第62話 閑散

「お義兄様!」


「どうしたんだ、フィオナ?」


 フィオナが頬を膨らませて怒っている。何かしただろうか。


「最近、アレン様といることが多すぎですわ。わたくしとも遊んで下さいませ」


「いや、アレンとは遊んでいる訳じゃ……」


 確かに、劇の練習やその後もなんだかんだ週五、いや週六くらいで一緒にいるかもしれない。


 フィオナとは毎日一緒だが恋人らしいことは何もしていない。


「そうだな。明日の休みはダンジョンじゃなくてデートをしよう」


 そう提案すると、フィオナの顔がみるみる笑顔になっていく。


「本当ですの? 楽しみですわ。何を着ていこうかしら」


「楽しみだな」


「はい、とっても」


◇◇◇◇


 翌日。俺とフィオナは湖の上、二人でボートに乗った。


「王都じゃなくて良かったのか?」


「はい。あそこはいつも誰かにお会いするので、たまには二人きり誰にも邪魔されないデートが良いですわ」


「それもそうだな」


 護衛の為にルイとフィンはついて来ているが、それ以外は数組みのカップルが同じようにボートを漕いでいるだけだ。


 ボートの上でのんびりと過ごした後は、草原にシートを敷いて昼食を食べて引き続きのんびり過ごしている。


 魔物姿のフィンに大好物のニンジンをあげながら、フィオナに聞いた。


「寒くないか?」


「ええ。風が気持ち良いですわ」


 季節は秋から冬に変わろうとしている。この国の冬は日本に比べると寒くはないが、あくまでも日本に比べるとの話であって普通に寒い。


「そうだ。俺、ついに浮遊出来るようになったんだ」


「本当ですの!?」


「ああ、空中散歩しよう」


 そう、体育祭の後から練習を続けて一ヶ月、ようやく浮遊することが出来るようになった。


「しっかり捕まってろよ」


「はい」


 フィオナは俺の首に手を回し、お姫様抱っこの形を取る。下から自分に向けて風魔法をかけると、ふんわりと浮いた。


 少し加速をつけて上に行き、湖の周りを一周してみた。


「少し怖いですけど、楽しいですわ」


「そうだな」


 更に上に上がり、ルイ達には見えないところまで上がる。


「フィオナ」


「はい」


「いつもは誰かが見ていて出来ないから……」


 そう言ってフィオナにチュッと口付けた。すると、フィオナの顔がみるみる真っ赤になった。


「可愛い」


「お義兄様ったら……」


 屋敷の皆は俺とフィオナのことは知っている。両親もだ。


 初めて両親に話した時は反対されるだろうと思った。しかし、反対されるどころか大賛成された。


 まず、継母がにっこり笑顔で言った。


『おめでとう。フィオナ、お兄ちゃん大好きだものね』


 父は怒ったような悲しそうな何とも言えない表情でしばらく沈黙だった。これは怒られるやつだと身構えていると……。


『良くやった、クライヴ。これでフィフィと一生一緒に暮らすことが出来る。ついでに孫娘もずっと近くで見られる。万々歳だ』


 勝手に孫は女の子だと決めつけていることは置いといて、屋敷では公認のカップルなのだ。しかし、親や使用人の前でキスなんて恥ずかしくて出来ない。


 だが、俺も男だ。どうにかしてキスがしたい。そう思っていると、ふと気がついた。空でなら誰にも見られない。


 そんな邪な考えを思いついた日から、俺の風魔法はみるみる上達していった。やはり愛の力は魔法を向上させてくれるようだ。今度エリクにも教えてやろう。


「お義兄様、今日はとても楽しかったですわ」


「俺もだ。また空飛ぼうな」


 フィオナの頬が夕日と同じ色に染まっていく。その姿を見たルイが不思議そうに言った。


「上空になにかあったのですか?」


「内緒。なぁ、フィオナ」


「はい。ルイには内緒ですわ」


「えー、気になるじゃないですか」


 フィオナとの関係は順調だ。


 学園を卒業したら結婚して、子どもは二人。休日には家族でおでかけをする。


 楽しい未来予想図を描いている俺には、このままずっとこの穏やかな日々が続くのだと思っていた。


 まさかヘンテコな形でそれを邪魔されてしまうとはこの時の俺には到底知る由もない。

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