第58話 文化祭①

 時は流れて、文化祭当日。


「ステファン、やっとこの日が来たよ。遂に解放される」


「良かったな」


 あれから毎日のようにアレンによるマンツーマンでの演劇個別レッスンが始まった。


 おかげで俺もアレン同様、女の子になりきる技を身につけた。そんな時間があるなら必殺技の一つでも覚えたいところだが、演劇好きのアレンが逃してくれないのだ。


 もちろんフィオナとの魔法の訓練はきちんとしている。フィオナなんてあっという間にAランクになった。


 本日の俺のスケジュールとしては、午前中がお化け屋敷のお化け役。午後からはフリータイムでフィオナと回り、そして最後に劇という流れだ。


「よし、俺はお化けに徹するから呼び込み宜しく!」


「了解」


 呼び込みはもちろん顔の良いクリステルとステファン。お岩さんみたいな特殊メイクを施しているにも関わらず二人はキラキラしている。


 ちなみに、乙女ゲームのふわふわした設定のおかげで西洋風のお化け屋敷ではなく、日本風だ。西洋風なんて絶対無理だ。暗い部屋に女の子の人形が置いてあるだけで普通に怖い。


 早速女子二人組が来た。


 背後からゆっくり近づき……肩をポンと叩く。女子二人が振り向くと、ヌッと出てセリフを言う。


「だ、れ、か、お、さ、が、し、で、す、か?」


「「キャー」」


「うッ……なんで……」


 驚かすのには成功したが、俺の腹部を思い切り殴って去っていく。鍛えてはいるが、普通に痛い。


 蹲っていると、新たに男女のカップルが来た。気を引き締めて同じ事をする。


「キャー」


「うわぁ!」


「うッ、だから、なんで……」 


 その後も通る人通る人、合わせたかのように俺を殴ってから逃げていく。


「クライヴ、大丈夫か」


「うわぁ! なんだ、エリクか」


 声をかけてきたのはゾンビの格好をしたエリクだ。


「クライヴ、お前クオリティ高すぎ。恐怖のあまり殴られまくりじゃないか」


「そうか? エリクも怖いぞ」


「いや、僕の十倍は怖い」


 ちなみにエリクは二人きりの時以外は標準語だ。器用だとつくづく思う。


「もうちょっと怖さ半減させないと昼まで持たないぞ」


「そうだな、フィオナとのラブラブ文化祭デートに支障が出ては困るからな」


「仲が良くて良かったな」


「まぁな。エリクも来るか? スフィアも呼んで四人で回るのもありだな」


「まじか……お前は神か、神だったのか」


 何故かエリクに拝まれている。


 ちなみに、以前エリクに乙女ゲームについてアレンに話して良いか相談してみた結果――。


『前世の記憶があるだけでも不審がられるのに、ここが乙女ゲームの中の世界だと誰が信じる』


 という模範回答が返ってきた。


 それでも理由を話せば、渋々文化祭が終わってから話そうという結論に至った。文化祭までは皆忙しい上、万が一俺とアレンの仲が険悪になれば何かとやりにくいだろうとのエリクの配慮だ。


「あ、エリク。客が来たぞ、隠れろ」


「また後で、頼むぞ」


 それから何組もの人達を驚かせては肘打ちを食らい、ようやく俺はお化け役から解放された。


◇◇◇◇


「痛ッ! はぁ、怖さ半減させたつもりなのに……」


「あれで半減とは良く言うな」


 エリクが呆れた顔で言ってくる。


 俺とエリクは、これからフィオナを迎えに一年生の教室に向かっている。途中で聞き慣れているが大分懐かしい声が聞こえてきた。


「せんぱーい! お久しぶりです。最近中々会えなくて寂しかったですよ」


 アルノルドが執事の格好で近づいてきた。フィオナのクラスは執事&メイド喫茶をしている為、その衣装だろう。


「似合ってるな。女性客を虜にしてるんだろ」


「そんなことないですよ。あれ? 先輩どうしたんですか? お腹痛いんですか?」


「ああ、ちょっとな。あはは」


 笑って誤魔化したが、アルノルドは少し待つよう言って教室に戻った。素直に待っているとアリスを連れて戻ってきた。


 うわー、気まずい。アリスも複雑そうな顔をしている。


 アリスとは体育祭以来まともに顔を合わせていなかったのだ。


「アリス、先輩お腹怪我してるっぽいんだ。治してあげてよ」


 アルノルドがアリスに治癒魔法を使うようお願いしてくれたが、アリスは困った顔をして言った。


「え、私、そんなこと出来ない。私の力は人を不幸にさせるから」


 ――!?


 俺はエリクと顔を見合わせて頷いた。アリスはやはり敵の手中に落ちていた。一見普通に生活しているように見えるが、マインドコントロールされている。


 そんなことは微塵も知らないアルノルドは怪訝な顔をしてアリスに言った。


「アリスはいつも言ってたじゃないか。私はこの力で人を癒すんだって。些細な怪我や病気も私が治してみんなを笑顔にさせたいって。不幸になるわけないじゃん」


「それは私の勘違いだったの。この力を使えば私は……」


 アリスは逃げるように走り去っていった。


 俺はアルノルドにすぐさま声をかけた。


「アルノルド、アリスのそばにいてやって欲しい。アリスの事を一番分かっているのはお前だ。お前じゃなきゃダメだ」


 自分でも何を言っているのか分からないが、そんな気がするのだ。俺にはフィオナがいるように、きっとアリスにはアルノルドが必要だ。そんな気がする。


「先輩! 失礼します」


 アルノルドは背を向けてアリスを追いかけた。

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