第63話 前世の記憶を打ち明ける

 文化祭が終わって二週間が経った頃、生徒会室では。


「はぁ……クライヴは良いよな」


「どうしたんだよ。ステファン」


 ステファンが最近ため息ばかりついている。


「フィオナとラブラブだろう?」


「まぁな」


「はぁ……」


 また溜め息だ。それを見ていたクリステルが横から声をかけてきた。


「ステファン、恋でもしているのか?」


「分かってくれますか? この気持ち」


「ああ、好きな人を思うと何も手につかなくなるよな」


 ステファンもクリステルも恋する乙女みたいな事を言っている。他人事のようにお茶を飲みながら聞いていると、ステファンが呟いた。


「クララ……君はいったい何処にいるのだ」


 盛大にお茶を吹き出しそうになってしまった。


「お、お前、まだ諦めてなかったのか」


「諦められる訳ないだろう。僕の運命の相手だ」


「そうか。重症だな」


 ステファンが何か思い出したようで、アレンに聞いた。


「アレン殿下、あの時クララと一緒でしたよね?」


「そうだが」


「お知り合いですか? 良ければご紹介して頂けませんか」


 アレンが一瞬こちらを見て、ステファンに言った。


「いや、偶然あの場で会ったんだ。俺も名前しか知らん」


「そうですか……」


 再び落ち込むステファン。不憫に思って事実を打ち明けようとステファンに声をかけた。


「ステファン、実はな……」


「クライヴちょっと来い」


 事実を打ち明ける前にアレンに遮られ、生徒会長室に連れて行かれた。


「おい、どういうつもりだ」


「え、ステファンに本当のことを言おうかと」


 その方がステファンのためだと思う。この先クララとは一生会うことはないだろうが、新たな恋に踏み出す為には言うべきだろう。


「俺のクララをステファンに売るつもりか」


「は? 俺のって……」


 俺のって何だ? 売るとは?


 ちなみに、文化祭の翌日、俺はアレンに調子に乗って揶揄ったことを謝罪した。それについての返答はないが、二週間経った今も押し倒されていないので許してくれたのだろう。


「アレン様? 意味が分からないのですが」


「そのまま黙っていろということだ。分かったか」


 クララの時は蕩けるように甘々で優しいのに、男に戻るとこの扱い。この差はなんだ。ムッとして、少し反発してみた。


「ですが、今後クララになることは二度とないじゃないですか。だったら……」


「二度とないだと?」


 キッと睨まれた。


「え、ない……ですよね?」


 怖くて疑問系になってしまった。アレンはうっとりした目になり、言った。


「ステファンにはないだろうな。だが、クララは俺に愛を囁いたんだぞ。分かるか?」


 何を言っているのかさっぱり分からない。


 愛を囁いた覚えも……あった。


『アレン様。実は私……アレン様をお慕いしておりますの』


 囁いた。普通に公衆の面前で。


「クララは俺だけが愛でればそれで良いんだ。他の奴に教える必要なんてない」


「左様ですか」


 アレンの言っている内容が最初から最後まで理解できない。ステファンには申し訳ないがクララの正体は墓場まで持って行こう。


「ところでアレン様、大事な話があるのですが——」


◇◇◇◇


 クリステルとステファンが帰った後、アレンに全てを話した。俺の知り得る限りの前世の話を。


 椅子に座って頬杖をつきながら最後まで無言で聞いたアレン。表情が変わらないので、どう思っているのか、信じたのか信じていないのか分からない。


 アレンはゆっくりと口を開いた。


「それで? そんな突拍子もないことを信じろと」


「はい」


「仮に信じたとして、それが事実なら魔族に侵略されるのは学年末ということか」


「はい」


 軽蔑しただろうか。怒っているだろうか。乙女ゲームと言えどここは現実世界。現実世界で、主要キャラ達を近くで見て嘲笑っていたと思われても仕方がない。


 アレンが立ち上がって俺の前に立った。表情は読み取れない。このような現状を作った俺を一発殴りたいのかもしれない。


 アレンの右手が上がった。殴られる覚悟をして、目を固く閉じる。


「辛かったな」


 頭の上に手をポンっと置かれ、よしよしと撫でられた。


「ずっと一人で抱えていたんだろ」


 その声はとても優しい。


「怒らないんですか? 俺のせいで……俺のせいなのに……」


 むしろ責めて欲しかった。いつものように馬鹿だと罵って欲しかった。全て俺のせいだと。俺がいなければ良かったのだと。


 そんな思いとは反対にアレンは優しく包んでくれた。まるで父親が我が子を、兄が弟を抱きしめるように。


「一人でよく頑張ったな」


 俺はアレンの胸で泣いた。この十年、楽しいことばかりではなかった。


 戻れるものなら戻りたい。前世に残した家族の事、誰にも相談出来ない記憶。胸の内に秘めて何度も枕を濡らした。


 そんな思いを全て受け止めてくれるようにアレンのすらっと細い手が優しく俺の頭を撫でてくれる。


 俺はひとしきり泣いた後、アレンに聞いた。


「信じてくれるんですか?」


「この状況で、お前が嘘を吐くメリットはないだろう」


「ありがとうございます」


 アレンが俺の頭をくしゃりと撫でてから言った。


「そうとなれば、作戦会議だ。アリスとクリステルもどうにかして救わねばな。そのもう一人の友人とやらを今度連れて来い」


「はい!」


 良い感じに締めくくられたので、そのまま何も言わず退室すれば良かったものを、アレンから離れた俺はつい謝罪してしまった。


「アレン様の服を濡らしてしまってすみません」


「構わん。クララが俺の胸で泣いたと思えば、洗濯せずに飾っておくのも良いな」


「いや、それはちょっと……」


 ドン引いていると、不思議そうな顔でアレンが言った。


「何故だ。クララが俺に全てを打ち明けた記念だぞ」


「クララではなく、今はクライヴです」


「確かにな。ではこれはフィオナにやろう。泣いて喜ぶぞ」


「それはもっとやめてください……」


 後半の会話はともかく、こうしてアレンとの関係は強固な物へと変わったのだった。

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