第六章 人類滅亡回避

第81話 無力

 本日から三学期。大きなイベントとしては二ヶ月後に球技大会ならぬ魔法大会があるくらいで、大したイベント事は少ない。


 乙女ゲーム的にも冬休みまでに攻略対象との好感度は急激にアップしている為、三学期は特段何かあるわけではないらしい。


 学園に着くと、いつものようにフィオナと分かれ二年生の教室に向かう。ちなみに、フィオナには曖昧にしか話していなかった魔族との戦争だが、誘拐事件を機に具体的に話してある。もちろん乙女ゲームや前世の記憶のことは伏せながら。


 ついでに仲間は多い方が良いので、ステファンやルイ達、信頼出来る強そうな面々にも伝えてある。


 そんなことを考えていると、いつの間にか二年生の教室に着いていた。数週間しか経っていないはずなのに、何とも懐かしい気分にさせられる。席に座ると早速ステファンに声をかけられた。


「おはよう。冬休みは大変だったな」


「おう、散々だった」


「それにしても、相変わらず座学はクライヴに勝てないな」


「二位が俺の今年度の目標だからな」


 二学期末の試験も俺が二位だったので、席順は変わらずクリステルとステファンの間だ。クリステルとステファンのツーショットを見せないのが、俺のクラスの女子達に対する密かな意趣返し。


 そういえば、いつもは一番に来ているクリステルが見当たらない。


「殿下は体調を崩して暫く欠席するそうだ」


「体調不良なんて無縁な感じなのにな」


「アレン殿下も同様に休みを取っているらしい」


「アレンも?」


 流行り病にかかった可能性も無くはないが、健康管理がしっかり出来ている王子二人が同時に休みを取るなんて不自然だ。何かあるのだろうか。そして、ふとレナも帰ってきていない事に気がついた。


『お得意様からの依頼で暫く帰って来られないかも』


 そう言ってレナは三日前から占いの館に戻っている。まさかアレン一人でクリステルの心の中に……? エリクの方を見ると目が合って真剣な顔で頷かれた。


◇◇◇◇


 休憩時間、懐かしの資材室で俺とエリクは二人きり。早速エリクに詰め寄って聞いた。


「エリクは知っていたのか?」


「ああ、『俺が戻らなかったら後は頼む』って伝言だけ伝えてな」


 何で俺には何の相談もないんだ。そんな命の危険があるような事を一人でするなんて。せめて一言くらい言って欲しかった。


「心配かけたくなかったんやろ」


「だからって……もし戻って来なかったら……」


「信用してないんか?」


「違う。違うけど……」


 アレンが強いのは知っている。クリステルの心の中からだってヘラヘラ笑いながら意図も簡単に出てきそうだ。


 だけど、レナが仕事に行って三日が経つ。俺がアレンを拒んだから自暴自棄になって、まさかそのまま帰って来ないつもりじゃ……。


 悪い方向にばかり考えている俺にエリクは言った。


「お前とアレンに何があったんか知らんけど、信じて待つのも大事やで」


「うん」


「そんな心配なら、帰りに占いの館寄ってみ。顔くらい見れるやろ」


◇◇◇◇


 放課後、エリクの言うように、レナのいる占いの館にやってきた。フィオナも連れて。


「フィオナ、悪いな。付き合わせて」


「いいえ、大丈夫ですわ」


 万が一アレンが戻って来なくても、クリステルは催眠が解けないだけで命に別状はない。だが、アレンは別だ。戻って来なければ一生クリステルの心の中に閉じ込められる。


 フィオナは裏ルートのヒロインだ。その万が一があったとしても、ヒロインならではの奇跡的な力でアレンを救うことが出来るかもしれない。そんな期待を込めて同伴してもらった。


 占いの館は綺麗に掃除して清潔を保っているので、以前に比べておどろおどろしさはない。中に入ると、奥にはレナが座っていた。


「あら、クライヴにお姉様。いらっしゃいませ」


「アレンとクリステルは? ここでやってるんだろ?」


「入っても何も出来ませんよ。アレン殿下が出てくるのを待つしかありません」


「それでも良いから、会わせてくれ」


 そう言うと、レナが奥の部屋に案内してくれた。ベッドが二つ用意され、アレンとクリステルが隣り合わせで寝ている。中はお香が焚かれ、独特な匂いが充満している。


「うッ……」


 クリステルが急に苦しみ出した。フィオナが咄嗟に駆け寄って声をかける。


「大丈夫ですの!? どこか痛むのですか!?」


「お姉様、意味ありませんよ。声をかけても聞こえません。見守るしかないんです」


 レナは冷静にそう言って、俺とフィオナに椅子を用意してくれた。レナにお礼を言いつつ、俺は聞いた。


「出てくるまでに通常どれくらいかかるんだ?」


「早くて一日、遅くて五日ですかね。心の中の荒れ具合によります。それ以上かかればもう戻って来られません」


「そんな……」


 フィオナが驚きの声をあげた。


 本来ならアレンの寝ている場所には俺がいたはずだ。この事態を招いた責任があるから。最悪戻って来られなくてもそれが自分に対する罰なのだと思って受け入れるつもりだった。


 既に三日が経過している。残り二日で出て来られるのだろうか。心配していると今度はアレンが苦しみ出した。見ているだけで辛くなる。


「フィオナ、長期戦になりそうだから先に帰っててくれ。明後日また来てくれたら助かる」


「お義兄様は?」


「ここにいる」


 そう言って俺はハンカチを取り出し、アレンの汗を拭った——。


◇◇◇◇


 そして、アレンとクリステルの目は覚めぬまま二日が経った。


 俺は無力だ。友人が二人も苦しんでいるのに見ていることしか出来ない。せめてもの償いも込めて、俺は学園を休んで苦しむアレンとクリステルの汗を拭いたり、着替えをさせたり自分に出来ることをして見守った。


 フィオナも学園が終わると交代で見守ってくれた。フィオナの清めの力が思いの外、二人の苦痛を和らげているようで、苦しみ出したらフィオナが魔法をかける。それをひたすら続けた。


「残り一時間ですね。それを過ぎれば諦めた方が宜しいかと」


 レナは淡々とそう言った。俺はアレンの手を握りながら必死に訴えかけた。


「一時間なんてすぐじゃないか! アレン早く戻って来いよ! また馬鹿だ間抜けだといつもみたいに軽口叩いてくれよ。アレンが居なかったら俺は、俺は……」


「お義兄様……」

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