第60話 文化祭③
俺は女子の制服に着替え、アレンにエスコートされながら学園を歩いている。
「大丈夫でしょうか、アレン様」
「何か心配事でも?」
「皆がじろじろ見ていますわ」
「君が可愛すぎるからだろう」
俺はアレンの個別レッスンのおかげで女性になりきる技を身につけた。女装したからには、なりきる!
そしてアレンは、俺には普段からぶっきらぼうで俺様キャラだが、女性に対しては口調も向けてくる表情も優しいのだ。
「疲れたならそこのベンチで休もう」
その爽やかな笑顔にドキドキしてしまう。何を考えている。俺は男だ。いや、今は女だ。
アレンがハンカチを広げ、ベンチの上に敷くとそこに座るよう促してきた。紳士すぎる。
「ありがとうございます。アレン様」
俺は上目遣いで目を潤ませながらお礼を言った。
すると、アレンの頬がほんのりピンク色になったような気がした。
アレンの顔をじっと見つめていると、自身の口元に手を当てながらそっぽを向いてしまった。
「アレン様?」
どうしたのだろうかと再び声をかけると、アレンからの返事はなく、代わりにアレンがプルプル震え出した。
なるほど。アレンは笑っているのだろう。確実に面白がっている。
「やはり、変ですか?」
意趣返しに首をこてんと傾けて上目遣いをしてみる。良くフィオナがやっている仕草だ。フィオナがやれば可愛いが、やっているのは俺だ。思わず吹き出すに違いない。
ほら、耐えきれずに俺の肩を掴んできた。吹き出して、みんなの前で大笑いしてみるが良い。
そして、とどめとばかりに恥じらいながら告白してみた。
「アレン様。実は私……アレン様をお慕いしておりますの」
「控え室に戻ろう。耐えられそうにない」
「そんなに我慢なさらなくても宜しいのですよ」
ここで大いに笑ってくれて構わない。そんな思いをキョトン顔で言ってみた。
「もう何も喋るな。本当に我慢出来なくなる」
そう言って、アレンの細く長い人差し指が俺の口を塞いだ。既にアレンの顔は真っ赤っかだ。我慢しなくても良いのにと思いながら頷いた。
出てきて十分も経っていないが、まぁ良いか。そう思って立ち上がるとステファンがやってきた。
「アレン殿下。クライヴ見ませんでしたか? そろそろ準備しないと間に合わないのですが」
「お……」
「いや、見ていない」
返事をしようとすると、アレンがそれを遮った。
ステファンが俺の存在に気付き、声をかけてきた。
「あなたは……慎み深く上品な髪に澄んだような青い瞳、麗しいそのお姿はまるで精霊のようだ。お名前を聞いても?」
久々に聞いたな。ステファンの特技、美辞麗句。自分が言われる日が来ようとは。
「えっと、クラ……」
「クララだ」
アレンがとっさに偽名を教えた。何故隠すのだろうか。これは試されているのかもしれない。友人にもバレずにいかに女子になりきれるか。そうに違いない。
「良い名だ。僕はステファン・レイヴェルスだ」
うん、良く知ってる。心の中で呟いていると、ステファンが続けて口を開いた。
「一目でビビッときた。僕と婚約して欲しい」
アホか! ついつい突っ込みそうになったが、今はクララだ。
「有難い申し出ですが、初めて会った殿方です。きちんと知ってからでないと私不安ですわ」
「それもそうだな。では、正式に日取りを決め……」
「ステファン、そろそろ行かなくて良いのか?」
具体的な話になりそうだったからか、アレンが助け舟を出してくれた。
「そうでした。それではまた」
ステファンが去ると、俺とアレンも控え室に戻った。
◇◇◇◇
控え室に戻るなりアレンに言われた。
「だから言っただろ? お前は可愛いって」
「いや、意味が分かりません。誰からも言われてませんけど」
ステファンのは令嬢を見ると誰にでも言うやつだ。あれをカウントしてはいけない。
「鏡を見ろ」
鏡台の前に連れて行かれ、俺は嫌々ながら鏡を見た。
「気色悪いだけですって、ほら……。ん? 誰ですか、これは」
そこにはステファンが言った通りの可愛い御令嬢がいる。まさか……また転生してしまったのだろうか。
「俺死んだんですか」
「何を言っている。正真正銘クライヴだ。俺好みにしたら、想像以上の出来栄えになっただけだ」
「アレン様、こういうのが好みなんですね」
いつもの仕返しとばかりにアレンの胸に顔を埋め、うるうるとした瞳で見上げた。すると、アレンの顔がみるみる赤くなっていく。
「これ以上喋ると耐えられそうにないと言っただろ」
「だから、我慢しなくて宜しいと言ったではありませんか」
面白がっていると、ヤバいところのスイッチが入ってしまったようだ。
後悔しても時既に遅し。俺はソファに押し倒された。
「そんなことをするということは、覚悟が出来ていると思って良いんだな」
「えっと……何の覚悟でしょう」
「俺は女でも男でもどっちでもいける。お前をどこか閉じ込めて、ドロッドロに可愛がって俺なしではいられない体にしてやろう」
この顔は本気だ。まさかアレンのヤンデレスイッチが俺の女装姿に発動してしまうとは……。逃げようにもアレンの細い腕は思いの外力強く、微動だにしない。
ガチャ。
扉が開く音が聞こえた。
これはチャンスだ。人が来ればさすがのアレンも止めるだろう。だが、その考えは甘かった。
はたから見れば美男美女カップルが個室でイチャイチャしているようにしか見えない。入ってきた生徒は「し、失礼致しました!」と言ってそそくさと逃げて行った。
「なんだ? この俺から逃げられると思ったのか」
もう駄目だ。フィオナ、ごめん。俺の貞操は守れそうにない。諦めていると、アナウンスが流れた。
『間もなく生徒会による劇が始まります。ご覧になりたい方は体育館までお集まり下さい』
「残念だ。続きは今度だ」
今度なんて一生来ませんようにと願いながら、俺は衣装に着替え直した。何故かウィッグも色と髪型をアレンに手早く変えられ、俺は舞台へ上がった。
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