第59話 文化祭②
俺とエリクはアルノルドの姿が見えなくなるまで見送った後、フィオナのクラスへ入った。
「お義兄様!」
「フィオナ……」
フィオナのメイド姿は正に天使だ。スフィアと並べばここは天国なのではないかと見紛う程だ。
「もうすぐ交代の時間ですので、しばしお待ち下さいませ」
「おう」
「お義兄様、そちらの殿方は?」
「ああ、エリクだ。俺の友達。フィオナ、ちょっと」
フィオナを手招きしてエリクとスフィアについて耳打ちする。
「そういうことでしたら、わたくし力になりますわよ」
「フィオナ、頼んだ」
フィオナは嬉しそうな顔をして下がっていった。
「何を話したんだ?」
「エリクはスフィアに夢中だ。って」
エリクは顔が真っ赤になってあわあわ言っている。可愛いな。
「スフィアには婚約者がいるんだぞ」
「フィオナはスフィアの親友だからな。スフィアの為になることしかしない」
「それはどういう……」
「つまり、エリクにもチャンスがあるということだ。良かったな」
スフィアは表立っては言わないが、親友のフィオナにだけは打ち明けていることがある。
それはつまり、恋愛事情だ。
クリステルとは政略結婚で恋愛感情はまるでない。割り切ってはいるが、やはりスフィアも乙女。一度は恋がしてみたいようだ。
クリステルもアリスを側室に決めており、代わりと言ってはなんだが、スフィアも恋愛は好きにすると良いと既に言われているらしい。なんとも冷めたカップルだ。
一応言っておくが、この話はフィオナが俺にチクったのではない。フィンを抱っこしながらフィオナが話していた為、フィンが全て横流ししてくれたのだ。
「お待たせ致しました」
「ご機嫌よう。私もご一緒して本当に宜しいのでしょうか」
「急に誘って悪いな」
「ぜ、是非宜しくお願いします」
何を宜しくお願いするのかは分からないが、いつも余裕なエリクのガチガチな姿を見るのは面白い。
◇◇◇◇
俺とフィオナ、エリクとスフィアの四人で展示を見たり、出店を回っている。青春だ。
「レ、レイヴェルス公爵令嬢様はこういう物も食されるのでございまするか」
「ふふ、スフィアで宜しいですわよ。私は甘いものよりさっぱりした物の方が好きです」
「左様でございますですか」
エリクは一時間経つと言うのにまだガチガチだ。
「エリク、そろそろ慣れろよ」
「仕方ないだろ」
フィオナがふと名案を思いついたようだ。
「そうですわ。あそこに行ってみましょう」
「どこに行くんだ?」
「行ってからのお楽しみですわ」
フィオナについて歩いていると見覚えのある看板が見えた。
「ここは……」
「お義兄様がされているお化け屋敷ですわ。二人ずつ入りましょう」
「お、俺は遠慮しとくよ。お腹の調子が良くないんだ」
子供みたいな嘘をついてしまった。少し恥ずかしいが致し方ない。
「あら、そうなんですの? お義兄様、見せてくださいませ」
「いや、良いんだ。大丈夫だから」
「駄目ですわ。ここ座って下さい」
「はい……」
フィオナに治癒魔法をかけられ、もう既に忘れていたお化け屋敷で殴られまくった時のあざが綺麗に消えた。
「ありがとう……」
俺は泣く泣くフィオナと入り、エリクはスフィアと入った。
「フィオナ、離れるなよ。絶対離れるんじゃないぞ」
「はい、お義兄様!」
フィオナには妹を守る頼もしい義兄に見えていることだろう。だが、真逆だ。フィオナにくっついて俺が不安を和らげているだけだ。
中に入ると、ひんやりとした空気が流れている。ゆっくり歩を進めていくと、頬に冷たいものが当たった。
――!?
「キャー」
フィオナは悲鳴をあげる。誰だよこんな仕掛け作ったのは、と俺は内心文句を言っていたら……。
「あら、こんにゃくですわね」
自分で作った仕掛けだった。情けない。
それからも上から突然首だけ落ちてきたり、お化けに化けたクラスメイトが走って追いかけてきたり、様々な恐怖を味わった。
「とても怖かったですわ。でもお義兄様凄いですわね。一回も悲鳴をあげませんでしたわ」
「じ、自分のクラスのだからな」
心中察して頂けるだろうか。怖すぎて、恐怖のあまり声にもならなかっただけだ。一人だったら良くて失神、悪くて失禁していたに違いない。
後からエリクとスフィアが出てきた。あれ? なんだか先程とは雰囲気が違うような気がする。
「ありがとうございました。エリク様のおかげで無事に出られましたわ」
「大したことないさ。あれくらい」
スフィアのエリクを見る目がうっとりとしているように見える。エリクもガチガチだったのにいつもな感じに戻っている。
「お義兄様、成功ですわね」
「そうだな」
お化け屋敷の効果ってすごいなと感心していると、アレンが俺を探しに来ていた。
「やっと見つけた。行くぞ」
「え? どこに?」
「劇の準備に決まっているだろう。女性は準備に時間がかかるんだ」
フィオナ達と分かれた俺は、どうせならお化け屋敷に入る前に来て欲しかったと思いながらアレンに付いて行った。
◇◇◇◇
「目を瞑れ」
「えっと……アレン様? おかしくないですか?」
「何がだ」
劇の控え室として用意された部屋には衣装や化粧のセットが準備されている。そこで準備をするのは分かる。分かるが……。
「何故アレン様が化粧道具を持ってるんですか? 普通女性がしてくれるんじゃ……」
「皆忙しいんだ。俺はなんでも出来るから安心して身を委ねていると良い。目を瞑れ」
素直に目を瞑ると、優しい手つきでおしろいを付けられる。アイメイクもゆっくり丁寧にされ、目を瞑っているからか、アレンのひんやりとした手が心地よく眠ってしまいそうになる。
最後に紅を塗られ、次はヘアセットに入るようだ。俺と一緒の栗色のウィッグを付けられ、ハーフアップに纏められ、毛先はカーラーで巻かれた。
美容師かと思う程に手つきが良い。本当にこの人は王子様なのだろうか。
「これを着れば完成だ」
用意された衣装を着るとアレンが満足そうな顔でじっと見てきた。
「そんなにじろじろ見ないで下さい」
「想像以上だ。恥じらう姿が何とも可愛いな。鏡を見てみろ」
「いや、結構です。絶対気持ち悪いですから」
自分の女装姿など見なくても分かる。可愛いはずがない。不貞腐れている俺にアレンが言った。
「なら、少し時間があるから試してみるか」
「何をですか?」
「俺とデートをしよう」
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