第82話 重すぎる愛

※アレン視点です※


 クリステルの心の中では。


「まずいな。間に合わないかもしれない」


 ――俺はエリクにだけクリステルの心の中に入ることを伝えてレナの元を訪れた。クライヴは怒るだろうが、クリステルは俺の弟だ。他人に任せる訳にはいかない。


 冬休み中にかたを付けるつもりだったが、二人して王子が消えたら大問題になる。思いの外、根回しに時間がかかってしまった。


 そしていざクリステルの心の中に入ったのは良いが、思った以上に荒れ狂っていた。外見からは見当もつかない程に心は傷ついているようだ。


 それもそのはず、俺は側室の子でクリステルは正室の子。周りからの期待や責任、かかってくる重圧が違うのだ。クリステルは真面目だからそれを一身に受け止めて表に出さない。その反動がこれなのだろう。


『誰だよ。俺の大切な弟に催眠なんてかけやがって』


 俺は一人、誰に聞かせるわけでも無く呟いた。


 ここは心の中なので魔法も使えない。武器もない。ボロボロになりながら、何度も挫けそうになった。何処に向かえば良いのかも分からず、ただひたすら前に進んだ。


 昼なのか夜なのかも分からない。心の中と外の世界とでは時間の進む速さも違うらしい。ここでは数時間しか経っていないのに外では数日経っていたり、反対に何ヶ月も心の中にいるのに外では数時間しか経っていなかったりまちまちだそうだ。

 

 心身共に疲弊し、自分の心までボロボロになりそうだった。もうここで死んでしまいたいと思う程に。そんな時、何故か分からないが急に身体が軽くなり楽になることがある。温かい気持ちになった。再び頑張れる気がしてくる。


『あれは……』

 

 扉が一枚、薔薇の蔦のようなもので雁字搦めになっていた。その前に扉を守るようにして獅子が現れた。


『武器も魔法も使えないのにあれは反則だろ』


 そう呟きながらも、勢いをつけて走り、獅子の後ろに回って蹴りを入れた。獅子が唸りながら一瞬体勢をくずしたが、獅子はすぐに体勢を整えた。


 前から突っ込めば確実に手足を持っていかれる。ひたすら獅子の背後に回った。それを繰り返す内にやっとのことで勝った――。


「やっとここまで来れたのに……」


 獅子は倒したが、今度は雁字搦めになった蔦を扉から引き剥がさなければならない。これが中々に難しい。そして、ここに来てから既にかなりの時間が経っている。時間は分からないが何となくもうすぐで扉は消えてしまう。そんな気がする。


「痛ッ、こんなのどうやって引き剥がせば良いんだ」


 両手は既に血塗れだ。蔦に触れただけで棘が食い込んでくる。


「最後にクライヴに会いたいなぁ」


 俺は半ば諦めて、その場に寝転がった。


 ――初めてクライヴに出会った時は俺はクライヴに対して敵対心剥き出しで、あいつは怯えていた。なので、味方に付けると決めた時、そのまま近づけば警戒される。だから、俺は演じた。『我儘で傲慢な王子』を。


 そして、無理矢理そばに置くことに成功した。クライヴを揶揄うことで打ち砕けた関係にもなれたと思う。いつしか、話しをするのが楽しくなった。友人、後輩として。

 

 文化祭でも俺はクライヴを揶揄った。嫌々ながら真面目に練習に取り組むクライヴに、容姿、性格、仕草、全てにおいて自分の理想の女性を押し付けた。そこから歯車がおかしくなった。


 理想の女性像にクライヴの天然無自覚な性格が加わって、あいつは俺を虜にした。それは性別をも越えて、俺はクライヴ自身が愛おしい。


 クライヴにはフィオナがいると分かっていながらも独占したくて、束縛したくて堪らない。俺はもうクライヴなしでは生きていくことができない。


 だが、拒絶されてしまった。もう俺には何も残らない。あの時から決めたのだ。


「クライヴと共に死ぬ。共に死んで俺だけのモノにする」


 そのために禁術を習得中だ。互いが互いに依存し合って、今世では儚く散った恋も来世では二人の絆を強固にする。言わば、魂で結ばれる。そんな禁術を。


 もう俺にはこの世界がどうなろうと関係ない。心残りがあるとすれば弟のクリステルのことだけ。それが済めば……。


 無我夢中で必死に蔦を引きちぎった。戻ってクライヴを殺しにいかないと、誰かに殺される前に俺自身の手で。そんな気持ちが通じたのか――。


「間に合った」


◇◇◇◇


「――て来いよ。早く。アレン!」


 誰かが泣いている。手が温かい。俺はこの手の温もりを知っている。


「クライヴ」


「アレン……良かった。帰ってきてくれて本当に良かった」


 クライヴは俺を抱きしめながら泣いた。その背中をポンポンと叩きながら俺は言った。


「悪かったな。一人にさせて」


 俺のためにこんなにも涙を流してくれるなんて……絶対に離さない。ずっとずっと永遠に一緒だ――。

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