第61話 後夜祭

 文化祭も終わり、今は後夜祭が開かれている。


 軽食が用意され、好きに踊ったり花火を見たりと各々自由に過ごして良いことになっている。


 ちなみに、演劇は大盛況に終わった。クリステルの絶大な人気のおかげもあるが、アレンの化粧によって化けた俺も一目有名人となった。


『誰だあの可憐な女性は』『あんな可愛い子みたことないけど、本当にうちの生徒?』『誰かが女装しているって噂を聞いたぞ』『女装であんな可愛いわけないだろ。本物だよ』


 後々面倒なので、生徒会メンバーには俺が女装していたことは口止めしておいた。


「お義兄様、素敵でしたわ」


 フィオナは宣言通り、最前列のど真ん中の席に座っていた。その横にはスフィアとエリクの姿もあった。


 フィオナはうっとりした表情で俺に言った。


「今度女性のお姿でお買い物行きましょう。その時はお義姉様とお呼びしますわ」


「あ、ああそうだな」


 出来ることなら二度と女装などしたくない。散々な目にあった。ちなみに劇が終わった後、アレンに呼び止められたが急いで逃げてきた。


 振り返ったアレンは悲しげな表情だったが、何をされるか分かっていてついて行く馬鹿はいない。女装が解ければ変な気を起こさないだろうし、そのスイッチを入れたのは俺が調子に乗ったからだ。明日謝っておこう。


「それよりステファンはどうしたんだ?」


 ステファンが何やらずっとブツブツと呟いているのだ。


「初恋の相手を見つけたそうですわ」


「そうなのか! ステファンの初恋気になるな。どんな子なんだ?」


 面白半分で聞いていると、ステファンが真剣な面持ちで言った。


「あんな可憐な女性は見たことがない。クララと言うらしい。この学園の制服を着ていたのでうちの生徒だとは思うが……。姓が分からぬ故、中々見つからんのだ」


 クララ。それって……もしかしなくとも俺のことだ。


 え、なに。あの美辞麗句は本心? てことは、婚約も?


「この学園の生徒ならじきに見つかりますわよ。ねぇ、お義兄様?」


「そ、そうだな」


 舞台では髪の色やヘアスタイルを変えたから、俺が女装した姿だとは思ってもいないのだろう。


 アレンの配慮なのか、はたまた裏があるのか意図は分からないが、何も知らないステファンが不憫になってきた。


「他にも良い出会いがあるかも知れない。後夜祭で探してこいよ」


 諦めて他を探すよう提案するが、ステファンはガバッと顔を上げて言った。


「いや、あれ以上に運命的な女性はいない。僕はクララと結婚すると決めたのだ。後夜祭に参加しているかもしれないからちょっと探してくる」


「おう、頑張れ……」


 隠す必要もないが教える方が酷な気がしてきた。女装しなければバレない。しかも、あれはアレンにしか出来ない芸当だろう。つまりどうやったって二度とあの姿にはなれない。


 時間が解決してくれると信じて、俺はフィオナをダンスに誘った。


「一緒に踊って頂けますか。レディ」


「喜んで」


 後夜祭で一緒に踊った男女はその一年、良縁があると言い伝えられている。


 その為、異性からダンスに誘われるというのは遠回しに『付き合ってください』と言っているようなものだ。


 周りを見ているとクリステルとアリスが踊っているのが見えた。アリスの表情は気持ち暗く見える。


 その数メートル先の方からアルノルドがその二人の踊っている光景を眺めている。その目は嫉妬と言うより、心配している目だ。


 どうにかして助けてやりたい気持ちもあるが、精神を操られている相手の心に響くほど俺はアリスを知らない。中途半端なやつが仲介に入ったところで事態は悪化するだけだ。


 そんなことを考えながら踊っていると、フィオナが話しかけてきた。


「お義兄様」


「ん? なんだ? フィオナ」


「楽しいですわね」


 満面の笑みで言われ、俺も笑顔で返す。


「楽しいな」

 

 この束の間の幸せが続くように祈るばかりだ。


◇◇◇◇


 学園の地下室。今は誰も使っておらず、物置になっている部屋。


「どうだ? 上手く発動しそうか?」


「おそらく大丈夫だ」


 ローブを着た二人組みの男が魔法陣の前で話をしている。


「まさか学園から侵略するとは誰も思うまい」


「ダンジョンと学園の二箇所から攻められれば、いくら強いやつがいても防ぎようがない」


 男がニヤリと笑い、続けて話す。


「文化祭に乗じて来るとは、初めは心配したが誰も気付いてないしな」


「文化祭は誰でも入れるから都合が良い。それにしても、魔法省にあの小僧が現れた時は焦った」


「え、バレたのか?」


「いや、全く気付いていなかった」


「気をつけろよ」


 そう言うと、男の一人が魔法陣が見えないように棚や物を置いていく。


「四ヶ月後が楽しみだな」


 そう言って二人は一般人になりすまし、人混みへと紛れた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る