第93話 回避、そして別れ
ところ変わって再び魔王城では。
俺はどうやら人類滅亡を回避できたようだ。
『クライヴが嫌ならやめても良いよ』
そう言ったアビスに再再確認してみた。
『何をやめるって?』
『人間界の侵略』
『本当に?』
『しつこいと、やめるのやめちゃうよ』
『ごめん、やめるのやめないで!』
こんなあっさりとやめてくれるなんて思ってもいなかったので、拍子抜けした。
アビス曰く、兄が優秀過ぎて比較されたアビスが臣下に唆さ……提案され、成果を出そうと勝手に企てたことなんだそう。そして、幸いな事に俺が嫌がるならそんな大それたこともやめてくれるらしい。
何にせよ回避できたので何よりだ。フィオナ達には会えないが、皆が幸せに暮らせるならそれで十分だ。でも回避できた事をどうやって伝えようか。
「アビス、一回だけで良いから実家に便りを出しても良い? そのまま来たから家族にも挨拶してないんだ」
「ああ、そっか。一回だけな。何回もやり取りされて帰りたくなったら困るから」
アビスは意外と心配性だ。フィオナや両親、友人達に会いたい気持ちはある。しかし、人間界への帰り方も知らない上に、俺一人の命で世界が平和なら俺はここから逃げようだなんて思わない。
そしてふと疑問が出て来たのでアビスに聞いてみた。
「人間界の侵略を取りやめた今となっては、俺は必要ないのでは?」
「え……。帰るなんて言わないよね? やっぱり侵略しようか」
「いやいや、帰らないから侵略しないで下さい。ただ、俺は何をすれば良いのかなって」
アビスは暫し考えた後に言った。
「別に何もしなくて良いけど……強いて言うなら、オレの話し相手かな」
「話し相手? でもこの顔で王子様となれば俺みたいな人間よりもっと優秀で最適な人がいるんじゃないのか?」
「怖がられるんだ……」
「は?」
「だから、怖がられるんだ。悪魔で、しかも魔王の子だから」
複雑な顔でアビスは続けて言った。
「魔界は弱い者は跪いて強い者に付き従う。人間だってオレが悪魔だと分かれば恐れ慄き、命乞いをする。オレは何もしてないのに。でもクライヴは違った」
「俺?」
「うん、クライヴは初めて会った時、オレが悪魔だと言っても怖がらなかったよね」
そうだったかな。でも普通に会話をしていたような気はする。
「初めてなんだ。家族以外の誰かと対等に話ができるのなんて」
なんだろう、この感じは以前にも味わったような気がする――。
『気を許せる友人が欲しかった』
そうだ、ステファンだ。権力とその美貌があるので、媚びへつらう者は多いが真の友人が出来ないと嘆いていた。アビスも同じなのかもしれない。三百年生きていても、いや三百年も生きているからこそ孤独なのかもしれない。
「俺で良ければ友達になってくれますか?」
そう言うと、アビスの顔がパァっと明るくなった。そして、感極まったアビスが抱きついて言った。
「本当に? 嬉しい。初めての友達、お祝いしないと! 何が食べたい? サラマンダーの肉? それとも……」
「アビス落ち着いて」
「ごめん、つい」
「アビス、友達にはなるけど一つお願いがある」
アビスはキョトンとした顔で俺をじっと見て、次の言葉を待っている。そんなアビスに真剣な面持ちで言った。
「アビスは余興だと言って、俺の大事な人達がたくさんいるのに魔物を放った」
「ごめん、オレは人を喜ばせる方法が分からない。強さを見せればクライヴが喜ぶと思った」
「俺の大切な人を傷つけたのはアビスだ。それは紛れもない事実」
「ごめん」
「それは何度謝られたって許せない」
「……」
「だけど、人は過去があるから未来を創れる。せっかくそんなに強い力があるんだ」
俺はアビスの手を握りながら続けた。
「この手で、もう二度と誰かを傷つけたりしないで。その力はアビスが大切に想う誰かを護る為に使って。約束できる?」
「うん」
俺はアビスの小指に自身の小指を絡めて言った。
「はい、指切り」
「指切り?」
「約束破ったら針千本飲むんだけど、アビスの場合は約束破ったら絶交な」
「え、そんなの嫌だ。絶対約束守る。悪魔は嘘吐かないし」
こうして俺には悪魔の友達が出来た。
◇◇◇◇
「便箋と封筒持って来たよ。こんな原始的なので本当に良いの?」
「うん。この方が後腐れがない」
アビスは約束通り、一度だけ便りを出す許可をくれた。
魔界には魔通信なるテレビ電話のようなものが存在するらしい。それで繋げば顔も見られるし話も出来るから要件が一気に済んで楽だからとアビスに勧められた。
しかし、顔を見ると帰りたくなってしまう。泣きたくなってしまう。俺の決心を揺るがせない為に手紙にしてもらった。
俺は筆を取って、元気なこと、侵略は回避できたこと、迎えにこなくて良いこと、思い浮かぶことを全て綴った。そして、お別れの挨拶を書いて封をした。
「これ、お願い」
「クライヴ、ごめんね」
俺はボロボロ泣いていた。子供のように涙が止まらない。これでもうみんなとも本当にお別れだ。そう思うと辛くて切なくて、どうしようもない気持ちになった。
そんな俺にアビスはただただ謝ってくれた。
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