に液晶画面のようなものが現れた。そしてアビス母が映し出された。


『来たみたいよ! 例の人間。とりあえず私達だけで怖い系のおもてなししとくから、良い時間になったら帰って来なさいね』


 一方的にアビス母が言うと、映像はプツンと切れた。

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